50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく

かわさきはっく

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第四章 双冠の英雄

第105話 理を知る者

 フェルシアの里に漂う微かな魔力の不協和音。それは目に見えず、耳に聞こえず、しかし確かにそこに存在していた。精霊たちの声はか細くなり、風の流れは時折、不自然に淀む。

 俺たちはリゼリアの執務室に集まり、この不可解な現象について話し合っていた。

「やはり、この歪みは広がっているようです。今朝、里の境界結界の一部に一時的な魔力不全が確認されました」

 リゼリアの報告で俺たちの間に緊張が走る。

「ゼノヴィアの呪縛が解けても、根本的な原因は別にあるってことか……」

「ええ。そして、先日お話しした『旅の神官』が、今朝、この里に到着しました。あなた方にぜひ会いたいと」

 その言葉に俺は顔を上げた。ことわりの歪みを調査しているという謎の人物。何か手がかりを掴んでいるのかもしれない。

「……わかった。会ってみよう」

 リゼリアの案内に従い、俺たちは庁舎の応接室へと向かった。
 扉を開けると、そこにひとりの男が立っていた。窓から差し込む光を背にし、静かにこちらを見ている。

 神官服に身を包んだ穏やかな目元の男。年の頃は20代に見える。だが——俺はその顔に見覚えがありすぎた。

 時が止まった。

 呼吸も、思考も、何もかもが凍りつく。

 脳裏にいくつもの記憶が奔流ほんりゅうのように蘇る。学生時代のくだらない悪ふざけ。就職氷河期の苦労。酒を酌み交わしながら語り合った将来への不安。

 ありえない。いるはずがない。けれど、その顔は――。

「……まつ……お……?」

 俺の唇から、かすれた声が漏れた。日本語だった。この世界に来てから一度も口にしなかった懐かしい響き。

 男はふっと笑った。昔と何も変わらない、少し照れくさそうな、それでいて全てを見透かすような、あの笑みだった。

「よう、竹内。……いや、今はカインか。ようやく見つけたぞ」

 その声を聞いた瞬間、俺は足元が崩れるような感覚に襲われた。信じられないという思いと、どうしようもないほどの安堵が一気に胸に押し寄せる。

「カイン、この方は……?」

 エルンが困惑したように俺と男の顔を交互に見る。ルナもまた、状況が飲み込めず、俺のローブの裾を固く握りしめていた。

「俺の……前の世界での親友だ」

 ようやく絞り出した俺の言葉にエルンとルナは息を呑んだ。

 松尾和浩まつおかずひろ——この世界ではカズエルと名乗っているらしい彼は、落ち着いた様子で俺たちに一礼した。

「はじめまして。カズエルと申します。……この世界に来た経緯は、長くなるので、また改めて。ただ、竹内……カインを探して、ずっと旅をしてきました」

 彼はドワーフの都で聞いた「異世界の知識を語る英雄」の噂を頼りに俺の足跡を追ってきたのだと簡潔に説明した。

五十路いそじにもなって、二人して異世界転生とはな。昔、冗談で話した『今度は無双しようぜ』って約束、果たしに来たってわけだ」

「……お前、ほんとに……」

 言葉が続かない俺の横で、ルナがじっとカズエルの顔を見つめていた。

「うーん……見た目は若いけど、なんか中身は……カインと同じにおいがする」

「同じにおいって……なんだよ」

「理屈っぽい、ってこと!」

 ルナの屈託のない言葉に張り詰めていた空気がふっと和んだ。エルンも小さく微笑み、カズエルは苦笑しながら肩をすくめた。

「手厳しいな。……だが、その理屈っぽい話をしに来たんだ」

 カズエルはリゼリアの方を向き直り、真剣な表情で語り始めた。

「この里で起きている魔力の異常。それはこの世界のことわりそのものが歪み始めている兆候です。放置すれば、いずれ魔法という概念そのものが崩壊しかねない」

 彼の言葉にリゼリアの顔色が変わる。

「そして、カイン」

 カズエルが俺を見た。

「お前の魔力に奇妙な揺らぎを感じる。魂を削った痕跡だ。……また無茶をしたな。まったく」

 その指摘に俺は何も言い返せなかった。

「お前がどんな無茶をしたか、だいたい想像はつく。でも、その力の代償は大きすぎだ。……その術式、俺ならもう少し安全な形に書き換えられる」

 穏やかだが揺るぎない自信。俺の知る松尾はいつだってそうだった。

 再会はあまりにも突然だった。けれど、この出会いはただの偶然ではない。世界のざわめきが俺たちふたりをこの場所で再び引き合わせたのだ。

 俺は隣に立つ親友の姿を見つめた。
 これから始まるであろう新たな戦いと、そして希望を、確かに予感していた。
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