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第四章 双冠の英雄
第94話 眠りの檻
「白い服の人、また出たんだよ」
広場の片隅で、子どもたちが小声で騒いでいた。
焚き火の残り香の中、俺は耳を傾けながら木片を削っていた。
「ねえ、ルナちゃん。ボクたちが見たの、本当だよね?」
「……うん、たぶん。あのときも、木の影でスッて消えたの」
ルナは妙に静かな声でうなずいていた。いつものような元気がない。顔色も少し悪い。
俺は木片を置いて立ち上がり、彼女の隣に腰を下ろした。
「ルナ、どうした? なんか元気ないな」
「……ねむいの」
「寝不足か?」
「ううん……ちゃんと寝てる。でも、朝起きても、まだ眠い。頭がふわふわして……」
そう言って、ルナは自分の腕に顔をうずめた。普段の彼女なら、今の時間は走り回っているはずだ。
エルンも珍しく、朝からあくびを何度もしていた。「少し夢見が悪くて……」と言っていたが、どこか様子が変だった。
(……二人とも、少し疲れてるだけか? それとも――)
俺の胸にわずかな警戒が芽生え始めていた。
***
その夜。
俺たちはいつものように三人で夕食を囲んでいた。温かいスープの香りが部屋を満たし、ルナは一口食べたあと、眠そうに目をこすっていた。
「今日は早めに寝る?」
「……うん」
「エルンは?」
「……ええ。なんだか体が重くて、少し休みたい気分です」
俺はうなずき、二人をそれぞれの布団へと送り出した。
薪をくべ直し、家の灯りを落とす頃には静かな寝息が聞こえていた。
俺も寝ようかと床につきかけたとき、不意に背中に冷たい感覚が走った。
――違和感。
空間のひずみとも、気配の変化とも違う、説明し難い感触。
俺はそっと立ち上がり、ルナとエルンの部屋の様子を見に行った。
布団は整っている。二人とも穏やかな寝顔。……のはずだった。
***
朝。
朝日が差し込む頃になっても、二人は起きてこなかった。
「……エルン? ルナ?」
呼びかけても反応はない。体を軽く揺さぶっても、ぴくりともしない。息はしている。顔色も悪くない。熱もない。けれど、まるで魂だけが別の場所に行ってしまったかのように、二人とも眠り続けていた。
(なんだ……これは)
俺の胸が強く脈打つ。
俺は緊急でリゼリアを呼び、状況を説明した。彼女はすぐに応じ、二人を診たが――。
「……魔力の乱れも、外部からの侵入の痕跡も見当たりません」
「でも、意識が戻らない。目も開かない。……原因は?」
リゼリアはわずかに眉を寄せた。
「わかりません。これは……通常の眠りとも、精神的な昏睡とも違います」
俺は拳を握った。ただの過労でも、風邪でもない。何か見えない力が作用している。それだけは確かだった。
(こんな時……何をすればいい?)
俺の中で静かに声が響いた。
『焦るな、カイン』
カイラン――俺と一つになった『かつての賢者』の意識。戦場でも幾度となく支えてくれた、もう一人の自分とも言える存在。
(……頼む。わからないんだ。どうしたらいい?)
『少し考えてみるがいい。外的な痕跡がないのに意識だけが閉ざされる。眠りが支配されているとすれば可能性はひとつ』
「夢魔族……の眷属か!?」
『ああ。彼らは直接的な攻撃ではなく、精神の隙間に入り込む。対象が眠っているあいだに夢を媒介として心を絡め取り、抜け出せなくさせる』
「だから魔力干渉の痕跡が残っていなかったのか……」
『そうだ。精神内部からの侵食は外からの治療が効きにくい。だからこそ相性の良い魔法が必要になる』
「相性の良い……魔法?」
『光だ、カイン。夢魔族の眷属は闇と幻を操る。それに対抗するのは浄化と覚醒をもたらす光の魔法だ。お前はこれまで水魔法を中心に力を伸ばしてきたが、お前の魂の本質は水のような柔軟性だけでなく、闇を祓う光の資質も併せ持っている。だからこそ、私の身体もお前を選んだのかもしれん。光の精霊――ルミナの力を借り、お前自身の光を信じろ』
俺はぐっと拳を握った。
(よし、それなら――)
『待て』
カイランの声が静かに遮った。
『やみくもに光を放っても、効果があるとは限らない。精神干渉の深さ、夢の重さ、それらが術式の通り道を変えることもある』
「……じゃあ、どうする?」
『まずはあの二人の状態をもっと詳しく調べることだ。夢の深度、魂の引かれ方、魔力の変質、肉体との反応……すべてを確認してから光の魔法を展開しろ。相手が見えない以上、慎重に構えなければならん』
「……わかった」
俺は深く息を吐いた。焦るな、手段はある。だが、一手間違えば取り返しがつかない。
(光の魔法……俺に扱えるのか?)
『お前ならできる。私の記憶は残っている。詠唱も、術式も、精霊との交信も。お前が本気で光を望むならルミナも応えてくれるはずだ』
その声に心の奥がすっと静まった。大丈夫だ。俺は一人じゃない。
その日、俺は二人の枕元に座り、一晩中様子を見守った。
エルンの額に浮かぶかすかな汗。
ルナの唇が小さく震える寝息。
どちらも、何かを夢の中で見ている。けれど、目を覚ますことはない。
(絶対に連れ戻す)
その決意だけを胸に俺は夜明けを迎えた。
広場の片隅で、子どもたちが小声で騒いでいた。
焚き火の残り香の中、俺は耳を傾けながら木片を削っていた。
「ねえ、ルナちゃん。ボクたちが見たの、本当だよね?」
「……うん、たぶん。あのときも、木の影でスッて消えたの」
ルナは妙に静かな声でうなずいていた。いつものような元気がない。顔色も少し悪い。
俺は木片を置いて立ち上がり、彼女の隣に腰を下ろした。
「ルナ、どうした? なんか元気ないな」
「……ねむいの」
「寝不足か?」
「ううん……ちゃんと寝てる。でも、朝起きても、まだ眠い。頭がふわふわして……」
そう言って、ルナは自分の腕に顔をうずめた。普段の彼女なら、今の時間は走り回っているはずだ。
エルンも珍しく、朝からあくびを何度もしていた。「少し夢見が悪くて……」と言っていたが、どこか様子が変だった。
(……二人とも、少し疲れてるだけか? それとも――)
俺の胸にわずかな警戒が芽生え始めていた。
***
その夜。
俺たちはいつものように三人で夕食を囲んでいた。温かいスープの香りが部屋を満たし、ルナは一口食べたあと、眠そうに目をこすっていた。
「今日は早めに寝る?」
「……うん」
「エルンは?」
「……ええ。なんだか体が重くて、少し休みたい気分です」
俺はうなずき、二人をそれぞれの布団へと送り出した。
薪をくべ直し、家の灯りを落とす頃には静かな寝息が聞こえていた。
俺も寝ようかと床につきかけたとき、不意に背中に冷たい感覚が走った。
――違和感。
空間のひずみとも、気配の変化とも違う、説明し難い感触。
俺はそっと立ち上がり、ルナとエルンの部屋の様子を見に行った。
布団は整っている。二人とも穏やかな寝顔。……のはずだった。
***
朝。
朝日が差し込む頃になっても、二人は起きてこなかった。
「……エルン? ルナ?」
呼びかけても反応はない。体を軽く揺さぶっても、ぴくりともしない。息はしている。顔色も悪くない。熱もない。けれど、まるで魂だけが別の場所に行ってしまったかのように、二人とも眠り続けていた。
(なんだ……これは)
俺の胸が強く脈打つ。
俺は緊急でリゼリアを呼び、状況を説明した。彼女はすぐに応じ、二人を診たが――。
「……魔力の乱れも、外部からの侵入の痕跡も見当たりません」
「でも、意識が戻らない。目も開かない。……原因は?」
リゼリアはわずかに眉を寄せた。
「わかりません。これは……通常の眠りとも、精神的な昏睡とも違います」
俺は拳を握った。ただの過労でも、風邪でもない。何か見えない力が作用している。それだけは確かだった。
(こんな時……何をすればいい?)
俺の中で静かに声が響いた。
『焦るな、カイン』
カイラン――俺と一つになった『かつての賢者』の意識。戦場でも幾度となく支えてくれた、もう一人の自分とも言える存在。
(……頼む。わからないんだ。どうしたらいい?)
『少し考えてみるがいい。外的な痕跡がないのに意識だけが閉ざされる。眠りが支配されているとすれば可能性はひとつ』
「夢魔族……の眷属か!?」
『ああ。彼らは直接的な攻撃ではなく、精神の隙間に入り込む。対象が眠っているあいだに夢を媒介として心を絡め取り、抜け出せなくさせる』
「だから魔力干渉の痕跡が残っていなかったのか……」
『そうだ。精神内部からの侵食は外からの治療が効きにくい。だからこそ相性の良い魔法が必要になる』
「相性の良い……魔法?」
『光だ、カイン。夢魔族の眷属は闇と幻を操る。それに対抗するのは浄化と覚醒をもたらす光の魔法だ。お前はこれまで水魔法を中心に力を伸ばしてきたが、お前の魂の本質は水のような柔軟性だけでなく、闇を祓う光の資質も併せ持っている。だからこそ、私の身体もお前を選んだのかもしれん。光の精霊――ルミナの力を借り、お前自身の光を信じろ』
俺はぐっと拳を握った。
(よし、それなら――)
『待て』
カイランの声が静かに遮った。
『やみくもに光を放っても、効果があるとは限らない。精神干渉の深さ、夢の重さ、それらが術式の通り道を変えることもある』
「……じゃあ、どうする?」
『まずはあの二人の状態をもっと詳しく調べることだ。夢の深度、魂の引かれ方、魔力の変質、肉体との反応……すべてを確認してから光の魔法を展開しろ。相手が見えない以上、慎重に構えなければならん』
「……わかった」
俺は深く息を吐いた。焦るな、手段はある。だが、一手間違えば取り返しがつかない。
(光の魔法……俺に扱えるのか?)
『お前ならできる。私の記憶は残っている。詠唱も、術式も、精霊との交信も。お前が本気で光を望むならルミナも応えてくれるはずだ』
その声に心の奥がすっと静まった。大丈夫だ。俺は一人じゃない。
その日、俺は二人の枕元に座り、一晩中様子を見守った。
エルンの額に浮かぶかすかな汗。
ルナの唇が小さく震える寝息。
どちらも、何かを夢の中で見ている。けれど、目を覚ますことはない。
(絶対に連れ戻す)
その決意だけを胸に俺は夜明けを迎えた。
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