一ノ瀬一二三の怪奇譚

田熊

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「オリーブの実」

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最初に気づいたのは、コーヒーを飲みながら原稿を書いているときだった。
 机の端に、オリーブの実 がひとつ、転がっていた。

 僕はオリーブを買った覚えがないし、当然、食べる習慣もない。
 第一、オリーブの実なんてどこで手に入る? 近所のスーパーにそんな洒落たものは置いていないはずだ。

 「……まあ、誰かが置いたのか」

 そう考え、深く気にせずゴミ箱に捨てた。

 しかし、次の日。
 また、机の端にオリーブの実がひとつ、転がっていた。



 三日目になると、僕はさすがに違和感を覚えた。

 その朝、原稿を書くために机に向かうと、そこには昨日と全く同じ場所に、オリーブの実 があった。
 まるで、何事もなかったかのように。

 「誰かがいたずらしてるのか?」

 だが、僕の部屋には他に住人はいない。
 アシスタントが来るわけでもないし、鍵をかけて寝ている。

 それなのに、毎日オリーブの実が一つだけ現れる。



 四日目。
 朝起きると、オリーブの実が二つになっていた。

 しかも、きちんと並べられている。
 机の端に、左右対称にポツンと置かれていた。

 試しに、昨日と同じようにゴミ箱に捨てた。
 念のため、オリーブの実を取り出して調べてみたが、特に異常はない。

 しかし、夜になり、部屋に戻ると――机の上には、またオリーブの実が二つ、揃って置かれていた。

 誰が、何のために?



 五日目になると、オリーブの実は増え続けた。

 机の上だけでなく、冷蔵庫の中、引き出しの奥、枕元、洗面台 にまで転がっている。
 開けたはずのない場所に、知らないうちにオリーブの実が入り込んでいるのだ。

 「……これは、さすがにおかしい」

 この時点で、単なるいたずらや偶然ではないと確信した。
 もし誰かが部屋に侵入していたずらしているなら、それはそれで問題だ。

 僕は念のため、ドアと窓の鍵を確認し、しっかり施錠してから眠ることにした。



 その夜――僕は、夢を見た。

 夢の中で、僕はどこかのオリーブ畑 にいた。
 見渡す限り、緑色の葉を茂らせたオリーブの木が並んでいる。

 そして、その木の下で、誰かが祈っていた。

 姿は見えない。
 だが、確かにそこに誰かがいる。

 声は聞こえない。
 だが、その気配は、はっきりと感じる。

 誰かが、オリーブの木の下で、何かを願い続けている――。



 目を覚ますと、枕元にオリーブの実が五つ、整然と並んでいた。

 いい加減にしろ、と僕はそれらをまとめて捨てた。
 だが、それ以降もオリーブの実は増え続けた。

 もはや数えるのも嫌になるほどに。



 困り果てた僕は、知り合いの植物学者に相談した。

 持ち込んだオリーブの実を調べてもらったが、
 「特に異常はない。ただのオリーブの実だ」
 という答えが返ってきた。

 「でも、毎日勝手に増えるんだ」

 「……そういう品種ではないよ」

 そりゃそうだ。

 僕は、気味の悪さを感じながらも、植物学者のもとを後にした。



 そして、十日目。

 ――オリーブの実は、忽然と姿を消した。

 あれほど増え続けていたのに、まるで最初からなかったかのように、どこにも見当たらない。

 だが、机の上に一つだけ、かじられたオリーブの実 が残されていた。

 まるで、誰かが満足して去ったかのように――。



 それ以来、オリーブの実が現れることはなくなった。

 だが、それからしばらくの間、僕はオリーブの香りが鼻につくようになった。

 特にオリーブオイルを使っているわけでもないのに。
 部屋のどこにもオリーブの実はないのに。

 それは、鼻についた香りなのか?
 それとも、脳に焼き付いた記憶なのか?

 どちらなのか、僕にはわからなかった――。

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