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波乱の魔王軍、介入編
第28話 枯れた大地とすんごい涙
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王都ソリスティアを出発して数日。
私たちの乗る馬車がティルナ地方へと入った瞬間、世界の彩(いろ)は失われた。
「……ひどい」
シルヴィアさんが息をのむ。
窓の外に広がるのは生命の営みが完全に停止した灰色の世界だった。
豊かに実っていたはずの麦畑は全て枯れ果てて茶色い塵となり、風に舞っている。森の木々は、まるで骸骨のように黒く枯れた枝を空に向けて伸ばしていた。
鳥のさえずりも虫の羽音も聞こえない。死の沈黙だけが、この大地を支配していた。
最初に立ち寄った村は、ゴーストタウンのように静まり返っていた。
家々から人の気配はするものの、誰も外に出てこない。村全体が重い無気力感に包まれている。
「ようこそ勇者様、聖女様……。こんな死んだ村へ……」
やつれた顔で私たちを迎えてくれた村長は力なくそう言った。
彼によれば、数日前、空が不気味な紫色に染まり、冷たい風が吹いた後、全ての作物が一瞬にして枯れてしまったという。そして、それ以来、村人たちは原因不明の倦怠感に襲われ、井戸の水も、土の味しかしなくなったそうだ。
「娘が大切に育てていた花です」
村長が村の集会所に置かれていた、一つの植木鉢を指さした。
そこには完全に水分を失い、黒く縮こまった、小さな花の残骸があった。
「聖女様、どうか……どうかこの大地を……お救いください……」
彼は、そう言うと、その場に崩れ落ちるように膝をついた。
私は、その黒く枯れた花から目が離せなかった。
数日前までは、きっと綺麗な色で咲き誇っていたはずなのに。
この村の人々も、作物も、動物も、全てが、あの魔女一人のせいで、こんなことに……。
(ひどすぎる……あんまりだわ……)
そう思った瞬間、私の目から熱い涙が、ぽろり、と一粒こぼれ落ちた。
枯れた大地と、そこに住む人々の悲しみが、自分のことのように感じられたのだ。
「あ……」
私は慌ててその涙を指で拭う。
その時、涙で濡れた指が自分の胸元に、ぽすん、と触れた。
次の瞬間。
私の指先から滴り落ちた涙の雫が、植木鉢の乾いた土の上に吸い込まれていった。
――奇跡は静かに、しかし、確かに起こった。
涙が落ちた場所から、柔らかな純白の光が溢れ出す。
黒く乾ききっていた土が生命力を取り戻したかのように、みるみるうちに潤いのある黒土へと変わっていく。
そして。
黒く縮こまっていた花の茎から、一本の、力強い緑色の芽が、にょきり、と顔を出したのだ。
「「「…………え?」」」
その場にいた全員が息をのむ。
絶望の灰色の中に灯った、たった一つの鮮やかな緑色。
それは、この大地に、まだ希望が残っていることを示す、何よりの証拠だった。
「おお……おおお……!」
村長は、その小さな芽を見て嗚咽を漏らし始めた。
「信じられない……。呪いを中和した? いえ違う……これは呪いを完全に浄化した上で、失われた生命力を強制的に再注入したような……。彼女の涙、たった一滴だけで?」
シルヴィアさんが学者としての理性を失い、興奮した様子でその芽を観察している。
「すごい……」
ユウキ様が畏敬の念のこもった声で言った。
「悲しみの涙さえも希望に変える力……。スキル名『聖女の涙(セイント・ティアー)』! この力があれば、この大地はきっと元に戻る!」
私は自分の指先と、その小さな芽を、ただ呆然と見比べていた。
私の涙が、この花を……?
この日、ティルナ地方の、ある小さな村で、一つの芽が出たというニュースは、絶望に沈む人々の心に確かな希望の光を灯した。
だが私たちは同時に、新たな問題に直面していた。
この広大な呪われた大地を、一体どうやって、私の涙で満たせばいいというのだろうか。
私たちの乗る馬車がティルナ地方へと入った瞬間、世界の彩(いろ)は失われた。
「……ひどい」
シルヴィアさんが息をのむ。
窓の外に広がるのは生命の営みが完全に停止した灰色の世界だった。
豊かに実っていたはずの麦畑は全て枯れ果てて茶色い塵となり、風に舞っている。森の木々は、まるで骸骨のように黒く枯れた枝を空に向けて伸ばしていた。
鳥のさえずりも虫の羽音も聞こえない。死の沈黙だけが、この大地を支配していた。
最初に立ち寄った村は、ゴーストタウンのように静まり返っていた。
家々から人の気配はするものの、誰も外に出てこない。村全体が重い無気力感に包まれている。
「ようこそ勇者様、聖女様……。こんな死んだ村へ……」
やつれた顔で私たちを迎えてくれた村長は力なくそう言った。
彼によれば、数日前、空が不気味な紫色に染まり、冷たい風が吹いた後、全ての作物が一瞬にして枯れてしまったという。そして、それ以来、村人たちは原因不明の倦怠感に襲われ、井戸の水も、土の味しかしなくなったそうだ。
「娘が大切に育てていた花です」
村長が村の集会所に置かれていた、一つの植木鉢を指さした。
そこには完全に水分を失い、黒く縮こまった、小さな花の残骸があった。
「聖女様、どうか……どうかこの大地を……お救いください……」
彼は、そう言うと、その場に崩れ落ちるように膝をついた。
私は、その黒く枯れた花から目が離せなかった。
数日前までは、きっと綺麗な色で咲き誇っていたはずなのに。
この村の人々も、作物も、動物も、全てが、あの魔女一人のせいで、こんなことに……。
(ひどすぎる……あんまりだわ……)
そう思った瞬間、私の目から熱い涙が、ぽろり、と一粒こぼれ落ちた。
枯れた大地と、そこに住む人々の悲しみが、自分のことのように感じられたのだ。
「あ……」
私は慌ててその涙を指で拭う。
その時、涙で濡れた指が自分の胸元に、ぽすん、と触れた。
次の瞬間。
私の指先から滴り落ちた涙の雫が、植木鉢の乾いた土の上に吸い込まれていった。
――奇跡は静かに、しかし、確かに起こった。
涙が落ちた場所から、柔らかな純白の光が溢れ出す。
黒く乾ききっていた土が生命力を取り戻したかのように、みるみるうちに潤いのある黒土へと変わっていく。
そして。
黒く縮こまっていた花の茎から、一本の、力強い緑色の芽が、にょきり、と顔を出したのだ。
「「「…………え?」」」
その場にいた全員が息をのむ。
絶望の灰色の中に灯った、たった一つの鮮やかな緑色。
それは、この大地に、まだ希望が残っていることを示す、何よりの証拠だった。
「おお……おおお……!」
村長は、その小さな芽を見て嗚咽を漏らし始めた。
「信じられない……。呪いを中和した? いえ違う……これは呪いを完全に浄化した上で、失われた生命力を強制的に再注入したような……。彼女の涙、たった一滴だけで?」
シルヴィアさんが学者としての理性を失い、興奮した様子でその芽を観察している。
「すごい……」
ユウキ様が畏敬の念のこもった声で言った。
「悲しみの涙さえも希望に変える力……。スキル名『聖女の涙(セイント・ティアー)』! この力があれば、この大地はきっと元に戻る!」
私は自分の指先と、その小さな芽を、ただ呆然と見比べていた。
私の涙が、この花を……?
この日、ティルナ地方の、ある小さな村で、一つの芽が出たというニュースは、絶望に沈む人々の心に確かな希望の光を灯した。
だが私たちは同時に、新たな問題に直面していた。
この広大な呪われた大地を、一体どうやって、私の涙で満たせばいいというのだろうか。
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