50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく

かわさきはっく

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第二章 ロルディアの影

第52話 スレイン丘陵の攻防

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 スレイン丘陵——ロルディア王国西方に広がる風の強い丘陵地帯。かつては戦乱の最前線として多くの野営地が築かれ、今は地下に廃れた避難壕ひなんごうが点在する、地図にも載らぬ禁域。古の霊脈が絡まり合い、魔力残留の多いこの地をヴァルディスの手勢が実験拠点として選んだのも、当然の成り行きだった。

 俺たちは丘の南東部、低木に囲まれた林に潜み、時を待っていた。

「ルナ、気配は?」

「……くる。風、よどんでる。……霧も、においも」

 ルナが小さく震えながらそう言った瞬間、遠くで一陣の黒霧が立ち昇った。

 おとり役のセリスは北の高台にあえて拘束された姿で横たわっていた。手枷は偽物、しかし緊張は本物。かたわらの茂みにはヴェルナーと二人のギルド戦士——ガルド・ストレインとミリア・フェンリルが待機している。

 ガルドは無骨な全身鎧を纏った重装の盾戦士。無言で巨大なタワーシールドを構え、静かに気配を殺している。
 一方、ミリアは風の紋章を刻んだ細身の魔法剣を携え、軽装ながら獣のような鋭い集中力を放っていた。

「……来るわよ」

 ミリアが霧の流れを読むように小さくつぶやいた。

 すると、仮面の男が現れた。
 漆黒のローブ、無機質な銀の仮面、そして杖から垂れ下がる闇色の糸。彼の姿がセリスへと近づく。

「……優秀な標本だ。精霊との結びつきも……希少だ」

 男の手がセリスへと伸びかけた、その瞬間。

「今だッ!」

 ヴェルナーの号令が響く。
 
 セリスが拘束具を弾き飛ばして跳ね起き、仮面の男の喉元を狙って短剣で斬りかかる。
 だが男は身体をわずかにひねっただけでその刃を回避した。

「罠……か。人間は殺せ」

 その声と共に地面から影が立ち上がり、二体の影兵が出現した。人型のそれらは虚ろな瞳で剣を抜き、号令をかけたヴェルナーへ向かって突進していった。

「——来い、影もどき!」

 ガルドがヴェルナーの前に立ちはだかり、巨大な盾でその突進を受け止める。鈍い衝撃音が鎧に響く中、彼は一歩も引かない。

 もう一体の影兵がガルドの背後から襲いかかるが、そこへミリアの魔法剣が風を裂いて飛ぶ。

「切り裂け——斬風波ウィンドスラッシュ!」

 風の刃が影兵の腹部を真っ二つに切り裂くと、影兵は霧散するように消えていった。

 ヴェルナーはガルドが盾で受け止めた影兵に向かい、鋭く踏み込んで、光魔法が付与された剣で突く。

「ふんっ!」

 白く輝く剣が敵の胸を貫き、影兵は霧のように崩れ落ちた。

「完璧な連携だな……次は仮面の男だ!」

 ヴェルナーがそう叫ぶ頃、セリスは再び仮面の男に詰め寄っていた。

「逃がしませんよ……っ!」

 セリスは左右の手で短剣を交互に振るい、斬撃の雨を浴びせる。仮面の男はそれらを最小限の動きでかわし、反撃すらしない。ただ、淡々と様子を観察しているかのようだった。

「……やはり、ただのエルフではないか」

 男がそうつぶやいた瞬間、セリスが回避動作に移る。

「カイン殿、今です!」

 その声に反応し、俺は定めていた目標に素早く魔法を放つ。

「ウンディーヴァよ、蒼き閃光を放ち眼前の敵を撃て——蒼閃そうせん!」
 蒼い閃光の如く突き進む水の刃が、仮面の男めがけて発射される。しかしその瞬間——。

 仮面の男の姿が霧と共にふわりと溶け始める。

「逃がさない!」

 エルンが風の結界を詠唱しようとしたが、魔法が発動する前に仮面の男の姿は完全に霧へと還って消えた。

「……消えた……」

 俺は呆然と、残された仮面の破片を見つめた。

 セリスが息を整えながら戻ってくる。

「逃げられました。試していましたね……あの男、私たちの戦力を」

「ああ。あの余裕、完全にこっちの動きを見ていた……」

 ヴェルナーが静かに歩いてくる。

「仮面の男。ヴァルディスに近い立場の存在と見ていいだろうな」

 足元には霧が残した魔力の残滓ざんしが静かに漂っている。
 ガルドとミリアもそれを警戒するように剣を構えていたが、やがて納めた。

 おとり作戦は成功——だが、戦いはまだ序章だ。
 想像よりも手強い敵の出現に俺の心はざわついていた。
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