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第8話 副宰相の罠
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夜の王城は、静寂の中にざわめきを孕んでいた。
査問会が中断され、宰相とΩが王の庇護下に置かれたと伝わると、
城内の空気がわずかに軋んだ。
一方で、地下。
石壁に囲まれた尋問室の奥で、ルシアン・クロウは両手を縛られたまま座っていた。
その顔には、まだ笑みがあった。
「――王太子は甘い。あの宰相を庇うことで、自らの玉座を蝕むことになる」
冷えた声が石に反響する。
その瞳には狂気ではなく、計算があった。
副宰相という立場を失っても、彼の影響力は消えていない。
(王都の警備。軍の配置。……まだ、私の駒は動ける)
ルシアンはゆっくりと唇を歪めた。
「獅子を檻に入れるには、火ではなく“毒”が要るのだ」
◆ ◆ ◆
翌日。
宰相邸は静かだった。
ノアは王城から戻り、寝室で静養を命じられていた。
肩の傷は深く、少し動くだけで痛みが走る。
窓の外には双月。
昨夜よりも近く見える。
アルマンは書斎で報告書に目を通していた。
ルーファスからの密書。
「副宰相の背後に“外部勢力”あり。慎重に動け」とあった。
(……まさか、北部残党か)
ノアの出自を暴露されたこと。
それは同時に、滅びた“アルディス王家”の亡霊を呼び起こしたことでもある。
扉が叩かれた。
侍従長カシオンが入る。
「閣下。医官がノア様の薬を調合し直しました。新しい鎮痛剤を」
「机に置け。……私が持っていく」
アルマンは瓶を手に取り、光を透かした。
液体は淡く青い。
(いつもより色が濃いな……?)
一瞬、胸の奥で警鐘が鳴る。
指先で瓶の栓を撫でた。
手袋越しでも、微かに粘度の違いがわかる。
「この薬を調合した医官の名は?」
「……リース・ハーランと。先月、王立医院より派遣された者です」
(……聞いたことがない名だ)
アルマンは瓶を袖に隠し、静かに立ち上がった。
◆ ◆ ◆
ノアはベッドにもたれ、ぼんやりと天井を見ていた。
喉の痛みは和らいでいる。
声も、少しずつ出せるようになってきた。
(俺……声が出るんだ。夢じゃない)
その事実がまだ信じられない。
呪いの鎖が外れていく感覚。
けれど、その代わりに胸の奥が妙にざわついていた。
“何かが来る”――そんな予感。
扉が開いた。
アルマンが入ってくる。
「薬の時間だ」
ノアは微笑んで頷いた。
けれど、その目の奥には小さな不安があった。
アルマンは薬瓶を卓上に置き、少しだけ表情を緩めた。
「……私が怖いか?」
「……いいえ。初めからそうは思ってません」
ノアの声は掠れていたが、確かに届いた。
「あなたは、俺を……助けてくれたから」
アルマンの胸に、かすかな痛みが走る。
彼の瞳が、ノアの瞳と交わった。
(……誰にも奪わせない)
そう思った矢先――外で爆音が鳴った。
ガラスが震える。
二人が同時に顔を上げる。
「宰相閣下!」
カシオンの叫びが響いた。
廊下の奥、警備兵が倒れ、黒い煙が立ちこめている。
(早い……!まだ尋問は終わっていないはずだ)
アルマンは即座にノアを抱え、机の陰に身を隠す。
次の瞬間、扉が破られた。
黒衣の兵たちが雪崩れ込む。
胸には、王国の紋章ではない――
見覚えのある、“北部戦線の印章”。
「アルディスの血を!」
ノアの瞳が見開かれた。
(……俺を狙って……?)
アルマンは剣を抜く。
炎のような光が金の瞳に映る。
「来るなら――獅子の檻に入ってからにしろ」
刃が閃く。
最初の兵が倒れ、血が飛ぶ。
ノアは叫ぼうとした。
「アルマ――!」
声が途切れ、喉が焼ける。
痛みではない。
――刻印が、光を帯びていた。
金と白が重なり、眩い光が広がる。
アルマンが振り返ると、ノアの首の紋が再び“共鳴”を始めていた。
血と刻印が呼応し、
宰相の手袋の下でも白い光が瞬いた。
「……ノア、駄目だ!」
彼が叫ぶより早く、光が弾ける。
空気が震え、兵たちが吹き飛んだ。
◆ ◆ ◆
煙が晴れたとき、床一面に血の線が走っていた。
ノアは意識を失い、アルマンの腕の中に崩れている。
肩の刻印は淡く燃え、呼吸は浅い。
アルマンは歯を食いしばった。
(また、あの夜のように……誰も守れないのか)
拳を握る。
その手袋の下――焼印が完全に光を取り戻していた。
「……副宰相よ。おまえが“毒”を選んだなら、私は“獅子の爪”で応えよう」
彼の金の瞳が、静かに、けれど確実に炎を宿した。
――冷血の獅子は、再び目を覚ます。
次に咆哮するのは、王そのものかもしれなかった。
査問会が中断され、宰相とΩが王の庇護下に置かれたと伝わると、
城内の空気がわずかに軋んだ。
一方で、地下。
石壁に囲まれた尋問室の奥で、ルシアン・クロウは両手を縛られたまま座っていた。
その顔には、まだ笑みがあった。
「――王太子は甘い。あの宰相を庇うことで、自らの玉座を蝕むことになる」
冷えた声が石に反響する。
その瞳には狂気ではなく、計算があった。
副宰相という立場を失っても、彼の影響力は消えていない。
(王都の警備。軍の配置。……まだ、私の駒は動ける)
ルシアンはゆっくりと唇を歪めた。
「獅子を檻に入れるには、火ではなく“毒”が要るのだ」
◆ ◆ ◆
翌日。
宰相邸は静かだった。
ノアは王城から戻り、寝室で静養を命じられていた。
肩の傷は深く、少し動くだけで痛みが走る。
窓の外には双月。
昨夜よりも近く見える。
アルマンは書斎で報告書に目を通していた。
ルーファスからの密書。
「副宰相の背後に“外部勢力”あり。慎重に動け」とあった。
(……まさか、北部残党か)
ノアの出自を暴露されたこと。
それは同時に、滅びた“アルディス王家”の亡霊を呼び起こしたことでもある。
扉が叩かれた。
侍従長カシオンが入る。
「閣下。医官がノア様の薬を調合し直しました。新しい鎮痛剤を」
「机に置け。……私が持っていく」
アルマンは瓶を手に取り、光を透かした。
液体は淡く青い。
(いつもより色が濃いな……?)
一瞬、胸の奥で警鐘が鳴る。
指先で瓶の栓を撫でた。
手袋越しでも、微かに粘度の違いがわかる。
「この薬を調合した医官の名は?」
「……リース・ハーランと。先月、王立医院より派遣された者です」
(……聞いたことがない名だ)
アルマンは瓶を袖に隠し、静かに立ち上がった。
◆ ◆ ◆
ノアはベッドにもたれ、ぼんやりと天井を見ていた。
喉の痛みは和らいでいる。
声も、少しずつ出せるようになってきた。
(俺……声が出るんだ。夢じゃない)
その事実がまだ信じられない。
呪いの鎖が外れていく感覚。
けれど、その代わりに胸の奥が妙にざわついていた。
“何かが来る”――そんな予感。
扉が開いた。
アルマンが入ってくる。
「薬の時間だ」
ノアは微笑んで頷いた。
けれど、その目の奥には小さな不安があった。
アルマンは薬瓶を卓上に置き、少しだけ表情を緩めた。
「……私が怖いか?」
「……いいえ。初めからそうは思ってません」
ノアの声は掠れていたが、確かに届いた。
「あなたは、俺を……助けてくれたから」
アルマンの胸に、かすかな痛みが走る。
彼の瞳が、ノアの瞳と交わった。
(……誰にも奪わせない)
そう思った矢先――外で爆音が鳴った。
ガラスが震える。
二人が同時に顔を上げる。
「宰相閣下!」
カシオンの叫びが響いた。
廊下の奥、警備兵が倒れ、黒い煙が立ちこめている。
(早い……!まだ尋問は終わっていないはずだ)
アルマンは即座にノアを抱え、机の陰に身を隠す。
次の瞬間、扉が破られた。
黒衣の兵たちが雪崩れ込む。
胸には、王国の紋章ではない――
見覚えのある、“北部戦線の印章”。
「アルディスの血を!」
ノアの瞳が見開かれた。
(……俺を狙って……?)
アルマンは剣を抜く。
炎のような光が金の瞳に映る。
「来るなら――獅子の檻に入ってからにしろ」
刃が閃く。
最初の兵が倒れ、血が飛ぶ。
ノアは叫ぼうとした。
「アルマ――!」
声が途切れ、喉が焼ける。
痛みではない。
――刻印が、光を帯びていた。
金と白が重なり、眩い光が広がる。
アルマンが振り返ると、ノアの首の紋が再び“共鳴”を始めていた。
血と刻印が呼応し、
宰相の手袋の下でも白い光が瞬いた。
「……ノア、駄目だ!」
彼が叫ぶより早く、光が弾ける。
空気が震え、兵たちが吹き飛んだ。
◆ ◆ ◆
煙が晴れたとき、床一面に血の線が走っていた。
ノアは意識を失い、アルマンの腕の中に崩れている。
肩の刻印は淡く燃え、呼吸は浅い。
アルマンは歯を食いしばった。
(また、あの夜のように……誰も守れないのか)
拳を握る。
その手袋の下――焼印が完全に光を取り戻していた。
「……副宰相よ。おまえが“毒”を選んだなら、私は“獅子の爪”で応えよう」
彼の金の瞳が、静かに、けれど確実に炎を宿した。
――冷血の獅子は、再び目を覚ます。
次に咆哮するのは、王そのものかもしれなかった。
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