沈黙のΩ、冷血宰相に拾われて溺愛されました

ホワイトヴァイス

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第9話 誓い

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宰相邸の一室は、まだ煙の匂いを残していた。
襲撃の痕跡が床と壁に残り、焦げた絨毯の上で医官たちが慌ただしく動いている。

ノアは寝台に横たわり、額に冷たい布を当てられていた。
呼吸は浅く、まぶたの下でかすかに光が瞬いている。
肩の傷だけでなく、刻印の共鳴による“熱”が、彼の体を蝕んでいた。

アルマンは寝台の脇に座っていた。
医官の報告を半ば聞き流しながら、ノアの手を離せずにいた。

(……あの光。あれは暴走ではなく、“応答”だった。彼の体が、私を守ろうと――)

指先でノアの手を包み込む。
血の気を失ったその手に、まだ微かに体温がある。

(まだ、間に合う)

「宰相閣下、鎮静剤を」
「要らん」

アルマンは短く返し、医官を下がらせた。
部屋に二人きりになる。

「……ノア」

名を呼ぶと、睫毛が震えた。
そのまま、ノアの唇がわずかに動いた。

最初は息の音だけ。
次に、掠れた声が形を持つ。

「……アルマン……様……」

声だ。
確かに、音になって届いた。

アルマンの喉が詰まった。
久方ぶりに熱を持って誰かに“名を呼ばれた”気がした。

「無理に喋るな」
「……違う、言いたいんです」

ノアの瞳がゆっくりと開く。
灰青の光が、熱に濡れた世界を見据えた。

「俺……あなたに、言いたいことが……ある」

声は震えていた。
けれど、その震えが“生”の証だった。

アルマンは何も言えなかった。
ただ、息を殺してその言葉を待った。

「俺……怖かった……でも、あなたが救ってくれた……」

喉の奥が焼けつくように痛む。
それでも、ノアは続けた。

「あなたが、俺の名前を呼んでくれたから……俺は、ここにいる」

その言葉に、アルマンの指先が微かに震えた。

(……私はずっと、誰の声も聞こうとしなかった。“冷血”でいれば、誰も失わずに済むと信じていた。だが――)

「ノア」

その名を、初めて“人”として呼ぶ。
ノアの瞳が揺れた。

「もう、黙っている必要はない。これからは――私が、おまえを護る」

静かな誓いだった。
命令でも契約でもない。
ただの、ひとりの人間の誓い。

ノアの唇が震え、涙が頬を伝う。
だがその涙は、痛みではなく“解放”の色をしていた。

「……ありがとう、アルマン様……」

その瞬間、刻印が淡く光を放った。
互いの血が呼応し、まるでその誓いを刻むように。

◆ ◆ ◆

夜。

ノアはまだ寝台にいたが、体を起こせるほどに回復していた。
外では、王都の鐘が静かに鳴っている。

「いっとき、外に出るのは無理だな」

アルマンが冗談めかして言うと、ノアは小さく笑った。

「いいですよ。あなたがいるなら」

アルマンの胸が、わずかに痛んだ。
それは後悔ではない。
長い時間を経て、ようやく“心臓が動いた”痛みだった。

窓の外、双月が並んで輝いている。
金と銀が重なり合う光。

その光の下で、アルマンは静かに立ち上がった。

「……ノア。私は、Ωが“所有”される国を、終わらせる」

ノアはゆっくりと頷いた。
その瞳に、かつての恐怖はなかった。

「俺も、隣に立ちます。今度は……あなたを守る」

その誓いに、アルマンは微笑んだ。

(番とは、血でも法でもない。この声を信じること――それが、絆だ)

双月が交差する。
その光が、二人の影をひとつに溶かしていった。

――声は、呪いを越えて。
沈黙のΩが、初めて自分の言葉で世界に立つ夜だった。
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