悪役令嬢は黒の森の守護者に拾われる

柘榴アリス

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第14話

その頃、ヴァルスは森の奥にある大木の前に佇んでいた。その木はどの木よりも大きく、太く、巨大な木だった。古くまるで数千年もの間から生きているかのような年数を重ねた立派な木。だが、その枝には葉や実は何一つなく、枯れ果てているかのようだ。木の中央は空洞があった。中には何もない。ヴァルスはその見上げる程に巨大な木を見つめ、目を細めた。

かつては、ここにあの石があった。
不意にここで母に言われた言葉を思い出す。

「ヴァルス。お前は強くなれ。力を手にするのだ!」

くるべき時の為。人間達への復讐を果たす為。
母はひたすらに力を追い求めた。大きな力を…、誰よりも強い力を…。母はヴァルスを鍛え上げた。
そして、ヴァルスは歴代の闇の一族の中でも最強の力を手に入れた。
ヴァルスは最後の母の言葉を思い出した。

「ヴァルス…。そなただけが…、そなただけが我らの希望ぞ…。よいか?必ず…、必ずやあの憎い人間共に復讐するのだ!」

母はヴァルスの肩を強く掴み、そう叫んだ。
どんな手を使ってもいい。必要ならば、人間達を利用するがいい。母のその言葉は今でもヴァルスの耳にこびりついて離れない。そして、ヴァルスはそっと木の幹に手を触れた。

「…もう少しだけ、待っていてくれ。必ず取り戻すから…。」

ヴァルスは労わるように撫で、静かに呟いた。

「ん…?」

ヴァルスが不意に木から手を離し、顔を上げた。微かに声が聞こえた。この声は…、
ヴァルスが見上げた空から一点の黒が目に映った。段々と近付いてくる。一匹の大鴉…。首元に紅いリボンを結んでいる。

「フェル?」

フェルがヴァルスに飛び込むように急降下した。

「カアカア!」

「どうした?あの女…、セラフィーナと一緒じゃないのか?」

フェルがバサバサと羽根をばたつかせて、声を上げた。

「何…?」

ヴァルスはフェルの報告に眉を顰めた。そのまますぐに地面を足で蹴り、風を巻き起こして、飛び立った。





セラフィーナはあれからうつ伏せに倒れたまま気を失っていた。
そんなセラフィーナに近付く小さな生き物の姿があった。それは一匹の猫だった。
オレンジ色の毛に黒の縞模様をした猫は一度立ち止まり、セラフィーナをじっと見つめる。そのままトテトテ、と駆け寄ると、セラフィーナの身体をチョン、チョンと軽く触った。
が、セラフィーナは僅かに身じろぎするだけで起きる気配がない。
猫はじっとセラフィーナを無言で見下ろし、やがて、ニタッと人間のように口角を上げ、笑った。
猫の影が人影に変わったと思った瞬間、猫は人型の姿に変化していた。頭には猫の耳が生えており、お尻からは細長い尻尾が伸びている。そこには、あどけない顔立ちの美少年が立っていた。

「へえ。珍しい。人間だ。しかも、人間の若い女なんて久々に見た。」

イシシ、と歯を見せて笑いながら、猫の少年はセラフィーナの身体を軽く足で小突いた。
ゴロン、とうつ伏せになっていたセラフィーナの身体を仰向けの姿勢に変える。
胸と肩が上下し、やや浅い呼吸だが眠っているセラフィーナを見下ろし、

「あれ?これでも、起きないんだ。…ふうん。顔はまあまあ、だな。」

少年はセラフィーナの顎を靴先で持ち上げて、クイッと上向かせた。
ぺろり、と唇を舌で舐めながら、笑顔で呟いた。

「暇してたし、ちょっと遊んでみよっかなあ。」

そのままその足をセラフィーナの腹に移動させる。グッと少しだけ力を加える。

「踏んだらさすがに起きるかな?…いい声で鳴いてくれそう。」

そう言って、今にも足で踏みつけようとしたその時、鋭い音を立てて、何かが少年に向かって放たれる。
バッと少年はセラフィーナから距離を取り、身軽に跳んで地面に着地した。見れば、先程いた場所に鋭く尖った巨大な木の枝や木の根が立ち塞がっている。それらは木の妖精たちから放たれたものだった。彼らは威嚇するように音を立てている。
その姿はまるでセラフィーナを守ろうとしているかのようだった。

「は…?何で邪魔すんのさ?そいつ、人間だよ?君達をこんな目に遭わせた張本人…、」

ふと、少年はここにいる木の妖精たちが以前より、変わっていることに気付いた。
前、ここを通った時は意思の疎通もできない位に弱っていた筈なのに…。

「ネイト。その方に危害を加えることは私が許しませんよ。」

「…フォリアーナ?君、いつの間に人型になれる位に回復したの?」

背後からかけられた声に振り向けば、そこには、緑色の髪をした長身の美しい女性が立っていた。

「ええ。つい、先程…。彼女のお蔭です。」

緑色の髪をした美女は猫耳の少年、ネイトの前を通り過ぎるとセラフィーナに近寄った。
そのまま膝をつき、セラフィーナの頭を優しく撫でた。

「何?どういう事?」

「彼女は、私達の恩人…。他の人間達とは違います。この娘のおかげで私もここにいる皆も救われた。極限まで魔力を使い果たし、気を失うまでして、私達を助けてくれたのです。」

「その女が?嘘だろ?」

「私が嘘を吐くとでも?…この子は悪意ある人間達と違ってとても美しい心を持った娘です。彼女に触れられ、その魔力で癒された時に真っ直ぐで純粋な心根を感じました。この子は私達の敵じゃない。だから…、」

女性はスッと立ち上がり、鋭い視線をネイトに向けた。

「この子を傷つけることは私が許しません。」

ズズ…、と地面を伝って木の幹が近付く。フォリアーナの背後からは音を立てて、蔓のような植物が意思を持ったように集い、動いている。
ネイトはハッと笑って降参の意思を示すかのように両手を上げた。

「…冗談。今の君と正面からやり合ったら、タダじゃすまないもん。遠慮するよ。」

「分かってくれたのなら、嬉しいですわ。」

ファリアーナは先程まで放っていた鋭いオーラを緩め、穏やかな微笑みを浮かべた。

その直後、ブワッと強い風が二人に直撃した。
ザッと地面を踏みしめる音と気配に目を向ければ…、鷲のような翼を持ち、全身真っ黒の服に身を包んだこの森の守護妖精、ヴァルスが立っていた。

「ヴァルス!?何でここに…?」

ネイトが声を掛けるがヴァルスはセラフィーナを見つけ、すぐに視線を鋭くした。そのままセラフィーナに近付き、見下ろした。

「…何があった?」

「そちらの人間の女性が私達を助けてくれたのです。でも、その反動で魔力切れを起こしてしまい、気を失ってしまって…、」

ヴァルスはその言葉にピクッと反応し、無言でセラフィーナを見下ろした。
フォリアーナはそっと胸に手を当てて、続けて説明した。

「力を失い、あれだけ弱り切っていた私達がここまで回復できたのは彼女のお蔭です。
自分の身を顧みずにここまでして下さるなんて…。人間にもこのように心清らかな女性がまだいたのですね。」

ヴァルスは黙ったまま何も答えない。じっとセラフィーナを無表情で見つめる。

「ヴァルス。この子はあなたの客人なのでしょう?
彼女に触れた時にあなたの姿が見えました。…とても素晴らしい客人だわ。私達、木の妖精は彼女を歓迎します。」

「そうか。」

ヴァルスは無表情で頷き、身を屈めると、セラフィーナを抱き上げた。

「ちょ、ヴァルス!どういう事だよ!?人間をこの森に住まわせるって事!?」

ネイトの質問にヴァルスは目線を向けた。

「そうだ。この女は俺が森に住むことを許可した。
ネイト。他の人間には何をしてもいい。だが、こいつには手を出すな。いいな?」

「なっ…!?」

ヴァルスは返事も聞かずにそのままセラフィーナを抱えて翼を広げて飛び立った。
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