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第7話 査問
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査問会の日。
王城の裁議殿は、夜明けの光を拒むように厚い帷が垂れ、
壁の燭が静かに燃えていた。
玉座の前、三段下に設けられた石の壇上に、
宰相アルマン・ヴァルナティスとΩの青年ノア・アルディスが並び立つ。
観覧席には貴族、軍将、枢機卿、そして副宰相ルシアン・クロウ。
そのどの顔も、今日という日を“見世物”としか思っていなかった。
「査問会を始める」
王太子ルーファスの声が響く。
厳粛でありながら、どこか試すような響き。
彼はアルマンの旧友でありながら、いまは“王権”として立っていた。
「宰相よ。貴殿とΩ・ノア・アルディスとの契約に申し立てる者がいる。故に真偽を問うためにこの場を設けた」
一瞬、場がざわつく。
“真実”という単語に反応したのは、ルシアンだ。
ゆっくりと立ち上がり、口元に笑みを浮かべる。
「報告では、宰相閣下がそちらΩと偽りの契約を交わしたと。
それに、そのΩは閣下が宰相邸で囲っていた人物なのか――甚だ疑わしい」
彼は視線を王太子に移した。
「宰相閣下は、人身売買にてそのΩを買取、政治的な側面を考えて虚偽の報告をしたと思われます」
ざわめきが広がる。
ノアの肩がわずかに震えた。
包帯の下、傷はまだ完全には癒えていない。
(……俺のせいだ)
彼は喉を押さえた。
呪刻の痕は、昨夜よりも淡く光っている。
――その光が、嘘を拒むように疼いていた。
アルマンは隣で息を潜めた。
金の瞳が鋭く光る。
声の温度を限界まで落とし、宰相は口を開いた。
「……彼を外に出さなかったのは理由があってのこと。また番いの契約が偽だとどう判断をするのだ?副宰相よ」
澱みない声で問い返す。
理性の鎧に、一切の隙はない。
しかし、ルシアンの笑みは消えない。
まるで最初からその返答を待っていたかのようだった。
「では、証を見せていただきましょう。……“番の痕”を。真の番いであれば見せれるはず」
空気が変わった。
誰もがアルマンの手袋に視線を向ける。
(……本当に用意周到だな、ルシアンよ)
ルシアンはさらに言葉を重ねた。
「本物の番であれば、Ωの身体にも変化があるはずです。それに、そのΩには“呪刻”がかけられているのでは?」
視線がノアに移る。
ノアは無言でうつむいた。
喉が焼けるように痛む。
(結局、俺が足を引っ張っている……)
だが、身体の奥では――刻印が脈打っていた。
熱い。痛い。
まるで自分の意志とは無関係に、“反応”を始めようとしている。
「ノア」
アルマンの声が低く響く。
命令に似た響き。
だが、その奥には焦りが滲んでいた。
「顔を上げろ」
ノアはゆっくりと顔を上げた。
双月の光が、法廷の天窓から差し込む。
その光を受けて、ノアの首の呪刻が――淡く、金色に光った。
「……!」
ざわめきが広がる。
誰かが息を呑んだ。
刻印の線が薄れ、代わりに白い紋様が浮かび上がっていく。
それは、番の印。
αとΩ、互いの血が混じったときにのみ現れる、
“真実の契約”の証。
ルシアンの顔から笑みが消えた。
「……馬鹿な。血は……交わっていないはずだ……!」
アルマンは無言だった。
ただ静かに、ノアの肩へ手を置く。
指先がかすかに震えていた。
(きっかけは偶然。しかし、それは本物)
「この印こそが、私の罪であり――救いだ」
アルマンは王太子を見上げた。
金の瞳に、初めて“人間の光”が宿る。
「偽りの契約は、もはや存在しない。それに彼を隠していたわけを今こそ詳らかにしよう」
会場が静まり返る。
アルマンはノアの背後に周り、ゆっくりとその刻印に指を滑らせる。
「ノアはアルディス王家の生き残りだ。彼にその記憶はほとんどない」
「う、嘘だ!そんな事実は……!」
「王太子殿下。ここに調査書を提出いたします」
王太子は長く息を吐いた。
「預かろう」
その声には、怒りではなく、
何かを悟った者の静かな響きがあった。
受け取った調査書目を通すと、また一つ長い息を王太子は落とした。
「罰を受けるのは、ルシアンよ、お前の方かもしれないな」
ルシアンが息を呑む。
王太子の視線が鋭く彼を射抜いた。
「査問会は、一時中断とする。
宰相・アルマン・ヴァルナティス、Ω・ノア・アルディス。
両名の身柄は王の庇護下に置く。……ルシアン・クロウを疾く尋問室へ」
◆ ◆ ◆
王城のバルコニーで、ノアはまだ息を整えていた。
喉の痛みは残るが、呪刻の黒は薄れている。
「……俺たち、助かったのですか」
声は掠れていたが、確かに“音”になっていた。
アルマンはその声に、わずかに目を見開いた。
ノアの唇から発された言葉。
呪いに縫われていた声が、いま解かれたのだ。
「……喋れたのか」
「少しだけ。多分、刻印が消えてきたので」
アルマンは静かに息を吐く。
胸の奥に、熱が満ちていた。
(この声を、もう二度と奪わせはしない)
「ノア」
名を呼ぶ声は、かつての冷血とは違う温度を帯びていた。
「次は、私の番だ。――この制度を終わらせる」
双月の光が二人を照らす。
金と銀の光が重なり、まるでひとつの印のように揺れていた。
――偽りの番は、真実へと変わりつつある。
その光が王国の理を裂くまで、もう遠くはない。
王城の裁議殿は、夜明けの光を拒むように厚い帷が垂れ、
壁の燭が静かに燃えていた。
玉座の前、三段下に設けられた石の壇上に、
宰相アルマン・ヴァルナティスとΩの青年ノア・アルディスが並び立つ。
観覧席には貴族、軍将、枢機卿、そして副宰相ルシアン・クロウ。
そのどの顔も、今日という日を“見世物”としか思っていなかった。
「査問会を始める」
王太子ルーファスの声が響く。
厳粛でありながら、どこか試すような響き。
彼はアルマンの旧友でありながら、いまは“王権”として立っていた。
「宰相よ。貴殿とΩ・ノア・アルディスとの契約に申し立てる者がいる。故に真偽を問うためにこの場を設けた」
一瞬、場がざわつく。
“真実”という単語に反応したのは、ルシアンだ。
ゆっくりと立ち上がり、口元に笑みを浮かべる。
「報告では、宰相閣下がそちらΩと偽りの契約を交わしたと。
それに、そのΩは閣下が宰相邸で囲っていた人物なのか――甚だ疑わしい」
彼は視線を王太子に移した。
「宰相閣下は、人身売買にてそのΩを買取、政治的な側面を考えて虚偽の報告をしたと思われます」
ざわめきが広がる。
ノアの肩がわずかに震えた。
包帯の下、傷はまだ完全には癒えていない。
(……俺のせいだ)
彼は喉を押さえた。
呪刻の痕は、昨夜よりも淡く光っている。
――その光が、嘘を拒むように疼いていた。
アルマンは隣で息を潜めた。
金の瞳が鋭く光る。
声の温度を限界まで落とし、宰相は口を開いた。
「……彼を外に出さなかったのは理由があってのこと。また番いの契約が偽だとどう判断をするのだ?副宰相よ」
澱みない声で問い返す。
理性の鎧に、一切の隙はない。
しかし、ルシアンの笑みは消えない。
まるで最初からその返答を待っていたかのようだった。
「では、証を見せていただきましょう。……“番の痕”を。真の番いであれば見せれるはず」
空気が変わった。
誰もがアルマンの手袋に視線を向ける。
(……本当に用意周到だな、ルシアンよ)
ルシアンはさらに言葉を重ねた。
「本物の番であれば、Ωの身体にも変化があるはずです。それに、そのΩには“呪刻”がかけられているのでは?」
視線がノアに移る。
ノアは無言でうつむいた。
喉が焼けるように痛む。
(結局、俺が足を引っ張っている……)
だが、身体の奥では――刻印が脈打っていた。
熱い。痛い。
まるで自分の意志とは無関係に、“反応”を始めようとしている。
「ノア」
アルマンの声が低く響く。
命令に似た響き。
だが、その奥には焦りが滲んでいた。
「顔を上げろ」
ノアはゆっくりと顔を上げた。
双月の光が、法廷の天窓から差し込む。
その光を受けて、ノアの首の呪刻が――淡く、金色に光った。
「……!」
ざわめきが広がる。
誰かが息を呑んだ。
刻印の線が薄れ、代わりに白い紋様が浮かび上がっていく。
それは、番の印。
αとΩ、互いの血が混じったときにのみ現れる、
“真実の契約”の証。
ルシアンの顔から笑みが消えた。
「……馬鹿な。血は……交わっていないはずだ……!」
アルマンは無言だった。
ただ静かに、ノアの肩へ手を置く。
指先がかすかに震えていた。
(きっかけは偶然。しかし、それは本物)
「この印こそが、私の罪であり――救いだ」
アルマンは王太子を見上げた。
金の瞳に、初めて“人間の光”が宿る。
「偽りの契約は、もはや存在しない。それに彼を隠していたわけを今こそ詳らかにしよう」
会場が静まり返る。
アルマンはノアの背後に周り、ゆっくりとその刻印に指を滑らせる。
「ノアはアルディス王家の生き残りだ。彼にその記憶はほとんどない」
「う、嘘だ!そんな事実は……!」
「王太子殿下。ここに調査書を提出いたします」
王太子は長く息を吐いた。
「預かろう」
その声には、怒りではなく、
何かを悟った者の静かな響きがあった。
受け取った調査書目を通すと、また一つ長い息を王太子は落とした。
「罰を受けるのは、ルシアンよ、お前の方かもしれないな」
ルシアンが息を呑む。
王太子の視線が鋭く彼を射抜いた。
「査問会は、一時中断とする。
宰相・アルマン・ヴァルナティス、Ω・ノア・アルディス。
両名の身柄は王の庇護下に置く。……ルシアン・クロウを疾く尋問室へ」
◆ ◆ ◆
王城のバルコニーで、ノアはまだ息を整えていた。
喉の痛みは残るが、呪刻の黒は薄れている。
「……俺たち、助かったのですか」
声は掠れていたが、確かに“音”になっていた。
アルマンはその声に、わずかに目を見開いた。
ノアの唇から発された言葉。
呪いに縫われていた声が、いま解かれたのだ。
「……喋れたのか」
「少しだけ。多分、刻印が消えてきたので」
アルマンは静かに息を吐く。
胸の奥に、熱が満ちていた。
(この声を、もう二度と奪わせはしない)
「ノア」
名を呼ぶ声は、かつての冷血とは違う温度を帯びていた。
「次は、私の番だ。――この制度を終わらせる」
双月の光が二人を照らす。
金と銀の光が重なり、まるでひとつの印のように揺れていた。
――偽りの番は、真実へと変わりつつある。
その光が王国の理を裂くまで、もう遠くはない。
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