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第四章 双冠の英雄
第100話 願いよ、届いてくれ
ふたりの夢に手が届いたその夜、俺はほとんど眠れなかった。
ルナの指先はかすかに動き、エルンのまぶたも微かに震えていた。
けれど、それきりだった。目を開けることも、声を返すこともない。
あの光は確かに届いた。だが、ゼノヴィアの呪縛はまだ消えていない。夢の奥、心の最も深い場所——そこに囚われたままなんだ。
(もう一度。今度こそ)
あのふたりを引き戻す。
それは誓いでもあるし、願いでもある。あのふたりを今度こそ——絶対に呼び戻す。
夜の冷気が肌を刺すほどに鋭かった。
俺は部屋の窓際に立ち、星の見えない空を見上げていた。カーテンの隙間から射し込む冷たい空気の中、ふたりが囚われている夢の奥を想像していた。
俺はエルンとルナの眠る枕元に座り、そっと手を重ねる。
この場所で、この光を——必ず届ける。
——光の精霊、ルミナ。
俺が願う光にもう一度応えてくれ。
カイランの記憶や魔力を利用するんじゃない。俺はただ、今の俺として、ふたりを助けたいんだ。
思い出す。
エルンが、どれだけ真剣に俺を支えてくれたか。
ルナが、どれだけ俺のそばで笑ってくれたか。
かつての俺は誰にも頼らず、誰にも頼られないことを生き方だと思っていた。けれど、今は違う。
この手は誰かの手を握るためにある。この声は誰かを呼び戻すためにある。それをこの場所で教えてくれたのが——ふたりだった。
俺は目を閉じた。
魔法陣が足元に浮かび上がる。ゆっくりと静かに、でも力強く術式を紡いでいく。
「光の精霊ルミナよ」
空気が震える。指先に精霊の呼吸が宿る。
「我が魂を、我が願いを、代償としても構わない。けれど、この光だけはどうか否定しないでくれ」
魔法陣がひときわ大きく輝く。それは夜を断ち切るような白銀だった。
「恐れに囚われ、夢に閉ざされた魂よ——」
息を整える。すべての想いを最後の言葉に込める。
「どうか目覚めてくれ。覚醒の閃光!!」
光が走った。
それは静かで、けれどとてつもなく力強かった。大気を震わせ、世界を貫き、俺の魔力をすべて運んで夢の深奥へ届いていく。
手応えがあった。これはもう試みじゃない。——届く光だ!
***
意識が夢の中へと沈んでいく。
最初に見えたのはあの森だった。木々が黒くねじれ、地面が裂け、空は絶望に沈んでいた。そこに小さく膝を抱えていたのは——ルナだった。
血のにじんだ足、涙を浮かべた瞳。何も言わず、ただじっと闇の中に佇んでいた。
「ルナ!」
俺は叫んだ。声は夢の中に響いた。けれど彼女は振り向かない。
ゼノヴィアの呪いは記憶そのものを牢にしていた。だから俺は言葉を尽くす。
「大丈夫だ、ルナ。もう独りじゃない」
あの時は——誰も来なかったのだろうけれど。……今は違う。
「俺が来た。迎えに来た。だから、その手を伸ばしてくれ、ルナ! こっちを見てくれ!」
その瞬間、ルナの肩が震えた。顔を上げ、霧の中に俺を見つける。
彼女の瞳に光が差し始めた。そして——。
「カイン……」
その声は涙よりも温かかった。
***
石の回廊、響く足音、長い影。それはエルンの記憶。
カイランの背を追って走る夢の中。彼女は何度も足を止め、何度も立ち上がっていた。
『間に合わない』『選ばれなかった』『何も守れなかった』
ゼノヴィアの声が執拗に彼女を縛りつける。
「違う!」
俺は彼女の前に立つ。そして叫んだ。
「お前は立ち止まらなかった! 泣きながらでも諦めずに走ってた。お前のその足は誰よりも強い!」
光が彼女の足元から湧き上がる。
エルンは振り向いて俺を見る。その目に強さが戻っていた。
「……遅いわよ、カイン」
それは——確かにエルンだった。
***
光が弾け、世界が現実へと戻っていく。
目を開けると俺はまた部屋の中にいた。けれど、ふたりは——。
「ん……」
ルナが小さく目を開ける。
「……カ、イン……?」
エルンが涙を浮かべながら俺の名を呼んだ。
その声に俺は心から笑った。もう、言葉なんかいらなかった。
全身を襲う凄まじい疲労感の中、俺はただ、ふたりの手が温かいことだけを確かめていた。
ルナの指先はかすかに動き、エルンのまぶたも微かに震えていた。
けれど、それきりだった。目を開けることも、声を返すこともない。
あの光は確かに届いた。だが、ゼノヴィアの呪縛はまだ消えていない。夢の奥、心の最も深い場所——そこに囚われたままなんだ。
(もう一度。今度こそ)
あのふたりを引き戻す。
それは誓いでもあるし、願いでもある。あのふたりを今度こそ——絶対に呼び戻す。
夜の冷気が肌を刺すほどに鋭かった。
俺は部屋の窓際に立ち、星の見えない空を見上げていた。カーテンの隙間から射し込む冷たい空気の中、ふたりが囚われている夢の奥を想像していた。
俺はエルンとルナの眠る枕元に座り、そっと手を重ねる。
この場所で、この光を——必ず届ける。
——光の精霊、ルミナ。
俺が願う光にもう一度応えてくれ。
カイランの記憶や魔力を利用するんじゃない。俺はただ、今の俺として、ふたりを助けたいんだ。
思い出す。
エルンが、どれだけ真剣に俺を支えてくれたか。
ルナが、どれだけ俺のそばで笑ってくれたか。
かつての俺は誰にも頼らず、誰にも頼られないことを生き方だと思っていた。けれど、今は違う。
この手は誰かの手を握るためにある。この声は誰かを呼び戻すためにある。それをこの場所で教えてくれたのが——ふたりだった。
俺は目を閉じた。
魔法陣が足元に浮かび上がる。ゆっくりと静かに、でも力強く術式を紡いでいく。
「光の精霊ルミナよ」
空気が震える。指先に精霊の呼吸が宿る。
「我が魂を、我が願いを、代償としても構わない。けれど、この光だけはどうか否定しないでくれ」
魔法陣がひときわ大きく輝く。それは夜を断ち切るような白銀だった。
「恐れに囚われ、夢に閉ざされた魂よ——」
息を整える。すべての想いを最後の言葉に込める。
「どうか目覚めてくれ。覚醒の閃光!!」
光が走った。
それは静かで、けれどとてつもなく力強かった。大気を震わせ、世界を貫き、俺の魔力をすべて運んで夢の深奥へ届いていく。
手応えがあった。これはもう試みじゃない。——届く光だ!
***
意識が夢の中へと沈んでいく。
最初に見えたのはあの森だった。木々が黒くねじれ、地面が裂け、空は絶望に沈んでいた。そこに小さく膝を抱えていたのは——ルナだった。
血のにじんだ足、涙を浮かべた瞳。何も言わず、ただじっと闇の中に佇んでいた。
「ルナ!」
俺は叫んだ。声は夢の中に響いた。けれど彼女は振り向かない。
ゼノヴィアの呪いは記憶そのものを牢にしていた。だから俺は言葉を尽くす。
「大丈夫だ、ルナ。もう独りじゃない」
あの時は——誰も来なかったのだろうけれど。……今は違う。
「俺が来た。迎えに来た。だから、その手を伸ばしてくれ、ルナ! こっちを見てくれ!」
その瞬間、ルナの肩が震えた。顔を上げ、霧の中に俺を見つける。
彼女の瞳に光が差し始めた。そして——。
「カイン……」
その声は涙よりも温かかった。
***
石の回廊、響く足音、長い影。それはエルンの記憶。
カイランの背を追って走る夢の中。彼女は何度も足を止め、何度も立ち上がっていた。
『間に合わない』『選ばれなかった』『何も守れなかった』
ゼノヴィアの声が執拗に彼女を縛りつける。
「違う!」
俺は彼女の前に立つ。そして叫んだ。
「お前は立ち止まらなかった! 泣きながらでも諦めずに走ってた。お前のその足は誰よりも強い!」
光が彼女の足元から湧き上がる。
エルンは振り向いて俺を見る。その目に強さが戻っていた。
「……遅いわよ、カイン」
それは——確かにエルンだった。
***
光が弾け、世界が現実へと戻っていく。
目を開けると俺はまた部屋の中にいた。けれど、ふたりは——。
「ん……」
ルナが小さく目を開ける。
「……カ、イン……?」
エルンが涙を浮かべながら俺の名を呼んだ。
その声に俺は心から笑った。もう、言葉なんかいらなかった。
全身を襲う凄まじい疲労感の中、俺はただ、ふたりの手が温かいことだけを確かめていた。
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