運命力ゼロの悪役令嬢

黒米

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第2章 王立ルミナス学院 1年目

第16話 気性の荒い馬

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秋の陽光が王立ルミナス学院の馬術場を柔らかく照らしていた。
芝生の広がる広場には、数頭の訓練用の馬が並び、生徒たちは緊張した面持ちで立っている。

クラリスは、乗馬服に身を包み、静かに馬術場の端に立っていた。
その姿には、他の生徒たちとは違う落ち着きがあった。
(久しぶりだけど……感覚は覚えてる)

彼女は幼い頃、ヴェルディア邸で乗馬の訓練を受けていた。
貴族の令嬢として、礼儀作法とともに馬術も教養の一つとして身につけていたのだ。

馬術場の中央に現れたのは、王国騎士団騎兵隊長、マリーネ・エストレラ。
栗色の髪を束ね、騎士団の紋章入りのマントを翻しながら、堂々とした足取りで歩いてくる。

「皆さん、静かに」
その声は柔らかくも芯があり、場の空気を一瞬で引き締めた。
「馬術は、力ではなく信頼です。馬は、あなたの心を映す鏡。恐れれば、馬も恐れます。落ち着いて、丁寧に接してください」

生徒たちに馬が割り当てられる。

クラリスに割り当てられたのは、黒い毛並みの大きな馬――ノクターン。

その名を聞いた瞬間、周囲がざわめいた。

「えっ、ノクターンって……あの気性の荒い馬?」
「去年、上級生が振り落とされたって聞いたけど……」
「なんでクラリス様に……?」

ロジーナが心配そうに言う。
「クラリス様、気をつけてください……その馬、怖いです」

クラリスは、馬の前に立ち、静かに目を合わせた。

ノクターンは、鋭い目で彼女を見つめていたが――次の瞬間、鼻を鳴らし、首を少し下げた。

クラリスは、ゆっくりと手を伸ばし、首元を撫でる。
「こんにちは。いい子ね。これからよろしくね」
馬は、まるでその言葉に応えるように、静かに目を閉じた。

マリーネが目を細めて見ていた。
「……不思議ね。ノクターンが、あんなに落ち着いているなんて」

騎乗の時間。
クラリスは、流れるような動作で鞍に足をかけ、馬の背に乗る。
ノクターンは、まるで彼女の指示を待っていたかのように、ゆっくりと歩き出す。
マリーネが声をかける。
「クラリス・ヴェルディア嬢。姿勢も手綱の扱いも申し分ない。馬との信頼も、見事です」
クラリスは軽く会釈した。
「ありがとうございます。でもこの子のおかげですわ。」

*

授業の終わり、マリーネが言った。
「馬術は、数字では測れません。ですが、あなたの心が馬に伝わるとき、初めて“騎士”の一歩を踏み出すのです」

クラリスは、馬から降りて、そっとその首元を撫でた。
「ありがとう。お疲れ様」

そう言われ、ノクターンはひとりでに厩舎へと帰っていった。

*

午後からはサバイバル術の授業があるため、クラリスたちは教室にいた。

生徒たちは、普段の筆記用具に加えて、配布された分厚い資料集を机に広げていた。
クラリスは、資料の表紙を見つめながら思った。
(“生き残る技術”……役に立つ日が来ないといいけど)

教壇に現れたのは、灰色の髪を後ろで束ねた壮年の男性――ハルド・グレイアム。
元王国辺境部隊の指揮官であり、現在は学院のサバイバル術担当講師。

「皆さん、初めまして。私はハルド・グレイアム。今日から、君たちに“生きるための知識”を教える」

その声は低く、しかしどこか温かみがあった。
「サバイバル術とは、単に野外で生き延びる技術ではない。限られた資源、予測不能な環境、そして時には仲間との協力――それらすべてを含む“判断力”の訓練だ」

*

授業は、まず「環境別の生存戦略」から始まった。
森林地帯での水源の探し方や砂漠地帯での体温管理、山岳地帯での避難所の構築方法など。

クラリスは、配布された資料に目を走らせながら、要点をノートにまとめていた。
(これは……論理的思考と応用力が試されるわね)

ハルド講師は、時折生徒に質問を投げかける。
「では、森林地帯で安全な水を確保する方法を、いくつか挙げてみよう。……クラリス・ヴェルディア嬢」

クラリスは立ち上がり、落ち着いた声で答えた。
「湧き水の確認、雨水の収集、植物の露からの採取。加えて、煮沸による殺菌処理が必要です」

「正解だ。よく訓練されているな」
ハルドは満足げに頷いた。

周囲の生徒たちは、クラリスの回答にざわめいた。

「やっぱり、頭はいいんだな」
「でも、実際はどうだろうね」
「いざってときに実践できるかだよね」

クラリスは、そんな声に耳を傾けず、ただ資料に目を戻した。

*

授業の後半では、「緊急時の判断力」についてのケーススタディが行われた。
仲間が負傷した場合の対応や食料が尽きたときの優先行動、遭難時の信号発信方法など。

クラリスは、ロジーナとペアになり、意見を交わしながらシミュレーションに取り組んだ。
「クラリス様、こういうのって、ちょっと怖いですね……」
「ええ。でも、知っていれば、いざってとき役に立つわ。だからこそ、学ぶのよ」

*

授業の終わり、ハルド講師は言った。
「君たちは、まだ机の上で学んでいるだけだ。だが、知識は命を守る盾になる。
来年の課外演習では、今日の知識が試される。忘れるな」

クラリスは、ノートの余白に一言だけ書き込んだ。
「知識は、私の武器になる」

*

その夜、クラリスは寮の部屋で資料を読み返していた。
「馬術はノクターンのおかげで感覚を取り戻せそうね。サバイバル術は、いつか役に立てばいいけど…」
そんなことをつぶやきながら、また机に向かう。

窓の外には、秋の星が静かに瞬いていた。
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