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第二章 ロルディアの影
第38話 揺れる護衛任務
再び街道に戻った俺たちは、まだ残る殺気に神経を尖らせながら商隊へと合流した。
だが、俺たちを迎えたのは安堵の声ではなかった。そこにあったのは――皮膚が粟立つような、冷たい沈黙だった
「お、おい……あいつら無事で戻ってきたぞ……」
「嘘だろ……。いや、それより……さっきの敵、あいつらのこと狙ってたんじゃ……?」
従者たちのひそひそ話が、風に乗って耳に届く。
彼らの視線があからさまに変わっていた。数時間前までは頼れる護衛に向けられていた尊敬の眼差しが、今は疫病神を見るような、恐れと忌避の混じったものに変質している。
「戻ったぞ」
俺は努めて平静を装い、短く告げて馬車に近づいた。
商人ハインズがビクリと肩を震わせ、引きつった笑みを浮かべる。
「……あ、ああ。無事で、なによりだ」
言葉とは裏腹に、彼が一歩、無意識に後ずさったのを俺は見逃さなかった。
その目は「よかった」とは言っていない。「なぜ戻ってきた (リスクを持ち帰ってきた)」と語っている。
「敵は姿を消した。だが次があるかもしれない」
俺は馬車の周囲を一瞥して続けた。
「すぐに出発した方がいい。ここに長居するのは危険だ」
「……わ、わかった。すぐに出そう」
ハインズは俺と目を合わせようともせず、逃げるように馬車へと駆け上がった。
馬車が軋んだ音を立てて動き出す。その道中は、針の筵だった。
従者たちは堅く口を閉ざし、俺たちが近づくと露骨に視線を逸らす。雑談の一つもない、重苦しい空気が隊列を包み込む。
「……分かりやすいほど避けられてるな」
俺は苦笑混じりに、誰に聞かせるでもなくつぶやいた。
前の世界でも経験した、あの感覚だ。組織にとって不要、あるいは有害とみなされた瞬間に向けられる、冷徹な排除の空気。
「まあ、当然といえば当然ね」
エルンは淡々と、しかし少しだけ寂しげに答える。
「護衛として雇ったはずが、かえって危険を呼び寄せる火種だったのだもの。彼らにとっては、私たちはもう守り神じゃなくて、死神に見えているわ」
「でも、カイン、わるくない……!」
ルナが小さな牙を剥き出しにして、抗議の声を上げた。鼻を鳴らし、商隊の方を睨みつけている。
「よくないにおい、する。怖がってる、嫌がってる……あいつらが、わるい……」
ルナには分かるのだ。人間が発する悪意や拒絶の感情が、臭いとなって。
俺たちのために怒ってくれるその姿に、ささくれ立った心が少しだけ救われた気がした。
「……ありがとうな、ルナ。俺たちはただ、必死に生きてるだけなのにな」
やがて、森の木々が開け、目的地であるノルハイム村の集落が視界に入った。
「ついた……か」
ハインズが安堵のため息を漏らし、馬車が停止する。
村の入り口に着くや否や、従者たちは逃げるように荷解きを始めた。
一刻も早く、この任務、いや、俺たちとの関係を終わらせたいという焦りが透けて見える。
俺はハインズに歩み寄った。
「ここまでが依頼だったはずだ。問題なければ、ギルドへの完了報告と報酬を頼む」
「……ああ、そうだな。約束の額だ」
ハインズは革袋を素早く俺に押し付けた。指先が触れることすら避けるような手つきだった。
「今回の件、ロルディアに戻ったら、俺からギルドに詳しく報告しておく。今後の対策も必要だしな」
「……ああ。考えておくよ」
ハインズは目を伏せたまま、曖昧に濁した。
「考えておく」――それは、もう関わりたくないという拒絶の定型句だ。ギルドへの報告すら、俺たちとの関わりが深くなるのを恐れて避けるかもしれない。
俺たちは命を懸けて守った。護衛の務めは果たした。にもかかわらず、最後に向けられたのは感謝の握手ではなく――背中だった。
「……変わったな」
俺は足早に去っていく馬車を見送りながらつぶやく。
「ええ。私たちの立場がね」
エルンもまた、厳しい瞳でその背中を見つめていた。
「噂は広まるわ。このままだと、ギルドの中でも私たちの立ち位置が微妙になるかもしれない。『呪われたパーティ』なんて呼ばれてね」
「わかってる。だからこそ……」
俺は拳を強く握りしめた。このまま泣き寝入りするつもりはない。
「この状況の裏に何があるのかを突き止めたい。でないと、俺たちに安息はないだろう?」
エルンがうなずく。
「敵の動きは明らかだった。目的は私たち……エルフの身柄」
「しかも、笛一つで撤退した。誰かが指揮しているんだ」
「狩られてる……そんな感じ……」
ルナの声が不安げに風に溶けた。
見えない檻が少しずつ俺たちを囲い込もうとしている。その不安が俺の心をざわつかせ続けた。
だが、俺たちを迎えたのは安堵の声ではなかった。そこにあったのは――皮膚が粟立つような、冷たい沈黙だった
「お、おい……あいつら無事で戻ってきたぞ……」
「嘘だろ……。いや、それより……さっきの敵、あいつらのこと狙ってたんじゃ……?」
従者たちのひそひそ話が、風に乗って耳に届く。
彼らの視線があからさまに変わっていた。数時間前までは頼れる護衛に向けられていた尊敬の眼差しが、今は疫病神を見るような、恐れと忌避の混じったものに変質している。
「戻ったぞ」
俺は努めて平静を装い、短く告げて馬車に近づいた。
商人ハインズがビクリと肩を震わせ、引きつった笑みを浮かべる。
「……あ、ああ。無事で、なによりだ」
言葉とは裏腹に、彼が一歩、無意識に後ずさったのを俺は見逃さなかった。
その目は「よかった」とは言っていない。「なぜ戻ってきた (リスクを持ち帰ってきた)」と語っている。
「敵は姿を消した。だが次があるかもしれない」
俺は馬車の周囲を一瞥して続けた。
「すぐに出発した方がいい。ここに長居するのは危険だ」
「……わ、わかった。すぐに出そう」
ハインズは俺と目を合わせようともせず、逃げるように馬車へと駆け上がった。
馬車が軋んだ音を立てて動き出す。その道中は、針の筵だった。
従者たちは堅く口を閉ざし、俺たちが近づくと露骨に視線を逸らす。雑談の一つもない、重苦しい空気が隊列を包み込む。
「……分かりやすいほど避けられてるな」
俺は苦笑混じりに、誰に聞かせるでもなくつぶやいた。
前の世界でも経験した、あの感覚だ。組織にとって不要、あるいは有害とみなされた瞬間に向けられる、冷徹な排除の空気。
「まあ、当然といえば当然ね」
エルンは淡々と、しかし少しだけ寂しげに答える。
「護衛として雇ったはずが、かえって危険を呼び寄せる火種だったのだもの。彼らにとっては、私たちはもう守り神じゃなくて、死神に見えているわ」
「でも、カイン、わるくない……!」
ルナが小さな牙を剥き出しにして、抗議の声を上げた。鼻を鳴らし、商隊の方を睨みつけている。
「よくないにおい、する。怖がってる、嫌がってる……あいつらが、わるい……」
ルナには分かるのだ。人間が発する悪意や拒絶の感情が、臭いとなって。
俺たちのために怒ってくれるその姿に、ささくれ立った心が少しだけ救われた気がした。
「……ありがとうな、ルナ。俺たちはただ、必死に生きてるだけなのにな」
やがて、森の木々が開け、目的地であるノルハイム村の集落が視界に入った。
「ついた……か」
ハインズが安堵のため息を漏らし、馬車が停止する。
村の入り口に着くや否や、従者たちは逃げるように荷解きを始めた。
一刻も早く、この任務、いや、俺たちとの関係を終わらせたいという焦りが透けて見える。
俺はハインズに歩み寄った。
「ここまでが依頼だったはずだ。問題なければ、ギルドへの完了報告と報酬を頼む」
「……ああ、そうだな。約束の額だ」
ハインズは革袋を素早く俺に押し付けた。指先が触れることすら避けるような手つきだった。
「今回の件、ロルディアに戻ったら、俺からギルドに詳しく報告しておく。今後の対策も必要だしな」
「……ああ。考えておくよ」
ハインズは目を伏せたまま、曖昧に濁した。
「考えておく」――それは、もう関わりたくないという拒絶の定型句だ。ギルドへの報告すら、俺たちとの関わりが深くなるのを恐れて避けるかもしれない。
俺たちは命を懸けて守った。護衛の務めは果たした。にもかかわらず、最後に向けられたのは感謝の握手ではなく――背中だった。
「……変わったな」
俺は足早に去っていく馬車を見送りながらつぶやく。
「ええ。私たちの立場がね」
エルンもまた、厳しい瞳でその背中を見つめていた。
「噂は広まるわ。このままだと、ギルドの中でも私たちの立ち位置が微妙になるかもしれない。『呪われたパーティ』なんて呼ばれてね」
「わかってる。だからこそ……」
俺は拳を強く握りしめた。このまま泣き寝入りするつもりはない。
「この状況の裏に何があるのかを突き止めたい。でないと、俺たちに安息はないだろう?」
エルンがうなずく。
「敵の動きは明らかだった。目的は私たち……エルフの身柄」
「しかも、笛一つで撤退した。誰かが指揮しているんだ」
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