40 / 330
第二章 ロルディアの影
第40話 影の追跡者
ロルディアの市場はむせ返るような熱気と喧騒に満ちていた。
香辛料の刺激的な香り、焼けた肉の匂い、そして無数の人々の体臭が混じり合う。
行き交う商人たちは声を張り上げ、買い手たちは少しでも安く買おうと値切ることに余念がない。
平和そのものの光景。だが、俺たちはその中を慎重に歩いていた。
「エルフの失踪事件について情報を集めるなら市場が一番だと思ったけれど……意外と簡単にはいかないわね」
エルンがフードを目深に被り直しながら、疲れたようにつぶやいた。
市場には多くの人種がいたが、俺たちが「エルフ」という単語を出した瞬間、彼らの目には明らかな「怯え」が浮かぶのだ。
「ああ。まるで『関わったら死ぬ』と知っているかのような反応だ」
俺は周囲を警戒しながら小声で答える。
あからさまな拒絶。視線を逸らす者、そそくさと店を畳もうとする者。この街の裏側には一般市民が恐怖するほどの「何か」が根を張っている。
「……おい、あんた。知ってるんだろ?」
俺は市場の片隅で果物を売っていたエルフの老婆に声をかけた。同族なら、あるいはと思ったのだが――。
「ひっ……! あ、あっちへお行き! 私は何も知らない、何も見てないんだよ!」
彼女は俺たちの背後に「何か」を見たかのように震え上がり、籠を抱えて逃げるように去っていった。
残されたのは、やり場のない徒労感だけだ。
「……ここまで徹底されているとはな」
俺は腕を組み、雑踏の中に佇んだ。その時だった。
「ん……カイン、エルン……」
俺の足元で、ルナが低く唸った。彼女の耳がピクリと動き、鼻がひくついている。
「どうした?」
「……ずっと、ついてくる。……嫌なにおいのひと、いる」
「尾行か?」
ルナはこくりとうなずいた。
「うん。さっきから、何度も……人混みに隠れてるけど、においは誤魔化せない」
「なるほどな……」
俺はさりげなく視線を巡らせる。
活気ある人混みの中、決して目を合わせず、しかし一定の距離を保ってこちらを監視する視線。……いた。あそこの路地の陰だ。
「……なるほどな。嗅ぎ回るネズミを始末しに来たか、あるいは新たな獲物を見つけたか」
俺の言葉に、エルンの瞳がスッと冷たく細められた。
「対処は?」
「ここで騒ぎを起こすのは得策じゃない。……誘い込もう」
俺は口元をニヤリと歪めた。
「向こうが狩人のつもりなら、獲物が牙を剥く瞬間を教えてやる」
***
俺たちはわざと市場の大通りを外れ、人気の少ない路地裏へと足を向けた。
賑やかな喧騒が遠ざかり、薄暗い静寂が満ちていく。腐った野菜と汚水の臭いが漂う街の陰部。
俺たちは行き止まりの手前で立ち止まり、獲物がかかるのを待った。
ヒタ……ヒタ……。
忍ぶ足音が近づいてくる。尾行者は俺たちが袋小路に入ったと思い込み、油断して距離を詰めてきたのだ。
「……今だ」
俺が短く合図した瞬間、隠れていたルナが弾丸のように飛び出した。
「ガァッ!」
「うおっ!?」
突然目の前に現れた獣に男が悲鳴を上げて後ずさる。だが、その退路は既に塞がれている。背後には短剣を抜いた俺と、杖を構えたエルンが立っていた。
「俺たちに何の用だ?」
俺は男に短剣の切っ先を向けて、凄んでみせた。
男は薄汚れた革鎧を着た、いかにもゴロツキといった風貌だ。
「よ、用なんて、ないぞ。俺はただ、通りすがりの——」
「嘘ね」
エルンが氷のような声で切り捨てる。
「市場からずっと私たちの背中を見ていたわね。あの殺気、ただの通りすがりが出せるものじゃないわ」
「……ッ!」
尾行者の男は目を泳がせながら必死に言い訳を探しているようだった。
俺は短剣を向けたまま、男へと一歩踏み出し、プレッシャーをかける。
「正直に話せ。誰の命令で俺たちを嗅ぎ回っていた? エルフの失踪に関わっているな?」
「ぐっ……!」
男は唇を噛んで俺を睨んでいたが、結局は観念したようにため息をついた。
「俺はただ……エルフの情報を流せば金になるって聞いただけで……」
「金?」
「そうだ……市場の外れの酒場だよ……そこの裏口で、ある組織がエルフに関する情報を高値で買い取ってるって噂だ」
「組織の名は?」
「な、名無しの連中だ! ただ、黒いフードを被った奴らが……」
俺とエルンは顔を見合わせた。黒いフード。あの時、森で俺たちを襲った集団と一致する。
「で、お前はその情報を持っていくつもりだったんだな?」
「……まあ、そういうことだ」
「お前、もう俺たちをつけ回すなよ?」
「……わ、わかった……!」
男は転がるようにして路地裏から逃げ去っていった。
残された俺たちの間に張り詰めた空気が流れる。
「これからどうするの?」
エルンの問いに、俺の迷いはなかった。
「決まってる。準備を整えて、その酒場へ向かうんだ」
俺は短剣を鞘に納め、市場の方角を睨みつけた。
「向こうが情報を集めているなら好都合だ。俺たちが直接乗り込んで、その正体を暴いてやろう」
ルナが小さく鳴き、同意するように俺の足元に寄り添う。
「ええ。これ以上、コソコソされるのは御免だわ」
覚悟は決まった。
ロルディアの市場の裏で渦巻く巨大な陰謀。その尻尾を掴むため、俺たちは自ら虎穴へと足を踏み入れることを決めた。
香辛料の刺激的な香り、焼けた肉の匂い、そして無数の人々の体臭が混じり合う。
行き交う商人たちは声を張り上げ、買い手たちは少しでも安く買おうと値切ることに余念がない。
平和そのものの光景。だが、俺たちはその中を慎重に歩いていた。
「エルフの失踪事件について情報を集めるなら市場が一番だと思ったけれど……意外と簡単にはいかないわね」
エルンがフードを目深に被り直しながら、疲れたようにつぶやいた。
市場には多くの人種がいたが、俺たちが「エルフ」という単語を出した瞬間、彼らの目には明らかな「怯え」が浮かぶのだ。
「ああ。まるで『関わったら死ぬ』と知っているかのような反応だ」
俺は周囲を警戒しながら小声で答える。
あからさまな拒絶。視線を逸らす者、そそくさと店を畳もうとする者。この街の裏側には一般市民が恐怖するほどの「何か」が根を張っている。
「……おい、あんた。知ってるんだろ?」
俺は市場の片隅で果物を売っていたエルフの老婆に声をかけた。同族なら、あるいはと思ったのだが――。
「ひっ……! あ、あっちへお行き! 私は何も知らない、何も見てないんだよ!」
彼女は俺たちの背後に「何か」を見たかのように震え上がり、籠を抱えて逃げるように去っていった。
残されたのは、やり場のない徒労感だけだ。
「……ここまで徹底されているとはな」
俺は腕を組み、雑踏の中に佇んだ。その時だった。
「ん……カイン、エルン……」
俺の足元で、ルナが低く唸った。彼女の耳がピクリと動き、鼻がひくついている。
「どうした?」
「……ずっと、ついてくる。……嫌なにおいのひと、いる」
「尾行か?」
ルナはこくりとうなずいた。
「うん。さっきから、何度も……人混みに隠れてるけど、においは誤魔化せない」
「なるほどな……」
俺はさりげなく視線を巡らせる。
活気ある人混みの中、決して目を合わせず、しかし一定の距離を保ってこちらを監視する視線。……いた。あそこの路地の陰だ。
「……なるほどな。嗅ぎ回るネズミを始末しに来たか、あるいは新たな獲物を見つけたか」
俺の言葉に、エルンの瞳がスッと冷たく細められた。
「対処は?」
「ここで騒ぎを起こすのは得策じゃない。……誘い込もう」
俺は口元をニヤリと歪めた。
「向こうが狩人のつもりなら、獲物が牙を剥く瞬間を教えてやる」
***
俺たちはわざと市場の大通りを外れ、人気の少ない路地裏へと足を向けた。
賑やかな喧騒が遠ざかり、薄暗い静寂が満ちていく。腐った野菜と汚水の臭いが漂う街の陰部。
俺たちは行き止まりの手前で立ち止まり、獲物がかかるのを待った。
ヒタ……ヒタ……。
忍ぶ足音が近づいてくる。尾行者は俺たちが袋小路に入ったと思い込み、油断して距離を詰めてきたのだ。
「……今だ」
俺が短く合図した瞬間、隠れていたルナが弾丸のように飛び出した。
「ガァッ!」
「うおっ!?」
突然目の前に現れた獣に男が悲鳴を上げて後ずさる。だが、その退路は既に塞がれている。背後には短剣を抜いた俺と、杖を構えたエルンが立っていた。
「俺たちに何の用だ?」
俺は男に短剣の切っ先を向けて、凄んでみせた。
男は薄汚れた革鎧を着た、いかにもゴロツキといった風貌だ。
「よ、用なんて、ないぞ。俺はただ、通りすがりの——」
「嘘ね」
エルンが氷のような声で切り捨てる。
「市場からずっと私たちの背中を見ていたわね。あの殺気、ただの通りすがりが出せるものじゃないわ」
「……ッ!」
尾行者の男は目を泳がせながら必死に言い訳を探しているようだった。
俺は短剣を向けたまま、男へと一歩踏み出し、プレッシャーをかける。
「正直に話せ。誰の命令で俺たちを嗅ぎ回っていた? エルフの失踪に関わっているな?」
「ぐっ……!」
男は唇を噛んで俺を睨んでいたが、結局は観念したようにため息をついた。
「俺はただ……エルフの情報を流せば金になるって聞いただけで……」
「金?」
「そうだ……市場の外れの酒場だよ……そこの裏口で、ある組織がエルフに関する情報を高値で買い取ってるって噂だ」
「組織の名は?」
「な、名無しの連中だ! ただ、黒いフードを被った奴らが……」
俺とエルンは顔を見合わせた。黒いフード。あの時、森で俺たちを襲った集団と一致する。
「で、お前はその情報を持っていくつもりだったんだな?」
「……まあ、そういうことだ」
「お前、もう俺たちをつけ回すなよ?」
「……わ、わかった……!」
男は転がるようにして路地裏から逃げ去っていった。
残された俺たちの間に張り詰めた空気が流れる。
「これからどうするの?」
エルンの問いに、俺の迷いはなかった。
「決まってる。準備を整えて、その酒場へ向かうんだ」
俺は短剣を鞘に納め、市場の方角を睨みつけた。
「向こうが情報を集めているなら好都合だ。俺たちが直接乗り込んで、その正体を暴いてやろう」
ルナが小さく鳴き、同意するように俺の足元に寄り添う。
「ええ。これ以上、コソコソされるのは御免だわ」
覚悟は決まった。
ロルディアの市場の裏で渦巻く巨大な陰謀。その尻尾を掴むため、俺たちは自ら虎穴へと足を踏み入れることを決めた。
あなたにおすすめの小説
最弱スキルも9999個集まれば最強だよね(完結)
排他的経済水域
ファンタジー
12歳の誕生日
冒険者になる事が憧れのケインは、教会にて
スキル適性値とオリジナルスキルが告げられる
強いスキルを望むケインであったが、
スキル適性値はG
オリジナルスキルも『スキル重複』というよくわからない物
友人からも家族からも馬鹿にされ、
尚最強の冒険者になる事をあきらめないケイン
そんなある日、
『スキル重複』の本来の効果を知る事となる。
その効果とは、
同じスキルを2つ以上持つ事ができ、
同系統の効果のスキルは効果が重複するという
恐ろしい物であった。
このスキルをもって、ケインの下剋上は今始まる。
HOTランキング 1位!(2023年2月21日)
ファンタジー24hポイントランキング 3位!(2023年2月21日)
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す
紅月シン
ファンタジー
七歳の誕生日を迎えたその日に、レオン・ハーヴェイの全ては一変することになった。
才能限界0。
それが、その日レオンという少年に下されたその身の価値であった。
レベルが存在するその世界で、才能限界とはレベルの成長限界を意味する。
つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。
だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。
その結果として実家の公爵家を追放されたことも。
同日に前世の記憶を思い出したことも。
一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。
その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。
スキル。
そして、自らのスキルである限界突破。
やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。
※小説家になろう様にも投稿しています
異世界転生したおっさんが普通に生きる
カジキカジキ
ファンタジー
第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位
応援頂きありがとうございました!
異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界
主人公のゴウは異世界転生した元冒険者
引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。
知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?
侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】
のびすけ。
ファンタジー
気づけば侯爵家の三男として異世界に転生していた元プログラマー。
そこはどこか懐かしく、けれど想像以上に自由で――ちょっとだけ危険な世界。
幼い頃、命の危機をきっかけに前世の記憶が蘇り、
“とっておき”のチートで人生を再起動。
剣も魔法も、知識も商才も、全てを武器に少年は静かに準備を進めていく。
そして12歳。ついに彼は“新たなステージ”へと歩み出す。
これは、理想を形にするために動き出した少年の、
少し不思議で、ちょっとだけチートな異世界物語――その始まり。
【なろう掲載】
称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~
しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」
病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?!
女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。
そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!?
そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?!
しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。
異世界転生の王道を行く最強無双劇!!!
ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!!
小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!