50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく

かわさきはっく

文字の大きさ
96 / 330
第四章 双冠の英雄

第96話 囚われの記憶

 ——真っ白な空間。音も、風も、匂いすらない。けれど、その奥底には確かに揺れているものがあった。

 エルンの夢は優しくて、苦しかった。
 そこにいるのはかつての彼女だった。ひたむきに魔法の術式を写し、詠唱を繰り返す。
 杖を握る手が震えていた。何度も何度も、失敗しては転び、傷つき、それでも立ち上がる。

「……私はあの方のようになりたいんです」

 その言葉はまるで呪いのように胸に突き刺さっていた。彼女が見つめていた背中。それは賢者カイラン。威厳と慈しみを併せ持つその姿にエルンは必死に手を伸ばしていた。届かないのがわかっていても、それでも憧れずにはいられなかった。

 だが——。

 その日、カイランは言った。

「私はある秘術を行使する。……しばらく深い眠りに落ちることになる」

「……そんな……!」

 エルンは叫んだ。涙が頬を伝うのも構わずに彼の前に立ちはだかった。

「あなたを超える魔導士になるって、それまでは導いてくれると言ったじゃないですか……! なのに、あなたがいなくなったら……私は……!」

「すまない。けれど、これは私が選んだ道だ」

 彼はそう言い、最後に静かに頭を撫でた。

「もし、新しい私が生まれたときは……そのかたわらにいてくれ」

『そうして、君は残された。なにも変えられずに』

 背後から声が響く。女の声だ。
 黒く長い髪。虚ろな瞳。あなたは……誰?

『努力も、忠誠も、想いも、すべては独りよがり。彼はそれを選ばなかった』

 夢の中でエルンの足元が崩れていく。
 あの日の雨が降る。孤独の雨が彼女の世界を飲み込んでいく。 

 ***

 一方、ルナの夢は暗くて、冷たかった。
 木の葉が散る音。獣の遠吠え。血のにじむ足。

「……みんな、どこいったの……?」

 ある日、ルナは仲間たちとはぐれた。負傷し、精霊との繋がりも失い、ひとり森に残された。
 夜が来ても、誰も迎えには来なかった。
 そして、今、目の前に立つ魔物は牙を剥き、咆哮を上げていた。

「やだ……やだやだやだ……!」

 叫ぶ声が森に吸い込まれていく。

『また一人になるのよ』

 今度はルナの背後に女が現れた。
 黒く長い髪。虚ろな瞳。宙に浮かんでいる様にも見える。

『誰も最後までかたわらには居ない。あなたがどれだけ笑っても、忘れたふりをしても、本当のあなたはひとりで泣いていたでしょう?』

「やだ……ルナは、ちゃんと……!」

『無理よ。あの男も、そのうち離れていく。あなたを選ばない』

 その瞬間、木々が裂け、影がルナを飲み込んだ。

 ***

 そして——現実へ。

 俺はルナとエルンの枕元に座り、二人の手を握っていた。魔力を流しているが彼女たちは目を覚まさない。その顔は先刻よりも、さらに苦悩の色が濃くなっている。

『……ゼノヴィア』

 俺の脳裏にカイランの言葉が漏れた。
 夢魔族ナイトメアと呼ばれる魔族の中でも名が通る、とびきり狡猾で執拗な存在。他者の精神を支配し、恐怖と幻覚を操るとカイランは記憶している。

『この気配——間違いないだろう。ゼノヴィアが二人の心に潜り込み、過去の傷を抉っている』

「ゼノヴィア……!」

 俺は立ち上がった。震える声で詠唱を始める。

「光の精霊ルミナよ。我が魔力を代償とし閉ざされた夢を貫け。闇を砕き意識に光をもたらせ——覚醒の閃光ルミナス・フレア!!」

 光がはしった。部屋の空気が振動する。

 けれど——

 光は二人の額に触れる前に消えた。水に吸われた火のように、何の抵抗もなく消え去った。

「……っ」

 魔力は確かに放った。術式も破綻はしていない。でも、届かなかった――。
 俺の光はふたりの夢の奥には届かなかった。

 あまりに深い眠り。あまりに濃い闇。それは俺が思っていた以上に、根の深いものだった。

 エルンの眉が微かに苦しげに歪んだ。
 ルナの目尻に一筋の涙が流れていた。

(……守れなかった)

 俺の足元から何かが崩れていく感覚。
 力が足りなかった。信じていた光はまだ届く強さになっていなかった。
 俺は膝をつき、唇を噛みしめる。

(くそっ……!)

 誰かを救いたいと願いながら届かない自分。
 この世界に来て、俺は新しい自分になれたはずだった。
 それでも俺は——。いま、二人を救うことができない。

 胸が焼けるように痛かった。
感想 0

あなたにおすすめの小説

最弱スキルも9999個集まれば最強だよね(完結)

排他的経済水域
ファンタジー
12歳の誕生日 冒険者になる事が憧れのケインは、教会にて スキル適性値とオリジナルスキルが告げられる 強いスキルを望むケインであったが、 スキル適性値はG オリジナルスキルも『スキル重複』というよくわからない物 友人からも家族からも馬鹿にされ、 尚最強の冒険者になる事をあきらめないケイン そんなある日、 『スキル重複』の本来の効果を知る事となる。 その効果とは、 同じスキルを2つ以上持つ事ができ、 同系統の効果のスキルは効果が重複するという 恐ろしい物であった。 このスキルをもって、ケインの下剋上は今始まる。      HOTランキング 1位!(2023年2月21日) ファンタジー24hポイントランキング 3位!(2023年2月21日)

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。

久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。 事故は、予想外に起こる。 そして、異世界転移? 転生も。 気がつけば、見たことのない森。 「おーい」 と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。 その時どう行動するのか。 また、その先は……。 初期は、サバイバル。 その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。 有名になって、王都へ。 日本人の常識で突き進む。 そんな感じで、進みます。 ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。 異世界側では、少し非常識かもしれない。 面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す

紅月シン
ファンタジー
 七歳の誕生日を迎えたその日に、レオン・ハーヴェイの全ては一変することになった。  才能限界0。  それが、その日レオンという少年に下されたその身の価値であった。  レベルが存在するその世界で、才能限界とはレベルの成長限界を意味する。  つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。  だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。  その結果として実家の公爵家を追放されたことも。  同日に前世の記憶を思い出したことも。  一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。  その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。  スキル。  そして、自らのスキルである限界突破。  やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。 ※小説家になろう様にも投稿しています

異世界転生したおっさんが普通に生きる

カジキカジキ
ファンタジー
 第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位 応援頂きありがとうございました!  異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界  主人公のゴウは異世界転生した元冒険者  引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。  知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?

侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】

のびすけ。
ファンタジー
気づけば侯爵家の三男として異世界に転生していた元プログラマー。 そこはどこか懐かしく、けれど想像以上に自由で――ちょっとだけ危険な世界。 幼い頃、命の危機をきっかけに前世の記憶が蘇り、 “とっておき”のチートで人生を再起動。 剣も魔法も、知識も商才も、全てを武器に少年は静かに準備を進めていく。 そして12歳。ついに彼は“新たなステージ”へと歩み出す。 これは、理想を形にするために動き出した少年の、 少し不思議で、ちょっとだけチートな異世界物語――その始まり。 【なろう掲載】

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~

しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」 病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?! 女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。 そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!? そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?! しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。 異世界転生の王道を行く最強無双劇!!! ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!! 小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!