運命力ゼロの悪役令嬢

黒米

文字の大きさ
75 / 79
第6章 王立ルミナス学院 5年目

第71話 残り半年

しおりを挟む
秋の光が斜めに差し込んでいた。

円形の会議卓の上には、学院祭に関する資料が整然と並ぶ。
窓辺には学院の紋章を刻んだ旗が静かに揺れている。

外では、色づき始めた木々が風にそよぎ、遠くで鐘の音が響いていた。
クラリスは、副会長として定位置に座り、銀髪を整えながら資料に目を落とす。
(学院祭……今回は、ただの行事じゃない。王都中の視線が集まる場になる)
胸の奥で、静かな決意が燃えていた。

「――学院祭の進捗を確認する」
レオニスの声が、張り詰めた空気を切り裂いた。
白金の髪が秋の光を受けて淡く輝き、その瞳には冷徹な光が宿っている。
「模擬戦の準備は?」

「問題ない。騎士団との調整も完了している」
ゼノが短く答える。腕を組んだ姿は、いつも通り無駄がない。

「文化行事は?」

「演出と広報は私に任せて。学院祭は“華”がなきゃね」
ミレーユが涼しい笑みを浮かべ、唇に指を添える。
その声には、どこか意味深な響きがあった。

「制度関連の広報と測定公開イベントは?」

カイが資料をめくりながら答える。
「測定装置は王宮から搬入予定。公開測定は学院祭の目玉になるだろう」

クラリスは、その言葉にわずかに視線を落とした。
(測定装置……学院祭なら、近くで見られる。装置の秘密を探るチャンス)

胸の奥で、小さな炎が静かに灯る。
「異論はないな?」

レオニスの視線が円卓を一巡する。
誰も言葉を発しない。

「では、各自準備を進めろ」
その声で、会議は締めくくられた。

クラリスは、資料を片付けながら深く息を吐いた。
(学院祭まであと半年――必ず、装置の謎を掴む)

その時――

「クラリス様!」
慌てた声が、生徒会室の静寂を破った。

扉の前に立っていたのは、ロジーナだった。
栗色の髪を揺らし、息を切らしながら資料の束を抱えている。

「これを……見てください」
クラリスは、差し出された紙に目を落とした。
そこには、黒い鋭い筆致でこう記されていた。

『UNLUX』
『運命に縛られない、自由を』

クラリスの胸に、冷たいものが走る。
「……学院内で、これが?」

ロジーナは、緊張した声で答える。
「はい。掲示板に貼られていました。誰が貼ったのかは分かりません」

その瞬間、レオニスが資料を閉じ、冷たい声を発した。
「学院内にまで入り込んだか……騎士団に報告する必要があるな」

室内に、重い沈黙が落ちる。

クラリスは、張り紙を握りしめながら、胸の奥で呟いた。
(制度を否定する声が、こんな形で広がっているなんて……)

窓の外では、秋風が学院の旗を揺らしていた。
その揺れは、嵐の前触れのように、不穏な影を落としていた。

*

王宮の奥、厚手のカーテンに囲まれた重厚な部屋。

燭台の炎がわずかに揺れ、赤いワインが血のようにグラスの中で光っている。
その空気は、甘やかでありながら、氷の刃のように冷たかった。

エレオノーラ・グランフェルドは、金糸の刺繍が施された椅子に腰掛け、指先でグラスをゆっくりと回していた。

その瞳は、遠く王立ルミナス学院の塔を見下ろすように、冷たく光っている。
「――学院祭は、制度の信頼を示す場になるはずよ」

甘やかな声が、静寂を切り裂いた。
「クラリスには、象徴としての役目を果たしてもらうわ。……ただし、私たちの望む形で」

宰相ヴィクトル・ハインツが、無表情のまま資料を閉じる。
「計画通り、測定装置への細工は可能です。数字を揺らがせ、象徴としての信頼を失墜させます」
その声は、冷徹な鋼の響きを帯びていた。

エレオノーラは、わずかに微笑む。
「ええ。でも、それだけじゃない」
彼女の声が、さらに低くなる。
「例の件――学院祭までに終わらせなさい。そのすべての責任はクラリスにあると、世間に信じさせるのよ」

その言葉に、部屋の奥で控えていた騎士団長グレイ・ヴァルハルトが、無言で膝をついた。

燭台の炎が、その影を長く伸ばす。
「命令とあらば、内密に処理します」

その声には、感情の欠片もなかった。

エレオノーラは、グラスを机に置き、ゆっくりと立ち上がる。
窓辺に歩み寄り、王都の灯りを見下ろした。
「秩序を乱す芽は、必ず摘み取る――静かに、確実に」

燭台の炎が、赤いワインの影を壁に映し出していた。
その影は、王国の未来に忍び寄る闇の形をしていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています

六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。 しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。 「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!

ヒロインだと言われましたが、人違いです!

みおな
恋愛
 目が覚めたら、そこは乙女ゲームの世界でした。  って、ベタすぎなので勘弁してください。  しかも悪役令嬢にざまあされる運命のヒロインとかって、冗談じゃありません。  私はヒロインでも悪役令嬢でもありません。ですから、関わらないで下さい。

乙女ゲームの悪役令嬢、ですか

碧井 汐桜香
ファンタジー
王子様って、本当に平民のヒロインに惚れるのだろうか?

悪役令嬢のビフォーアフター

すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。 腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ! とりあえずダイエットしなきゃ! そんな中、 あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・ そんな私に新たに出会いが!! 婚約者さん何気に嫉妬してない?

転生モブは分岐点に立つ〜悪役令嬢かヒロインか、それが問題だ!〜

みおな
恋愛
 転生したら、乙女ゲームのモブ令嬢でした。って、どれだけラノベの世界なの?  だけど、ありがたいことに悪役令嬢でもヒロインでもなく、完全なモブ!!  これは離れたところから、乙女ゲームの展開を楽しもうと思っていたのに、どうして私が巻き込まれるの?  私ってモブですよね? さて、選択です。悪役令嬢ルート?ヒロインルート?

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

元社畜悪役令嬢、辺境のボロ城を全自動ボタニカル美容スパに大改造して引きこもる ~前世コスメで冷徹公爵を完治させたら溺愛されました~

季未
恋愛
「貴様のような悪逆非道な女は、極寒の辺境へ追放だ!」 建国記念の夜会で王太子から婚約破棄を突きつけられた公爵令嬢シャルロッテ。 しかし、彼女の中身は前世でブラック企業に殺された過労で過労死したマーケターだった! (激務の王妃ルート回避!? しかも辺境は誰にも邪魔されないブルーオーシャン! 最高のフリーランス生活の始まりじゃない!) 理不尽な追放を究極のホワイト・スローライフへのパスポートだと歓喜した彼女は、あてがわれた辺境のボロ城を、前世の「DIY・スマートホーム知識」と「土・水魔法」を駆使して爆速で大改造! 隙間風の吹く部屋は、一瞬で「床暖房完備の全自動温水スパ」へ。 辺境に自生する雑草からは「極上ボタニカルコスメ」を開発し、自らも絶世の美女へと変貌していく。 さらに「お前には干渉しない」と白い結婚を突きつけてきたはずの、呪いで顔に火傷を負った氷の公爵に特製マッサージと美肌治療を施したところ……。 「お前が作ったこの空間と、お前自身が……俺のすべてだ」 冷徹だったはずの公爵様が、極上の癒やし空間と彼女の手技で完全に骨抜きにされ、異常なまでの過保護・溺愛モードに突入!? 現代マーケティングと美容チートで辺境を超高級スマート・リゾートへと再生させ、かつて自分を追放した王太子たちを大後悔させる! 爽快&極甘な、異世界リゾート経営×溺愛ファンタジー、堂々開幕!

逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子

もちもちほっぺ
恋愛
セレスティーナ・エヴァンジェリンは今日も王宮の廊下を静かに歩きながら、ちらりと視線を横に流した。白いドレスを揺らし、愛らしく微笑むアリシア・ローゼンベルクの姿を目にするたび、彼女の胸はわずかに弾む。 (その調子よ、アリシア。もっと頑張って! あなたがしっかり王子を誘惑してくれれば、私は自由になれるのだから!) 期待に満ちた瞳で、影からこっそり彼女の奮闘を見守る。今日こそレオナルトがアリシアの魅力に落ちるかもしれない——いや、落ちてほしい。

処理中です...