50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく

かわさきはっく

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第四章 双冠の英雄

第99話 夢を裂く一閃

 あの夜から、いくつも夢を見た。けれど、それは俺のものじゃない。 

 ルナの夢の中では森の奥に彼女がいた。
 幼く、弱く、怯えたまま独りきりで。
 魔物の咆哮、木の軋み、血のにじむ足。
 誰の助けも届かない、絶望の中で小さく震えていた。

 エルンの夢の中ではあの背中を追いかけていた。
 誰よりも尊敬し、焦がれていた賢者カイランの後ろ姿。
 けれど、何度追いかけても、手は届かず、声も届かず。
 その背が遠ざかるたびに胸の中が冷たくなっていった。

『一人に戻るの、また』
『どうせ何も変えられないのよ』

 夢の奥で女の声が繰り返す。甘く、冷たく、まるで毒のように滑らかだった。

 ——ゼノヴィア。

 夢魔族ナイトメアの眷属。夢に巣食い意識を囚える魔族。
 エルンとルナは今まさに過去の痛みを突きつけられ、そこに引きずり込まれている。

 俺は彼女たちのそばに座っていた。手を握ることしかできない現実。でも、その指が昨日よりも少し強く俺を掴んでいる気がした。

(俺の声は届いている)

 そして今度こそ、俺の魔法も——届かせてみせる。

 光の魔法はもう、心の中にあった。カイランの記憶ではなく、俺自身が積み重ねた感情と言葉。何を願い、何を救いたいのか。今の俺にはもう迷いはなかった。

 手を掲げ、静かに詠唱を始める。

「光の精霊ルミナよ」

 窓から差し込む朝の光が掌に集まり始める。

「我が命を糧としても構わない。けれど——この願いだけは、どうか通じてくれ」

 術式の光輪が空中に浮かび上がり、音もなく回転を始めた。

「囚われし魂に目覚めの刻を。過去に囚われた心を今に繋ぎとめる光を——」

 風が吹いた。部屋の空気がわずかに震える。

「照らし出せ! ――覚醒の閃光ルミナス・フレア!」

 光が爆ぜた。その瞬間、俺の視界は真っ白に染まり、次の瞬間には——。
 俺は夢の中にいた。否、正確には彼女たちの夢の中に俺の意識が引き込まれていた。

 ***

 森の奥。
 草が腐り、霧が漂う風景。そこにルナがいた。地面に膝をつき、魔物の影に脅え、肩を抱えていた。

「……ルナ!」

 俺は叫んだ。だが彼女には聞こえていない。いや、声は届いている。けれど、彼女の中にある過去の記憶が現実の声を拒んでいる。

(くそ……)

 この世界には肉体も魔力も通用しない。けれど——。俺の想いだけはここに残せる。そう確信した俺は再び手を伸ばす。

「大丈夫だ、ルナ。お前はもう独りじゃない」

 すると霧の中に亀裂が走った。ルナが顔を上げ、ほんの一瞬だけ目が合った。
 そして、次の瞬間、視界が反転した。

 ***

 そこは石の階段。高い塔の回廊。見えたのは追いかけるようにして走っているエルンの姿。

「待って……待ってください……!」

 声は届かない。足がもつれる。けれど彼女は止まらなかった。それでも、カイランの背は遠ざかる。

『あなたは何も変えられなかった』

 ゼノヴィアのささやきが空間に満ちていく。

『見ているだけ。選ばれなかった者の末路よ』

 その言葉にエルンの動きが止まった。

 俺は彼女の背に向けて叫んだ。

「エルン。あのとき、お前は止まらなかった。だから今だって前に進めるはずだ!」

 彼女がゆっくりと振り返る。その瞳に俺が映った——気がした。
 再び光が走る。夢の世界が、まるで断ち切られるように揺らぎ始めた。

 ***

『……なるほど。光が差すか』

 ゼノヴィアの声が、まるで耳元でささやくように響いた。

『だが、ここで終わらせるつもりはない。これは遊びではなく、狩りよ』

 彼女の姿は見えなかった。だが、確かに夢の奥にいる。
 次に来るときはもっと深く、もっと暗い場所に沈めようと待ち構えている気配がした。

(……それでも行く)

 視界が反転し、意識が現実へと引き戻される。

 ***

 目を開けると俺は部屋の中にいた。手には微かな光の残滓。
 俺はすぐに二人の姿を確認する。ルナの指が動いた。エルンの睫毛がかすかに震えた。

 まだ完全ではない。でも——確かに届いた。

「次は……お前を倒す」

 俺は静かにそうつぶやいた。

 夢の奥で、ゼノヴィアの気配が、ほんの僅かにざわついた。
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