運命力ゼロの悪役令嬢

黒米

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第2章 王立ルミナス学院 1年目

第13話 母からの手紙

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学院の寮に差し込む朝の光は、夏の訪れを告げるように柔らかく、そして眩しかった。

クラリスは、机に向かって筆を走らせていた。試験が終わり、少しだけ余裕のある日々。けれど、彼女の手は止まることなく、次の課題に向けて動いていた。

そのとき、扉の外から声がした。

「クラリス・ヴェルディア様、郵便が届いております」
学院の寮に常駐する郵便係の少女が、扉越しに声をかける。

クラリスは椅子から立ち上がり、扉を開けて丁寧に礼を言った。
「ありがとうございます」

手渡された封筒には、ヴェルディア家の紋章――銀の鷹が刻まれていた。
クラリスは部屋に戻り、窓辺の椅子に腰を下ろして封を切る。

(母上から……?)
羊皮紙に綴られた文字は、見慣れた筆跡だった。

”クラリスへ
セレナの運命力測定が決まりました。
測定は、あなたが受けたときと同じく王立ルミナス学院で行われるそうです。
セレナは少し緊張しているようなので、家族全員で同行することにしました。
なので、学院に着いたらセレナに会いに顔を出してください。
測定の後は、久しぶりの王都を少し観光してから帰る予定です。
母より”

クラリスは手紙を読み終え、静かに息を吐いた。
(セレナが……測定を)

彼女の胸に、あの日の記憶がよみがえる。

測定室の冷たい空気、装置の光、そして「運命力:94」という数字が浮かび上がった瞬間。

妹も、あの場所に立つのだ。

クラリスは窓の外を見つめた。
中庭のチューリップが、夏の風に揺れている。

「……私は姉だものね」

妹の不安を少しでも和らげるために。
そして、自分自身の“数字”ではない部分を、家族に見せるために。

そう思いながら準備をし、いつも通り学校へ出発した。

*

クラリスが手紙を見てから数日後。

ヴェルディア邸の朝は、夏の陽光に包まれていた。

食堂では、家族が朝食を囲んでいた。
銀の食器に果物が並び、紅茶の香りが漂う中、使用人が一通の封筒を持って現れた。
「ご主人様、クラリス様からのお返事が届いております」

父ヴァルターは手を伸ばし、封筒を受け取る。銀の鷹の紋章が刻まれた封蝋を丁寧に割り、羊皮紙を広げた。
「……ふむ。測定当日はクラリスも様子を見に来るようだ」

その言葉に、母リヴィアはほっとしたように微笑んだ。
「よかった……セレナも、きっと安心するわね」

セレナはスプーンを止め、顔を上げた。
「姉様、来てくれるの……?」

リヴィアは頷きながら、娘の髪をそっと撫でた。
「ええ。あなたのために、ちゃんと来てくれるわ」

セレナは小さく笑った。けれど、その瞳の奥には、測定への不安が揺れていた。
「……私、姉様みたいに高い数値が出るかな」

ヴァルターはグラスを傾けながら言った。
「お前は我が娘だ。誇りを持て。数字は結果にすぎん。だが、結果はすべてを変える」

リヴィアは少しだけ眉をひそめたが、何も言わなかった。

セレナは、クラリスの返事をもう一度見せてほしいと頼み、羊皮紙をじっと見つめた。
そこには、クラリスの丁寧な筆致でこう記されていた。

”セレナへ
測定の日、私も学院で待っているわ。
緊張しなくていい。あなたはあなた。
自信をもって。
クラリスより”

セレナはその言葉を何度も読み返し、胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じていた。
「姉様…ありがとう。」
その声は小さかったが、確かな決意が込められていた。
そして、ヴェルディア家は、測定の日に向けて静かに準備を進めていった。

*

王立ルミナス学院の正門前に、一台の黒塗りの馬車が静かに停まった。
扉にはヴェルディア家の紋章――銀の鷹が刻まれている。

夏の陽射しが石畳を照らし、蝉の声が遠くから聞こえていた。

馬車の扉が開き、まず父ヴァルターが降り立つ。
その後に母リヴィア、そして最後に、セレナがそっと足を地につけた。

「……ここが、姉様の学院……」
セレナは見上げた。

白い石造りの塔、金の装飾が施された門、そして整然と並ぶ校舎の窓。
そのすべてが、彼女にとっては初めて見る“選ばれた者の世界”だった。

「緊張することはない」
ヴァルターが短く言う。

「いつも通りでいいのよ」
リヴィアが優しく微笑む。

そのとき、学院の中庭から、制服姿の少女が歩いてくるのが見えた。
銀髪が夏の光を受けてきらめき、赤い瞳がまっすぐにこちらを見つめている。

「姉さま……!」
セレナが思わず駆け出した。

クラリスは微笑みながら、両手を広げて妹を迎える。
「セレナ、よく来たわね」
セレナはクラリスの胸に飛び込み、しばらくそのまま動かなかった。

クラリスはそっと妹の背を撫でる。
「大丈夫。あなたなら、きっと大丈夫よ」
「……姉様、私、怖いの。もし低かったら、どうしようって……」

クラリスは少しだけ身を離し、妹の目を見つめた。
「数字は大事。でも、それがすべてじゃない。
あなたがあなたであることを、私は知ってる。だから、胸を張って」

セレナは小さく頷いた。
「……うん。姉様がそう言うなら、頑張る」

その様子を見ていたリヴィアは、そっと目元に手を当てた。

ヴァルターは何も言わなかったが、わずかに頷いた。

「そろそろ時間です」
学院の測定官が現れ、控えめに声をかける。

クラリスはセレナの手を取り、そっと握った。
「行きましょう。私も一緒にいるから」

そして、ヴェルディア家の姉妹は、並んで学院の奥へと歩き出した。
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