運命力ゼロの悪役令嬢

黒米

文字の大きさ
60 / 79
第5章 王立ルミナス学院 4年目

第56話 ハプニング

しおりを挟む
視察が終わると、もう日が沈みかけていた。

クラリスは、馬車の前でマントの裾を整えていた。
ロジーナは記録用のノートを抱え、ルークとカイは荷物の確認をしている。

そのとき、ダリウスが足早に近づいてきた。
彼の顔には、少し緊張の色が浮かんでいた。
「クラリス様、出発前に一つだけ……」

クラリスは、彼の表情を見てすぐに察した。
「何か、問題でも?」

ダリウスは、周囲を一瞥してから声を低くした。
「最近、この辺りで山賊が出るようになりまして。鉱石を積んだ馬車や、王都からの使者を狙っているようです。まだ被害は大きくありませんが…」

ロジーナが、思わずノートを抱きしめるようにして身をすくめた。
「山賊……」

ルークは、腕を組みながら鼻を鳴らした。
「面倒な連中だな。まあ、来るなら来いって感じだけどな」

カイは、冷静に頷いた。
「警備は足りているのですか?」

「ええ、町の周辺には見張りを増やしています。ただ、山道まで人員を割けていません。どうか、十分にお気をつけて」
ダリウスは深く頭を下げた。

クラリスは、彼の言葉をしっかりと受け止めながら答えた。
「ご忠告感謝します」

ロジーナは、クラリスの言葉に少しだけ安心したように頷いた。
ルークは剣の柄に手を添え、カイは資料をしまいながら馬車に乗り込む。

馬車の車輪が、静かに動き出した。
鉱山町の人々が見送る中、クラリスたちは王都へと向かっていった。

*

馬車の車輪が、乾いた山道を静かに転がっていた。

夕陽は山の稜線に沈みかけ、空は赤く染まり始めている。
クラリスは、窓辺に座りながら、鉱山町での記憶を思い返していた。

坑道の奥で見た、煤にまみれた少年の背中。
数字に縛られ、夢を諦めた人々の声。

「……あの子、十一歳だったのよね」
クラリスがぽつりと呟いた。

ロジーナは、記録用のノートを膝に置きながら頷いた。
「はい。“運命力が低いから”って理由で、進学もできず、危険な作業に回されて……。書いていて、胸が苦しくて……」

「俺は、ああいう現場を見るのは初めてだった」
ルークが腕を組みながら言った。
「数字が高いからって、偉そうにしてる奴もいるけど……あれ見たら、何も言えねぇな」

クラリスは、ルークの言葉に少し驚いたように目を向けた。
「……そう思ってくれるだけで、あの人たちも救われる気がするわ」

「制度は、秩序を守るためにある。ただ…」
カイが、静かに資料を閉じながら言った。

馬車の中に、しばし沈黙が流れる。

そして、カイがふと顔を上げた。
「……前から、疑問に思っていたんだが」
クラリス、ロジーナ、ルークが彼に視線を向ける。

「運命力が高い人は“運がいい”と教わってきた。制度のきっかけも、英雄たちの生存率の高さだった。だから、数字が高い人は危険を避けられる――そういう理屈だったはずだ」

クラリスは、静かに頷いた。
「ええ。私もそう教わったわ」

「でも、今回の鉱山のような危険が伴う場所では、むしろ“運がいい人”がやったほうが、事故は減るんじゃないか?」

カイの声には、理論的な冷静さと、わずかな熱が混ざっていた。
「ただ現実は危険な作業は“運命力が低い人”がやっている。なんか……おかしくないか?」

彼の言葉が、馬車の空気を変えた。
クラリスは、何かを言おうとした。

その瞬間――

馬車が、急に止まった。

「……っ!?」
ルークがすぐに剣に手を伸ばす。

「何かあったの!?」
ロジーナが、ノートを抱きしめながら身をすくめる。

馬車の外から、低い声が響いた。
「降りろ。荷を置いていけ」
その声は、複数。周囲を囲む気配。

「山賊……!」
カイが、窓の外を見ながら呟いた。
クラリスは、マントの裾を翻し、すぐに馬車の扉を開けた。
「ルーク、援護をお願い!」
「任せろ!」
ルークが飛び出し、剣を抜いた。
カイは、馬車の中で弓を構え始める。

ロジーナは、震えながらもノートをしまい、クラリスの後を追った。

夕陽の中、馬車の周囲には十数人の山賊が立っていた。
その瞳には、容赦のない欲望が宿っていた。

クラリスは、剣を抜き、構えた。

「……来なさい。私は、逃げない」
そして、戦いが始まった――。

*

「嬢ちゃんが剣を持ってるとはな。面白ぇ!」
その言葉と同時に、戦いが始まった。

ルークが先陣を切り、二人の山賊を一気に斬り伏せる。
その剣筋は鋭く、力強い。

クラリスは、横から回り込んできた敵を受け止め、反撃に転じる。
彼女の剣は、守るための剣――だが、今は迷いがなかった。

カイの矢が、正確に敵の足元を狙い、動きを封じる。
「クラリス、右!」

彼の声が、冷静に戦況を伝える。

ロジーナは、馬車の陰から様子をうかがっていたが、
クラリスが一瞬囲まれかけたのを見て、思わず叫んだ。
「クラリス様、危ない!」

その声に、クラリスが振り返る。
一瞬の隙――山賊の刃が、彼女に向かって振り下ろされる。

「しまっ――」

「伏せろ!」
聞き慣れた、鋭く力強い声が響いた。

次の瞬間――

銀の閃光が走り、山賊の刃が空を切る。
クラリスの前に、深紅のマントが翻った。

「師匠……!」
クラリスが目を見開く。

レイナ・ヴァルシュタイン。
王国騎士団副団長。
その剣は、迷いなく山賊を斬り伏せていた。

「油断するな。まだ終わってない」
レイナの声は冷静で、しかし確かな威圧感を帯びていた。

山賊たちは、レイナの登場に動揺し、後退を始める。
その隙を逃さず、ルークとクラリスが追撃に転じる。
カイの矢が、最後の一人の足元を射抜き、動きを止めた。

そして――

戦いは、終わった。

夕陽の中、静寂が戻る。
馬車の周囲には、倒れた山賊たちと、立ち尽くす4人の姿。

クラリスは、剣を収めながら、レイナに向き直った。
「……ありがとうございます、師匠」

レイナは、クラリスの肩に手を置き、静かに言った。
「よくやった。だが、油断は命取りになる。忘れるな」

*

そのころ――

王立ルミナス学院の回廊では、ミレーユ・クローディアが上機嫌で歩いていた。
栗色の髪を揺らしながら、唇に笑みを浮かべている。

「せっかく象徴が行くんだもの。何も起こらないわけないじゃない」
彼女は、誰にともなく呟いた。

その瞳には、何かを企むような光が宿っていた。
(ハプニングは起きるものじゃなくて、起こすものなのよ。クラリス。)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています

六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。 しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。 「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!

ヒロインだと言われましたが、人違いです!

みおな
恋愛
 目が覚めたら、そこは乙女ゲームの世界でした。  って、ベタすぎなので勘弁してください。  しかも悪役令嬢にざまあされる運命のヒロインとかって、冗談じゃありません。  私はヒロインでも悪役令嬢でもありません。ですから、関わらないで下さい。

乙女ゲームの悪役令嬢、ですか

碧井 汐桜香
ファンタジー
王子様って、本当に平民のヒロインに惚れるのだろうか?

悪役令嬢のビフォーアフター

すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。 腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ! とりあえずダイエットしなきゃ! そんな中、 あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・ そんな私に新たに出会いが!! 婚約者さん何気に嫉妬してない?

転生モブは分岐点に立つ〜悪役令嬢かヒロインか、それが問題だ!〜

みおな
恋愛
 転生したら、乙女ゲームのモブ令嬢でした。って、どれだけラノベの世界なの?  だけど、ありがたいことに悪役令嬢でもヒロインでもなく、完全なモブ!!  これは離れたところから、乙女ゲームの展開を楽しもうと思っていたのに、どうして私が巻き込まれるの?  私ってモブですよね? さて、選択です。悪役令嬢ルート?ヒロインルート?

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

元社畜悪役令嬢、辺境のボロ城を全自動ボタニカル美容スパに大改造して引きこもる ~前世コスメで冷徹公爵を完治させたら溺愛されました~

季未
恋愛
「貴様のような悪逆非道な女は、極寒の辺境へ追放だ!」 建国記念の夜会で王太子から婚約破棄を突きつけられた公爵令嬢シャルロッテ。 しかし、彼女の中身は前世でブラック企業に殺された過労で過労死したマーケターだった! (激務の王妃ルート回避!? しかも辺境は誰にも邪魔されないブルーオーシャン! 最高のフリーランス生活の始まりじゃない!) 理不尽な追放を究極のホワイト・スローライフへのパスポートだと歓喜した彼女は、あてがわれた辺境のボロ城を、前世の「DIY・スマートホーム知識」と「土・水魔法」を駆使して爆速で大改造! 隙間風の吹く部屋は、一瞬で「床暖房完備の全自動温水スパ」へ。 辺境に自生する雑草からは「極上ボタニカルコスメ」を開発し、自らも絶世の美女へと変貌していく。 さらに「お前には干渉しない」と白い結婚を突きつけてきたはずの、呪いで顔に火傷を負った氷の公爵に特製マッサージと美肌治療を施したところ……。 「お前が作ったこの空間と、お前自身が……俺のすべてだ」 冷徹だったはずの公爵様が、極上の癒やし空間と彼女の手技で完全に骨抜きにされ、異常なまでの過保護・溺愛モードに突入!? 現代マーケティングと美容チートで辺境を超高級スマート・リゾートへと再生させ、かつて自分を追放した王太子たちを大後悔させる! 爽快&極甘な、異世界リゾート経営×溺愛ファンタジー、堂々開幕!

逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子

もちもちほっぺ
恋愛
セレスティーナ・エヴァンジェリンは今日も王宮の廊下を静かに歩きながら、ちらりと視線を横に流した。白いドレスを揺らし、愛らしく微笑むアリシア・ローゼンベルクの姿を目にするたび、彼女の胸はわずかに弾む。 (その調子よ、アリシア。もっと頑張って! あなたがしっかり王子を誘惑してくれれば、私は自由になれるのだから!) 期待に満ちた瞳で、影からこっそり彼女の奮闘を見守る。今日こそレオナルトがアリシアの魅力に落ちるかもしれない——いや、落ちてほしい。

処理中です...