運命力ゼロの悪役令嬢

黒米

文字の大きさ
16 / 79
第2章 王立ルミナス学院 1年目

第15話 剣を握り始めて

しおりを挟む
秋の風が王立ルミナス学院の中庭を吹き抜ける。

クラリスは制服の袖を整えながら、教室の窓辺に立っていた。空は高く澄み渡り、季節の移ろいを感じさせる。

教室では、いつも通りのホームルームが始まろうとしていた。

担任のミス・カレナが教壇に立ち、黒板に新しい文字を記す。
「本日より、学院の教育方針が一部変更となります。これまでの学力中心のカリキュラムに加え、武術・戦術・馬術・サバイバル技術など、実践的な科目が導入されます」

教室がざわめく。

「武術って……剣とか槍とか?」
「サバイバルって、森に放り出されるの?」
「馬術って、馬に乗るの?怖い……」

クラリスは静かにノートを開きながら、ミス・カレナの言葉に耳を傾けた。

「これらの科目は、王国の新しい教育方針に基づくものです。運命力を生かすために、実際の行動力・判断力・生存力を身に着けるためのものです。期末には基礎試験が行われ、2年生の夏には課外演習が予定されています」

クラリスは、ふとロジーナの方を見た。
ロジーナは目を丸くしていた。

「クラリス様……私、剣なんて触ったこともないです」
「私もよ。でも、やるしかないわね」

ミス・カレナは続ける。
「武術に関しては、未経験者も多いため、まずは基礎から始めます。剣術・槍術・弓術のうち、希望するものを選択してください。馬術と戦術は全員必修です」

クラリスは、剣術を選ぶことに決めた。
理由は単純だった。最低限自分の身は守れるようになるため。
「選ばれた以上、みっともない姿は見せられない」
クラリスは、そう自分に言い聞かせた。

*

放課後、学院の武術場では、選択科目の説明会が行われていた。

広い石畳の演習場には、剣、槍、弓が整然と並び、教官たちが待機していた。
クラリスは、剣術の列に並んだ。

その隣には、ゼノ・ヴァルハルトの姿があった。

「君も剣術か」
ゼノが静かに言った。

「ええ。王族の婚約者として、最低限の技術は身につけておきたいと思いまして」
クラリスは、少しだけ強気に答えた。

ゼノは、彼女を見つめながら言った。
「そうだ…数字はいざというとき、助けてはくれない…」

その言葉に、クラリスは少しだけ心を動かされた。

*

その夜、クラリスは寮の部屋で剣術の教本を開いていた。窓の外には、秋の月が静かに輝いていた。
「剣術はやることになるとは思わなかったわ」

入学前の3年間で学力はある程度身に着けることはできているが、貴族の令嬢、まして王族の婚約者が剣を持つことになるとは予想していなかった。

「でも、私は選ばれたのだから。“できない”は許されない…」

そんなプレッシャーを抱えながら、その日はベットで横になった。

*

剣術授業の日。

クラリスは制服の上に支給された訓練用の軽装を身にまとい、授業に臨んでいた。

石畳の演習場には、剣術を選択した生徒たちが整列している。

その中には、ゼノ・ヴァルハルトの姿もあった。彼は無言で立ち、周囲の空気を読むように目を閉じていた。

クラリスは、手にした木剣の重みに少し驚いていた。
(思ったより重い……これで戦うなんて、本当にできるのかしら)

そのとき、演習場に一人の女性が現れた。

長身で、銀の鎧の上に深紅のマントを羽織り、腰には実剣を携えている。鋭い眼差しと凛とした立ち姿――彼女の名は、レイナ・ヴァルシュタイン。王国騎士団副隊長にして、学院の武術特別教官。

「静粛に」

レイナの声は澄んでいて、よく通った。だが、その響きには威圧感があった。
「私は王国騎士団副隊長、レイナ・ヴァルシュタイン。今日から剣術の基礎を教える。貴族だろうが王族だろうが、ここでは関係ない」

クラリスはその言葉に、背筋を伸ばした。

「まずは構え。剣を持つ手は、力を入れすぎるな。剣は振るうものではなく、導くものだ」

クラリスは言われた通りに構えようとするが、腕が震える。

隣のゼノは、すでに完璧な構えをしていた。
「クラリス・ヴェルディア」
レイナが名指しする。
「君の名前はよく知っている。だが、私は剣でしか判断しない」

クラリスは頷き、もう一度構え直す。
(私は、数字だけじゃない。私自身のために、ここにいる)

授業は、基本の足運びから始まった。
前進、後退、回避――剣を振るう前に、身体の使い方を学ぶ。

クラリスは何度もバランスを崩し、転びそうになる。

周囲の生徒たちは、ちらりと彼女を見て囁く。

「やっぱり、数字だけの子なのかな」
「婚約者って言っても、剣は別だよね」

クラリスは歯を食いしばり、立ち上がる。
(見てなさい。私は、できるようになる)

*

次に簡単な打ち合いの練習が始まった。
クラリスは、ロジーナとペアを組むことになった。

「クラリス様、手加減してくださいね……」
ロジーナは木剣を持つ手が震えていた。

「大丈夫よ。お互い、怪我しないようにしましょう」
打ち合いはぎこちなく、何度も空振りした。

けれど、クラリスは少しずつ剣の重みに慣れていくのを感じていた。

授業の終わり、レイナ教官が言った。
「君たちは、剣を握り始めたばかりのひよっこだ。だが、剣は嘘をつかない。努力した者には、必ず応えてくれる」

クラリスは、木剣を見つめた。
その表面には、彼女の手の跡がうっすらと残っていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています

六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。 しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。 「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!

ヒロインだと言われましたが、人違いです!

みおな
恋愛
 目が覚めたら、そこは乙女ゲームの世界でした。  って、ベタすぎなので勘弁してください。  しかも悪役令嬢にざまあされる運命のヒロインとかって、冗談じゃありません。  私はヒロインでも悪役令嬢でもありません。ですから、関わらないで下さい。

乙女ゲームの悪役令嬢、ですか

碧井 汐桜香
ファンタジー
王子様って、本当に平民のヒロインに惚れるのだろうか?

悪役令嬢のビフォーアフター

すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。 腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ! とりあえずダイエットしなきゃ! そんな中、 あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・ そんな私に新たに出会いが!! 婚約者さん何気に嫉妬してない?

転生モブは分岐点に立つ〜悪役令嬢かヒロインか、それが問題だ!〜

みおな
恋愛
 転生したら、乙女ゲームのモブ令嬢でした。って、どれだけラノベの世界なの?  だけど、ありがたいことに悪役令嬢でもヒロインでもなく、完全なモブ!!  これは離れたところから、乙女ゲームの展開を楽しもうと思っていたのに、どうして私が巻き込まれるの?  私ってモブですよね? さて、選択です。悪役令嬢ルート?ヒロインルート?

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

元社畜悪役令嬢、辺境のボロ城を全自動ボタニカル美容スパに大改造して引きこもる ~前世コスメで冷徹公爵を完治させたら溺愛されました~

季未
恋愛
「貴様のような悪逆非道な女は、極寒の辺境へ追放だ!」 建国記念の夜会で王太子から婚約破棄を突きつけられた公爵令嬢シャルロッテ。 しかし、彼女の中身は前世でブラック企業に殺された過労で過労死したマーケターだった! (激務の王妃ルート回避!? しかも辺境は誰にも邪魔されないブルーオーシャン! 最高のフリーランス生活の始まりじゃない!) 理不尽な追放を究極のホワイト・スローライフへのパスポートだと歓喜した彼女は、あてがわれた辺境のボロ城を、前世の「DIY・スマートホーム知識」と「土・水魔法」を駆使して爆速で大改造! 隙間風の吹く部屋は、一瞬で「床暖房完備の全自動温水スパ」へ。 辺境に自生する雑草からは「極上ボタニカルコスメ」を開発し、自らも絶世の美女へと変貌していく。 さらに「お前には干渉しない」と白い結婚を突きつけてきたはずの、呪いで顔に火傷を負った氷の公爵に特製マッサージと美肌治療を施したところ……。 「お前が作ったこの空間と、お前自身が……俺のすべてだ」 冷徹だったはずの公爵様が、極上の癒やし空間と彼女の手技で完全に骨抜きにされ、異常なまでの過保護・溺愛モードに突入!? 現代マーケティングと美容チートで辺境を超高級スマート・リゾートへと再生させ、かつて自分を追放した王太子たちを大後悔させる! 爽快&極甘な、異世界リゾート経営×溺愛ファンタジー、堂々開幕!

逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子

もちもちほっぺ
恋愛
セレスティーナ・エヴァンジェリンは今日も王宮の廊下を静かに歩きながら、ちらりと視線を横に流した。白いドレスを揺らし、愛らしく微笑むアリシア・ローゼンベルクの姿を目にするたび、彼女の胸はわずかに弾む。 (その調子よ、アリシア。もっと頑張って! あなたがしっかり王子を誘惑してくれれば、私は自由になれるのだから!) 期待に満ちた瞳で、影からこっそり彼女の奮闘を見守る。今日こそレオナルトがアリシアの魅力に落ちるかもしれない——いや、落ちてほしい。

処理中です...