57 / 330
第二章 ロルディアの影
第57話 ひとのすがた
エルンが演習場で光の矢を放ち、セリスが無音の空間を生み出す。
仲間たちが次々と新たな魔法を習得していく中、俺は木陰に腰を下ろし、湯を注いだ湯呑みを片手にぼんやりとその様子を見ていた。
その膝の上に、ふわりと軽い重みが乗る。
「……カイン、ねぇ」
ルナだった。相変わらずふさふさの尻尾を揺らしながら、俺の足に乗ってこちらを見上げてくる。
「なんだ?」
「ルナにも教えてよ。カインが教えてる、すごい魔法」
その声は拗ねたような響きで、けれど真剣でもあった。
「ルナが使う魔法って、感知とか未来視とか、すでにすごいと思うけど……なにか覚えたいのか?」
「うん。でも、それだけじゃ、たりない。エルンみたいに、びしーっ! ってやりたい」
その様子があまりに一生懸命で、俺は思わず笑いながら言った。
「そういえば、俺のいた世界ではな、キツネといえば人間に化けたり、幻を見せたりするって言い伝えがあったんだ」
「……ほんと?」
ルナの耳がぴくんと動いた。瞳がぱっと輝く。そして、声を潜めて、そっと言った。
「じゃあ……内緒ね、カインにだけ教える」
「ん?」
「ルナたちはね。大人になると、人の姿になれるの」
唐突な告白に俺は少し目を見開いた。
「えっ? ほんとに?」
「ほんと。でも、誰にも言っちゃだめなの。ルナたち、むかしから、人間にまぎれて生きるために、この力を使ってきた。冬に食べ物がなくなったときとか、人間に捕まりそうになったとき」
「……なるほど、そういう種族的な理由があるのか」
ルナはこくりとうなずくと、続けた。
「だから、ルナが変身したって知られたら困るの。でも……カインが教えてくれたから変身できたってことにしてくれたら、きっと大丈夫」
俺は小さく笑った。彼女なりに真剣で、なおかつ俺を頼ってくれているのが嬉しかった。
「いいよ。じゃあ、教えたってことにしよう。……でも、どんな姿になるんだ?」
すると、ルナがちょこんと座り直して俺を見つめる。
「ねえ、カイン。どんな姿がいい?」
「え?」
「カインの知ってる人間の女の子とか?」
「女の子か……。うーん……そうだな」
少し悩んでから、冗談めかして言ってみた。
「じゃあ、娘ができたみたいでいいかもな。小さくて元気な子だったら、旅がちょっと楽しくなりそうだ」
「わかった!」
ルナが跳ねるように言った次の瞬間——。眩しい光が彼女の身体を包み込んだ。
その光が収まったとき、そこには見慣れた小さなキツネではなく、淡い金色の髪と青の瞳を持った人間の少女が立っていた。月明かりを受けたその髪はどこかキツネの毛並みの面影を残して輝いていた。
年の頃は十歳ほど。肩にかかる髪はやわらかく、耳元には名残のように小さな獣耳がぴくりと揺れる。
「……できた!」
彼女はそう叫び、ぴょんと跳ねた。
「カイン、これで、もっといっしょに歩けるよ! 剣も使うし、魔法も練習する!」
その口調はこれまでのたどたどしい言葉遣いとは違い、滑らかで流暢だった。
俺が少し驚いていると、ルナは得意げに胸を張る。
「口がね、もう動かしやすいの。キツネのときは言葉、ぜんぶ難しかった。でも今は人間の形だから、ちゃんと話せるの」
「そっか。なるほど、構造的な問題か……」
俺は納得すると同時に少し感慨深さを覚えた。いつの間にか、ルナはこんなにも成長していたのだ。
「じゃあ、これからは人の姿でも一緒に旅をして、時々キツネにもどって休めばいいよ」
「うん! ルナ、これからは魔法使い! エルンたちと一緒に頑張る!」
変身後のルナは満面の笑みで拳を握って見せる。が、その姿をよく見て、俺はようやく重大なことに気がついた。
——服を着ていない。
「……あの、ルナ。ちょ、ちょっと待って! 今、完全に……その、素っ裸だぞ……!」
「え? うん。そうだよ?」
ルナはきょとんとした顔で自分の体を見下ろし、何が問題なのか分からないという様子で首をかしげた。
「毛、ないけど……普通じゃないの? キツネのときも、なにも着てなかったよ?」
「いや、まぁ、そうなんだけど……今は人の姿だろ!? こう、いろいろと常識的に……!」
「カインは変なこと気にするねぇ」
ルナはにっこりと笑い、ぴょんと一回転してみせる。
「これで、ぜんぜん平気。軽いし、動きやすいし」
「だめだ、やっぱり服を着せよう……!」
俺は顔を手で覆いながら、自分の外套を脱ぎ、ルナに渡した。
「これでいいから、せめて今は羽織ってくれ……頼む……」
「カイン、大変だねぇ」
ルナはくすくす笑いながら外套を羽織り、フードをかぶって得意げにポーズをとった。
「でもね、ルナのこと、もっと見てほしいの。ちゃんと仲間なんだって。一緒に戦えるんだって」
「ああ、もちろんさ。これからは魔法キツネのルナじゃなくて、人間の仲間ルナとしても、よろしく頼むよ」
俺は思わず笑いながら、ルナの頭に手を置いた。
「それにしても……エルンやセリスが見たら、絶対びっくりするぞ」
「ふふっ、ぜったい驚くね!」
ルナは楽しそうに笑って、金色の髪をふわりとなびかせた。
小さな魔法キツネが人として、仲間として、新たな一歩を踏み出した。
仲間たちが次々と新たな魔法を習得していく中、俺は木陰に腰を下ろし、湯を注いだ湯呑みを片手にぼんやりとその様子を見ていた。
その膝の上に、ふわりと軽い重みが乗る。
「……カイン、ねぇ」
ルナだった。相変わらずふさふさの尻尾を揺らしながら、俺の足に乗ってこちらを見上げてくる。
「なんだ?」
「ルナにも教えてよ。カインが教えてる、すごい魔法」
その声は拗ねたような響きで、けれど真剣でもあった。
「ルナが使う魔法って、感知とか未来視とか、すでにすごいと思うけど……なにか覚えたいのか?」
「うん。でも、それだけじゃ、たりない。エルンみたいに、びしーっ! ってやりたい」
その様子があまりに一生懸命で、俺は思わず笑いながら言った。
「そういえば、俺のいた世界ではな、キツネといえば人間に化けたり、幻を見せたりするって言い伝えがあったんだ」
「……ほんと?」
ルナの耳がぴくんと動いた。瞳がぱっと輝く。そして、声を潜めて、そっと言った。
「じゃあ……内緒ね、カインにだけ教える」
「ん?」
「ルナたちはね。大人になると、人の姿になれるの」
唐突な告白に俺は少し目を見開いた。
「えっ? ほんとに?」
「ほんと。でも、誰にも言っちゃだめなの。ルナたち、むかしから、人間にまぎれて生きるために、この力を使ってきた。冬に食べ物がなくなったときとか、人間に捕まりそうになったとき」
「……なるほど、そういう種族的な理由があるのか」
ルナはこくりとうなずくと、続けた。
「だから、ルナが変身したって知られたら困るの。でも……カインが教えてくれたから変身できたってことにしてくれたら、きっと大丈夫」
俺は小さく笑った。彼女なりに真剣で、なおかつ俺を頼ってくれているのが嬉しかった。
「いいよ。じゃあ、教えたってことにしよう。……でも、どんな姿になるんだ?」
すると、ルナがちょこんと座り直して俺を見つめる。
「ねえ、カイン。どんな姿がいい?」
「え?」
「カインの知ってる人間の女の子とか?」
「女の子か……。うーん……そうだな」
少し悩んでから、冗談めかして言ってみた。
「じゃあ、娘ができたみたいでいいかもな。小さくて元気な子だったら、旅がちょっと楽しくなりそうだ」
「わかった!」
ルナが跳ねるように言った次の瞬間——。眩しい光が彼女の身体を包み込んだ。
その光が収まったとき、そこには見慣れた小さなキツネではなく、淡い金色の髪と青の瞳を持った人間の少女が立っていた。月明かりを受けたその髪はどこかキツネの毛並みの面影を残して輝いていた。
年の頃は十歳ほど。肩にかかる髪はやわらかく、耳元には名残のように小さな獣耳がぴくりと揺れる。
「……できた!」
彼女はそう叫び、ぴょんと跳ねた。
「カイン、これで、もっといっしょに歩けるよ! 剣も使うし、魔法も練習する!」
その口調はこれまでのたどたどしい言葉遣いとは違い、滑らかで流暢だった。
俺が少し驚いていると、ルナは得意げに胸を張る。
「口がね、もう動かしやすいの。キツネのときは言葉、ぜんぶ難しかった。でも今は人間の形だから、ちゃんと話せるの」
「そっか。なるほど、構造的な問題か……」
俺は納得すると同時に少し感慨深さを覚えた。いつの間にか、ルナはこんなにも成長していたのだ。
「じゃあ、これからは人の姿でも一緒に旅をして、時々キツネにもどって休めばいいよ」
「うん! ルナ、これからは魔法使い! エルンたちと一緒に頑張る!」
変身後のルナは満面の笑みで拳を握って見せる。が、その姿をよく見て、俺はようやく重大なことに気がついた。
——服を着ていない。
「……あの、ルナ。ちょ、ちょっと待って! 今、完全に……その、素っ裸だぞ……!」
「え? うん。そうだよ?」
ルナはきょとんとした顔で自分の体を見下ろし、何が問題なのか分からないという様子で首をかしげた。
「毛、ないけど……普通じゃないの? キツネのときも、なにも着てなかったよ?」
「いや、まぁ、そうなんだけど……今は人の姿だろ!? こう、いろいろと常識的に……!」
「カインは変なこと気にするねぇ」
ルナはにっこりと笑い、ぴょんと一回転してみせる。
「これで、ぜんぜん平気。軽いし、動きやすいし」
「だめだ、やっぱり服を着せよう……!」
俺は顔を手で覆いながら、自分の外套を脱ぎ、ルナに渡した。
「これでいいから、せめて今は羽織ってくれ……頼む……」
「カイン、大変だねぇ」
ルナはくすくす笑いながら外套を羽織り、フードをかぶって得意げにポーズをとった。
「でもね、ルナのこと、もっと見てほしいの。ちゃんと仲間なんだって。一緒に戦えるんだって」
「ああ、もちろんさ。これからは魔法キツネのルナじゃなくて、人間の仲間ルナとしても、よろしく頼むよ」
俺は思わず笑いながら、ルナの頭に手を置いた。
「それにしても……エルンやセリスが見たら、絶対びっくりするぞ」
「ふふっ、ぜったい驚くね!」
ルナは楽しそうに笑って、金色の髪をふわりとなびかせた。
小さな魔法キツネが人として、仲間として、新たな一歩を踏み出した。
あなたにおすすめの小説
最弱スキルも9999個集まれば最強だよね(完結)
排他的経済水域
ファンタジー
12歳の誕生日
冒険者になる事が憧れのケインは、教会にて
スキル適性値とオリジナルスキルが告げられる
強いスキルを望むケインであったが、
スキル適性値はG
オリジナルスキルも『スキル重複』というよくわからない物
友人からも家族からも馬鹿にされ、
尚最強の冒険者になる事をあきらめないケイン
そんなある日、
『スキル重複』の本来の効果を知る事となる。
その効果とは、
同じスキルを2つ以上持つ事ができ、
同系統の効果のスキルは効果が重複するという
恐ろしい物であった。
このスキルをもって、ケインの下剋上は今始まる。
HOTランキング 1位!(2023年2月21日)
ファンタジー24hポイントランキング 3位!(2023年2月21日)
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す
紅月シン
ファンタジー
七歳の誕生日を迎えたその日に、レオン・ハーヴェイの全ては一変することになった。
才能限界0。
それが、その日レオンという少年に下されたその身の価値であった。
レベルが存在するその世界で、才能限界とはレベルの成長限界を意味する。
つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。
だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。
その結果として実家の公爵家を追放されたことも。
同日に前世の記憶を思い出したことも。
一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。
その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。
スキル。
そして、自らのスキルである限界突破。
やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。
※小説家になろう様にも投稿しています
異世界転生したおっさんが普通に生きる
カジキカジキ
ファンタジー
第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位
応援頂きありがとうございました!
異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界
主人公のゴウは異世界転生した元冒険者
引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。
知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?
侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】
のびすけ。
ファンタジー
気づけば侯爵家の三男として異世界に転生していた元プログラマー。
そこはどこか懐かしく、けれど想像以上に自由で――ちょっとだけ危険な世界。
幼い頃、命の危機をきっかけに前世の記憶が蘇り、
“とっておき”のチートで人生を再起動。
剣も魔法も、知識も商才も、全てを武器に少年は静かに準備を進めていく。
そして12歳。ついに彼は“新たなステージ”へと歩み出す。
これは、理想を形にするために動き出した少年の、
少し不思議で、ちょっとだけチートな異世界物語――その始まり。
【なろう掲載】
称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~
しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」
病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?!
女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。
そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!?
そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?!
しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。
異世界転生の王道を行く最強無双劇!!!
ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!!
小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!