運命力ゼロの悪役令嬢

黒米

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第3章 王立ルミナス学院 2年目

第28話 想定外の演習2日目

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朝霧がフォルセの森を包み込んでいた。
木々の間を抜ける冷たい風が、落ち葉をさらいながら静かに流れていく。

クラリスは、焚き火の残り火を見つめている。
「今日が本番ね……」

第6班の面々は、まだ眠気の残る顔でテントから出てきた。
ロジーナは軽く伸びをしながら、クラリスに微笑みかける。
「おはようございます、クラリス様。今日も頑張りましょうね」

「ええ。今日は模擬戦。油断は禁物よ」

その時、森の入口のほうから学院の伝令が現れた。
制服の袖に王立ルミナス学院の紋章が光っている。

「第6班、演習内容の通達です。内容は“遭遇戦対応”。北側区域にて敵班との接触を想定し、戦術的撤退と再編成を行うこと。開始は一時間後。準備を整え、指定地点へ向かってください」
伝令はそれだけ告げると、すぐに馬を返して去っていった。

クラリスは地図を広げ、班員たちに指示を出す。
「北側は丘があるわ。視界が悪くなる前に、偵察と配置を済ませましょう。ナディア、先行偵察。トーマスは前衛。ロジーナは連絡係。エミールは戦術支援をお願い」

「了解だ」トーマスが短く答え、剣を背負って歩き出す。

「偵察、任せてください!」ナディアは元気よく手を振り、森の奥へと駆けていった。

「地形図は頭に入っています。戦術的な配置は私が調整します」エミールは冷静に地図を確認しながら言う。

「連絡係、がんばります!」ロジーナは少し緊張しながらも、クラリスの隣に立った。

クラリスは、ノクターンのたてがみに手を添えながら、静かに呟いた。
「さあ、行きましょう。今日こそ、私が頑張らないといけない日よ」

森の奥へと進む第6班。
木々のざわめきが、まるで何かを警告するように風に乗って揺れていた。

*

森の北側――演習指定区域の奥深く。

第6班は、丘の斜面に沿って慎重に進んでいた。

「視界が悪くなってきましたね」
ロジーナが不安げに呟く。

「丘の上に敵班がいる可能性がある。警戒を怠るな」
エミールが地図を確認しながら、冷静に指示を出す。

クラリスはノクターンの背に乗り、周囲を見渡していた。
風が止み、鳥の声も消えている。森の空気が、どこかおかしい。

――その時だった。

「……止まって」
クラリスが低く言った瞬間、森の奥から地を揺るがすような咆哮が響いた。

「な、何!?」
ナディアが叫ぶ。
木々がざわめき、黒く巨大な影が姿を現す。

それは――

巨大な黒いイノシシだった。
体長は人間の背丈を超え、片目を失い、背には古びた矢が突き刺さっている。
明らかに人間に傷つけられ、怒りと恐怖に満ちた目で突進してくる。

「獰猛化個体!? なんでこんな場所に……!」
トーマスが剣を抜くが、間に合わない。

「全員、撤退!南へ!緊急時の避難場所へ!」
クラリスは即座に叫んだ。

「クラリス様は!?」
ロジーナが振り返る。

「私は囮になる!ノクターン、行くわよ!」
クラリスはノクターンに手綱を引き、目の前の脅威に立ちはだかった。
「みんな、行って!早く安全なところに!」

*

班員たちは混乱の中、森を南へと逃げる。

「くそっ……」
トーマスが歯を食いしばる。

「クラリス様が……」
ロジーナが震える声で呟く。

*

一方、クラリスはノクターンと共に獰猛化したイノシシを引きつけながら、剣を構えていた。

「みんなのほうには行かせない……!」
イノシシが突進してくる。

クラリスは剣を振るうが、相手は重く、速い。
一撃で吹き飛ばされ、地面に倒れ込む。

ノクターンが咆哮を上げ、クラリスの前に立ちはだかる。
だが、イノシシは止まらない。牙をむき出しにして迫ってくる。

クラリスは、朦朧とした意識の中で剣を握り直す。
(まだ……)

その瞬間――

「下がれ」

静かな声が森に響いた。
木々の間から、一人の剣士が現れる。

フードを深く被り、顔は見えない。
だが、その剣の動きは、クラリスが見覚えのあるものだった。
――レイナと同じ剣。
いや、それよりも洗練され、鋭く、無駄がない。

剣士は一太刀でイノシシの動きを止め、次の瞬間にはその脚を斬り、動きを封じた。
イノシシは呻き声を上げ、地に伏す。

クラリスは、意識が朦朧とする中でその姿を見つめていた。
「あなたは……誰……?」

そして、クラリスの意識は途切れた。

森の静寂を切り裂いた騒動のあと、空気は再び沈黙に包まれていた。

倒れたイノシシの息遣いはすでに消え、ただ風が木々を揺らす音だけが残っていた。
クラリスは、意識を失ったまま地面に横たわっている。

その傍らで、剣士は静かに手当てをしていた。
傷口に薬草を当て、布で丁寧に巻いていく。

「……まだ若いのに、よくここまで踏ん張ったな」
剣士はそう呟きながら、クラリスの剣を一瞥する。

その柄の握り方、踏み込みの跡、そして剣筋の残り香――すべてが、彼の記憶にある“ある流派”の面影を宿していた。
「レイナの知り合いか?」

*

数分後、森の奥から複数の足音が近づいてきた。

先頭に立っていたのは、王国騎士団副団長――レイナ・ヴァルシュタイン。

「クラリス!」
レイナは駆け寄り、地面に倒れた少女の姿を見て目を見開いた。

「手当ては済んでいる。命に別状はない」
低く、静かな声がレイナの耳に届く。

レイナはその声に、ゆっくりと顔を上げた。
「……その声、まさか……」

フードを被った剣士が、ゆっくりと顔を少しだけ見せる。
その輪郭、瞳の鋭さ、そして背中の剣――

「なぜここに……」
レイナの声は震えていた。

「久しいな、レイナ。あの時以来か…」
「なぜこんな森の奥に……どうして……」

剣士は、クラリスの剣をもう一度見つめる。
「この森でこの国の重大な秘密を守っている」

レイナは息を呑んだ。
「それは……師匠に関係しているの?」

剣士は答えなかった。
ただ、クラリスの顔を見つめながら、静かに言った。
「この子の剣……君の剣とそっくりだった。それに…いや、何でもない」

そして、剣士はフードを深く被り直し、森の奥へと歩き出した。

「待って……!」
レイナが呼び止めようとしたが、剣士は振り返らず、木々の間に姿を消した。

*

クラリスは、焚き火のそばで目を覚ました。
頭に包帯が巻かれ、ノクターンが静かに彼女のそばに座っている。

「……私、どうして……」

「あなたは、みんなを守ったのよ」
レイナが静かに言った。

クラリスは、剣士の姿を思い出す。
「……誰かに助けてもらったような気がする。先生の剣と似てる人に」

レイナは少しだけ目を伏せてから答えた。
「私の兄弟子。かつて同じ部隊にいた人よ。だけど、ある任務を境に姿を消した。こんなところにいたなんて…」

「先生はあの人に剣を教えてもらったの?」

レイナは微笑んだ。
「ええ。私たちの剣は、彼と同じ流派。もっとも、私は少し自分に合うように変えているわ。でもあなたなら、彼と同じ剣にたどり着けると思う」

「先生がダメだったのに、どうして?」

「それは、あなたは彼と同じ剣の心得を持っているから」

こうして、演習2日目の夜は静かに更けていった。

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