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第四章 双冠の英雄
第87話 誰にも属さぬ道
ひとりになった後、俺は薄暗いギルドの廊下をしばらく歩いていた。
セリスが去ったあとの空気はどこか軽く、そして妙に寂しい。俺たちは仲間であり、同志だった。だが、同じ道を選ばなければならない理由はどこにもない。
——次は俺の番だ。
目的地をどこに定めるか。それはただの旅路の選択ではなく、生きる場所を選ぶということだった。
「フェルシアの里へ行こうと思う」
そう切り出した俺の言葉にエルンは驚いた表情を見せることなく、ただ静かにうなずいた。
「やっぱり……ですね」
俺は少しだけ首を傾げた。
「わかってたのか?」
「はい。今のあなたが守りたいものを探してるって、背中が語っていましたから」
エルンは柔らかく笑う。彼女のそういうところが俺には居心地がよかった。
「ルナも行く! あの里、空気おいしいし、お魚もいたし!」
隣でルナがぴょんと跳ねる。理由はともかく、付いてきてくれるのは素直に嬉しい。
ギルドのヴェルナーには出発の報告だけを済ませた。
俺の言葉にヴェルナーは一瞬だけ表情を崩したあと、ふっと小さく笑った。
「そうか。やはり、そこへ行くか」
「知っていたのか?」
「いや。だが、お前の選びそうな場所ではあると思っていた。自由でいて、孤立せず、知を敬う者が多い。あの里の空気は……今のお前たちに合っている」
そう言って、ヴェルナーは懐から一本の短い巻物を取り出しかけ、そして戻した。
「……いや、紹介など不要だろう。あのリゼリアなら、お前が行けばすべてを察する」
俺は軽く頭を下げた。
「いろいろ、ありがとう」
「礼などいいさ。ただ……忘れるな。どこにも属さぬというのは、時に誰にも守ってもらえないということでもある」
「……肝に銘じるよ」
俺たちは荷物をまとめ、グラムベルクを出た。春の風が背を押してくれるような気がした。
フェルシアの里は俺たちが追放されたときに受け入れてくれた場所だった。誰にも命じられず、ただ「困っている者」として迎えてくれた。あの温もりは今でもはっきりと覚えている。
道中、風は穏やかで、雲はゆるやかに流れていた。高原には淡い花が咲き始め、小川のせせらぎが春の目覚めを知らせている。空気は冷たいが澄んでいて、肺に入るたびに心が洗われるようだった。
ルナは鼻歌を歌いながら跳ねるように歩き、エルンは時折、森の方角に目を向けていた。
「セリス、無事だといいな」
俺がそう漏らすと、エルンは少しだけ表情を緩めた。
「きっと、大丈夫です。彼女は……強いから」
「そうだな。あいつなら自分の信じた道をちゃんと歩ける」
……だから俺も、俺の道を選ぼう。
俺は今まで、力を手に入れてきた。体術や洞察力、水の魔法、仲間の信頼。けれど、振り返ってみると、それらの力を誰のために使うのかをずっと曖昧にしていた気がする。
王都の貴族たちにとって、俺は便利な剣だったかもしれない。
ギルドの上層にとっても、対魔族戦力としての価値があっただろう。
でも、それだけではいけない。
守る力を手に入れても、守る場所がなければ意味がない。
名誉も、褒賞も、王の言葉さえも、誰かのために使えなければ虚しいだけだ。
俺が求めるのは——「力にふさわしい場所」じゃない。「力をふるいたいと思える居場所」だ。
やがて、木々の間から見覚えのある屋根がのぞいた。
小川のせせらぎ、石積みの歩道、開いた門の向こうに人影が動いている。
フェルシアの里が変わらぬ姿でそこにあった。
足を踏み入れた途端、懐かしい匂いが鼻先をくすぐる。湿った木と、暖かい土と、かすかに香るハーブ。穏やかな光景に胸が熱くなるのを感じた。
「……ただいま」
喉まで出かかった言葉を俺はぐっと飲み込んだ。
まだ、そう言うには早い。ここで何ができるかは、これからだ。
門を抜け、広場に足を踏み入れたとき、聞き覚えのある声が響いた。
「双冠の英雄様のお越しですわね」
振り向いた先にいたのはローブを翻しながら歩み寄るひとりの女性。
凛とした眼差し、迷いのない足取り。変わっていない。
エルンがすっと前へ出る。
「リゼリア……またよろしくね」
互いに目を合わせ、そして自然と微笑み合った。
親友としての再会——そして、この場所が再び物語の舞台となる。
セリスが去ったあとの空気はどこか軽く、そして妙に寂しい。俺たちは仲間であり、同志だった。だが、同じ道を選ばなければならない理由はどこにもない。
——次は俺の番だ。
目的地をどこに定めるか。それはただの旅路の選択ではなく、生きる場所を選ぶということだった。
「フェルシアの里へ行こうと思う」
そう切り出した俺の言葉にエルンは驚いた表情を見せることなく、ただ静かにうなずいた。
「やっぱり……ですね」
俺は少しだけ首を傾げた。
「わかってたのか?」
「はい。今のあなたが守りたいものを探してるって、背中が語っていましたから」
エルンは柔らかく笑う。彼女のそういうところが俺には居心地がよかった。
「ルナも行く! あの里、空気おいしいし、お魚もいたし!」
隣でルナがぴょんと跳ねる。理由はともかく、付いてきてくれるのは素直に嬉しい。
ギルドのヴェルナーには出発の報告だけを済ませた。
俺の言葉にヴェルナーは一瞬だけ表情を崩したあと、ふっと小さく笑った。
「そうか。やはり、そこへ行くか」
「知っていたのか?」
「いや。だが、お前の選びそうな場所ではあると思っていた。自由でいて、孤立せず、知を敬う者が多い。あの里の空気は……今のお前たちに合っている」
そう言って、ヴェルナーは懐から一本の短い巻物を取り出しかけ、そして戻した。
「……いや、紹介など不要だろう。あのリゼリアなら、お前が行けばすべてを察する」
俺は軽く頭を下げた。
「いろいろ、ありがとう」
「礼などいいさ。ただ……忘れるな。どこにも属さぬというのは、時に誰にも守ってもらえないということでもある」
「……肝に銘じるよ」
俺たちは荷物をまとめ、グラムベルクを出た。春の風が背を押してくれるような気がした。
フェルシアの里は俺たちが追放されたときに受け入れてくれた場所だった。誰にも命じられず、ただ「困っている者」として迎えてくれた。あの温もりは今でもはっきりと覚えている。
道中、風は穏やかで、雲はゆるやかに流れていた。高原には淡い花が咲き始め、小川のせせらぎが春の目覚めを知らせている。空気は冷たいが澄んでいて、肺に入るたびに心が洗われるようだった。
ルナは鼻歌を歌いながら跳ねるように歩き、エルンは時折、森の方角に目を向けていた。
「セリス、無事だといいな」
俺がそう漏らすと、エルンは少しだけ表情を緩めた。
「きっと、大丈夫です。彼女は……強いから」
「そうだな。あいつなら自分の信じた道をちゃんと歩ける」
……だから俺も、俺の道を選ぼう。
俺は今まで、力を手に入れてきた。体術や洞察力、水の魔法、仲間の信頼。けれど、振り返ってみると、それらの力を誰のために使うのかをずっと曖昧にしていた気がする。
王都の貴族たちにとって、俺は便利な剣だったかもしれない。
ギルドの上層にとっても、対魔族戦力としての価値があっただろう。
でも、それだけではいけない。
守る力を手に入れても、守る場所がなければ意味がない。
名誉も、褒賞も、王の言葉さえも、誰かのために使えなければ虚しいだけだ。
俺が求めるのは——「力にふさわしい場所」じゃない。「力をふるいたいと思える居場所」だ。
やがて、木々の間から見覚えのある屋根がのぞいた。
小川のせせらぎ、石積みの歩道、開いた門の向こうに人影が動いている。
フェルシアの里が変わらぬ姿でそこにあった。
足を踏み入れた途端、懐かしい匂いが鼻先をくすぐる。湿った木と、暖かい土と、かすかに香るハーブ。穏やかな光景に胸が熱くなるのを感じた。
「……ただいま」
喉まで出かかった言葉を俺はぐっと飲み込んだ。
まだ、そう言うには早い。ここで何ができるかは、これからだ。
門を抜け、広場に足を踏み入れたとき、聞き覚えのある声が響いた。
「双冠の英雄様のお越しですわね」
振り向いた先にいたのはローブを翻しながら歩み寄るひとりの女性。
凛とした眼差し、迷いのない足取り。変わっていない。
エルンがすっと前へ出る。
「リゼリア……またよろしくね」
互いに目を合わせ、そして自然と微笑み合った。
親友としての再会——そして、この場所が再び物語の舞台となる。
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