50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく

かわさきはっく

文字の大きさ
56 / 330
第二章 ロルディアの影

第56話 風なき静寂(しじま)

 ギルド裏手にある訓練場の奥——人目につかない屋外の一角で、セリスはいつになく真剣な顔で剣を構えていた。
 俺は少し離れた岩に腰を下ろし、彼女の背中を静かに見守っている。

「こうして改めて見ると、本当に戦士だよな。迷いがないというか……」

「迷っております、今まさに」

 セリスが口元を引き結びながらも、あわく返す。けれど、その視線は鋭いままだった。

「風というもの、私にはあまりに掴みどころがありません。ですが、カイン殿がおっしゃっていた真空の概念……あれには心がざわつくものがあります」

 そう、俺がセリスに提案したのは「空気を完全に遮断する空間=真空」を風魔法で生み出すことだった。
 目的は敵の詠唱の遮断。魔術師にとって声が出せない状況はすなわち無防備になることを意味する。

「そもそも、声ってどうやって届くか知ってるか?」

「……息と喉の震えでは?」

「それもあるけど、声は空気の振動なんだ。俺のいた世界では声は空気を揺らして、その波が相手の耳に届いて音になると認識されてる。だから、空気がなければ——声は伝わらない」

「……空気がなければ、音も言葉も、存在できない……」

「その通り。俺のいた世界では無音の空間という、空気のまったくない空間があってな。そこでは叫んでも音ひとつ響かない。……それを風魔法で作り出す。それが狙いだ」

 セリスは目を伏せて、剣の柄を見つめる。

「……もしそれが叶うのであれば、戦場での立ち回りに新たな可能性が生まれます」

「ただし、通常の詠唱では発動に時間がかかる。俺が考案した『音消ミュート』は優れた魔法だけど、実戦では先に敵の詠唱が始まってしまうこともある」

「……それは致命的ですね」

 俺は少し笑って言った。

「セリスの課題は『音消ミュート』を相手の詠唱よりも早く発動できるようにすること。そして、そのためには詠唱を簡略化する必要がある」

「詠唱を……簡略化、ですか?」

「カイランの知識によれば、詠唱の一部を動作で代用することは理論上可能だ」

「……動作で精霊に意志を伝えるのですね」

「そう。たとえば剣の切っ先で相手の口元を指し示す。その動作に『我が魔力を代償とする』という意思を込めておけば、毎回口に出さなくてもいい。その契約を精霊と交わせば、詠唱は短縮できる」

「なるほど……それであれば——」

 セリスは剣を抜き、ゆるりと構えた。

「音を断て——音消ミュートだけで、済むというわけですね」

「そう。それを目標に練習しよう」

 セリスは集中し、風の精霊シルフィードに意識を向け、空気の流れを感じ取る。

(風を導くのではなく、風を消す……)

 両足をしっかりと踏みしめ、両手を軽く広げる。
 呼吸を整え、魔力を静かに練る。
 流れを断ち切る。その中心に無を生み出すために。

「風の精霊シルフィードよ、我が魔力を代償とし音と息を断つ静寂の渦を生め——音消ミュート!」

 その瞬間、空気がわずかに震えた。セリスの正面、ほんの小さな空間が——まるで存在が消されたかのように沈黙したのだ。そこにあった木の葉が音もなく落ち、風さえ通らぬ異様な空間が生まれていた。

 俺は立ち上がり、セリスに近づいた。

「……今のは完璧じゃないにしても、確かに空気が止まってた。俺の声が君のところに届かなかったよ」

 セリスは額の汗を拭きながら、小さく微笑んだ。

「まだ思うようにはいきませんが……これを鍛えれば詠唱者の口元だけを封じることはできそうです」

「うん。そして、それができれば戦況を一変させる切り札になる」

「詠唱を止めるどころか、呼吸すら……奪えてしまう。恐ろしい力ですね」

「それでも、君なら……きっと正しく使える」

 セリスは剣を静かに収め、そして俺へと振り返った。

「ありがとうございます、賢者様。私などに、このような貴重な魔法を教えてくださって。……あなたが導き手と呼ばれる所以ゆえんを実感いたしました」

 それは心からの敬意をこめた、まっすぐな言葉だった。

 夜空の下、セリスは再び剣を抜いた。剣の先端にわずかな風の渦を宿しながら、口元に小さく魔力を集中させる。
 風を断ち、声を奪う魔法。それはただの補助魔法ではなく、闇の中で詠唱者の息を封じる沈黙の刃だった。
 戦士セリスの戦い方が、ここでひとつ進化を遂げた。
 俺の知る物理学の知識と、この世界の魔法との融合が成されていく――。
 新たに誕生した魔法が世界をざわつかせる日はそう遠くないだろう。
感想 0

あなたにおすすめの小説

最弱スキルも9999個集まれば最強だよね(完結)

排他的経済水域
ファンタジー
12歳の誕生日 冒険者になる事が憧れのケインは、教会にて スキル適性値とオリジナルスキルが告げられる 強いスキルを望むケインであったが、 スキル適性値はG オリジナルスキルも『スキル重複』というよくわからない物 友人からも家族からも馬鹿にされ、 尚最強の冒険者になる事をあきらめないケイン そんなある日、 『スキル重複』の本来の効果を知る事となる。 その効果とは、 同じスキルを2つ以上持つ事ができ、 同系統の効果のスキルは効果が重複するという 恐ろしい物であった。 このスキルをもって、ケインの下剋上は今始まる。      HOTランキング 1位!(2023年2月21日) ファンタジー24hポイントランキング 3位!(2023年2月21日)

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。

久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。 事故は、予想外に起こる。 そして、異世界転移? 転生も。 気がつけば、見たことのない森。 「おーい」 と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。 その時どう行動するのか。 また、その先は……。 初期は、サバイバル。 その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。 有名になって、王都へ。 日本人の常識で突き進む。 そんな感じで、進みます。 ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。 異世界側では、少し非常識かもしれない。 面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す

紅月シン
ファンタジー
 七歳の誕生日を迎えたその日に、レオン・ハーヴェイの全ては一変することになった。  才能限界0。  それが、その日レオンという少年に下されたその身の価値であった。  レベルが存在するその世界で、才能限界とはレベルの成長限界を意味する。  つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。  だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。  その結果として実家の公爵家を追放されたことも。  同日に前世の記憶を思い出したことも。  一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。  その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。  スキル。  そして、自らのスキルである限界突破。  やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。 ※小説家になろう様にも投稿しています

異世界転生したおっさんが普通に生きる

カジキカジキ
ファンタジー
 第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位 応援頂きありがとうございました!  異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界  主人公のゴウは異世界転生した元冒険者  引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。  知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?

侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】

のびすけ。
ファンタジー
気づけば侯爵家の三男として異世界に転生していた元プログラマー。 そこはどこか懐かしく、けれど想像以上に自由で――ちょっとだけ危険な世界。 幼い頃、命の危機をきっかけに前世の記憶が蘇り、 “とっておき”のチートで人生を再起動。 剣も魔法も、知識も商才も、全てを武器に少年は静かに準備を進めていく。 そして12歳。ついに彼は“新たなステージ”へと歩み出す。 これは、理想を形にするために動き出した少年の、 少し不思議で、ちょっとだけチートな異世界物語――その始まり。 【なろう掲載】

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~

しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」 病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?! 女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。 そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!? そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?! しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。 異世界転生の王道を行く最強無双劇!!! ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!! 小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!