50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく

かわさきはっく

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第四章 双冠の英雄

第98話 灯火は消えず

 夜が明けきる頃、ようやく魔力の流れが安定してきた。けれど、俺の心は、まだ波のように揺れていた。

 エルンもルナも、目を覚まさない。
 光魔法は届かなかった。……いや、届かなかったのは俺の想いのほうだ。

 魔力は充分だった。術式も正しかった。だが、カイランの記憶をなぞっただけの魔法じゃ、あの二人を引き戻すには足りなかった。

(俺は……誰の真似をしていたんだ)

 胸が焼けつくように痛い。

 家の中は静かだった。
 リゼリアは一時的に席を外していた。今は、俺と、エルンとルナの三人だけ。

 エルンの寝顔はいつもより少し苦しそうで、ルナの唇はかすかに何かをつぶやくように震えていた。

「……何を見てるんだ。お前たちは」

 問いは届かない。けれど、握った指先の温もりだけが、かろうじてここにいることを伝えていた。

『お前が見つけなければならないのは私の記憶にある術式ではない。祈りだ』

 カイランの声が胸の奥に響く。どこか怒っているようで、どこか哀しんでいるようでもあった。

『術式を写したところで本質は宿らない。お前自身が何を願って、何を照らそうとするのか……そこに力が宿る』

「……祈り、か」

 俺は立ち上がり、戸口を開け、澄んだ朝の空気を胸に吸い込んだ。
 朝焼けの光が、薄紅色に世界を染めていた。
 冷たい風が頬を撫でる。
 遠くで鳥が鳴いていた。
 心から、綺麗だと感じた朝だった。

(エルン……ルナ……)

 お前たちが俺のそばにいたからだ。戦いの中でも、逃げ場のない夜でも。
 何も持っていなかった俺に、初めて『居場所』をくれたのはお前たちだった。

(今度は俺が返す番だ)

 もう借り物じゃない。賢者の器としてでも、英雄としてでもない。俺は——カインとして、お前たちを救う。

 俺は床の上に手をかざして術式を組み直した。魔力の流れはいつもよりやわらかく、温かかった。

(詠唱も、言葉も、俺のものにする。これはカイランの魔法じゃない。——俺がふたりのためだけに紡ぐ魔法だ)

「光の精霊ルミナよ」

 小さく、しかしはっきりと声を発した。

「我が願いを代償とし闇の檻を切り裂け」

 胸に積もった想いを言葉に込めていく。

「今ここに届かぬ意識を目覚めの光で照らし出せ」

 指先に集まる光は静かで、迷いがなかった。

「どうか——あの二人を呼び戻してくれ」

 風が吹いた。光が震えた。けれど、まだ完成ではなかった。

(もう一息……言葉が足りない。俺の言葉を……もっと)

 そのとき、小さな気配を感じた。

「……ん……」

 微かな声。

「ルナ……?」

 ルナはまだ目を閉じたままだった。だが——その手が微かに動いていた。指が俺の袖を掴もうと、探るように伸びていた。

「……ルナ」

 俺の心に小さな火が灯った。
 この光は完全ではない。けれど——届いていないわけじゃない。届こうとしている。
 あと少し、ほんの少しだけ、強くなれたら——。

 俺は再び立ち上がり、空中に浮かんだ魔法陣の輪郭をなぞった。
 このままじゃ終わらせない。まだあきらめない。
 祈りは生きている。灯火はまだ消えていない。そして、きっと次こそは——!
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