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第四章 双冠の英雄
第106話 この世界で生きていく
翌朝、俺とカズエルは家の前の縁側に並んで腰を下ろしていた。
澄んだ空気が肺を満たし、里の穏やかな営みの音が遠くに聞こえる。エルンとルナは気を利かせてくれたのか、リゼリアの手伝いに出かけている。
親友と二人きりになるのは、いつ以来だろうか。
「……それで、だ」
俺は口火を切った。
「一体、何があったんだよ。お前がどうしてここにいる?」
俺の問いにカズエルは持っていた湯飲みを静かに置き、遠くの森に視線を向けた。
「――お前が死んだって知ったのは、あの日の夜だった」
その声は驚くほど静かだった。
「スマホのニュースで見たんだ。『都内在住の50代男性、入浴中に脳卒中で死亡』って。名前を見て……最初は信じられなかった。竹内、まさかお前がってな」
「……そうか。俺の人生、そんなふうに終わったのか」
「ああ。誰にも看取られず、あっけなかったそうだ」
その言葉に俺は不思議と悲しみを覚えなかった。むしろ、誰かがその最後を知ってくれていたことに少しだけ救われた気がした。
「しばらく喪失感がひどくてな。何をする気も起きなかった。……それで、ふらっと出かけたんだ。昔、お前と一緒に行った、あの山奥の神社に」
「神隠しの噂があった、あの場所か」
「そうだ。何かに呼ばれたのかもしれない。鳥居をくぐった途端、濃い霧に包まれて……次に目が覚めたら見知らぬ遺跡の中に倒れてた。それが、この世界だった」
彼はまるで昨日の出来事を語るように続けた。
「幸いそこは『記録の神官』と呼ばれる存在の書庫でな。残された文献を読み解いて、この世界の言語や理式を独学で覚えた。俺のプログラマーとしての経験が理式の解読に役立ったらしい」
「待て、松尾」
俺は彼の言葉を遮った。
「その『理式』ってのは何だ? 昨日も言っていたが魔法とは違うのか?」
カズエルは「ああ、説明していなかったな」とうなずき、湯飲みを置いた。
「お前もIT業界にいたことあるから分かるだろ。世界には物理法則という、いわばOSのソースコードみたいなものがある。俺たちがいるこの世界も、そのコードで動いている」
「……まあ、理屈は分かる」
「一般的な魔法は精霊への『祈り』というアプリケーションを通じて、その法則に働きかける。だが、俺が学んだ理式魔術は違う。OSの根幹にある法則、つまり世界のソースコードそのものに直接アクセスして、現象を書き換えるんだ」
彼の説明に俺は息を呑んだ。それは俺がカイランの記憶から引き出して使っている精霊魔法とは根本的に思想が異なる力だった。
「だから、精霊の反応が鈍い場所でも、理さえ通っていれば術式は機能する。お前たちが感覚で魔法を扱うなら、俺は数式で魔法を解く。そういう違いだ」
「……お前らしいな。どこへ行っても、まずルールから読み解く」
「そういうことだ。それと、見ての通り若返った。転移した場所が時間の歪みが濃い場所だったせいだろう。お前が言っていた、この里と同じような特異点だ」
彼はそこで言葉を切り、いたずらっぽく笑った。
「で、しばらくは静かに理の研究をしてたんだが……ある時、とんでもない噂が耳に入ってきた」
「噂?」
「ああ。『双冠の英雄』と呼ばれるエルフが、ドワーフの都でヴァルグリム鉱を加工するのに異世界の知識を使った、ってな」
「……あ」
「ウォータージェットカッターなんて突飛な技術、俺らの世界の出身者だろうって。それで会ってみようと思ったんだ。そのエルフに」
俺は頭をかいた。自分の不用意な発言が、こんな奇跡的な再会に繋がるとは。
「覚えてるか、竹内。50を過ぎた頃、酒を飲みながら約束しただろ。『俺たちみたいな氷河期世代はもう人生終わったも同然だ。もし異世界に転生できたら、今度こそ二人で無双しようぜ』って」
「……ああ。覚えてるよ」
くだらない、けれど本気の約束。あの頃の俺たちにとって、それは唯一の夢だったのかもしれない。
「だから探しに来た。もしも、お前に会えたら約束を果たすつもりで」
俺はカズエルの顔を真っ直ぐに見つめ、そして笑った。
「……そうか。なら歓迎するぜ、相棒」
俺がそう言うと、カズエルもようやく昔と同じ人懐っこい笑顔を見せた。
「お前はこの世界で生きていくって、もう決めてるのか?」
彼の問いに俺は迷いなくうなずいた。
「ああ。もう決めてる。俺はここで生きていく。賢者でも英雄でもなく、カインとして。守りたい仲間がいる、この場所でな」
「そうか。……なら、俺もここで生きていく。理を修復する神官として。そして、お前の親友として」
風が吹き抜けた。それは春の訪れを告げる温かい風だった。
遠くでエルンとルナの笑い声が聞こえる。
俺たちはそれぞれの理由でこの世界に来た。けれど、向かう先は同じだ。この世界で大切な仲間たちと共に明日を築いていく。
その確かな想いを胸に、俺たちは新しい日常へと歩き出すのだった。
澄んだ空気が肺を満たし、里の穏やかな営みの音が遠くに聞こえる。エルンとルナは気を利かせてくれたのか、リゼリアの手伝いに出かけている。
親友と二人きりになるのは、いつ以来だろうか。
「……それで、だ」
俺は口火を切った。
「一体、何があったんだよ。お前がどうしてここにいる?」
俺の問いにカズエルは持っていた湯飲みを静かに置き、遠くの森に視線を向けた。
「――お前が死んだって知ったのは、あの日の夜だった」
その声は驚くほど静かだった。
「スマホのニュースで見たんだ。『都内在住の50代男性、入浴中に脳卒中で死亡』って。名前を見て……最初は信じられなかった。竹内、まさかお前がってな」
「……そうか。俺の人生、そんなふうに終わったのか」
「ああ。誰にも看取られず、あっけなかったそうだ」
その言葉に俺は不思議と悲しみを覚えなかった。むしろ、誰かがその最後を知ってくれていたことに少しだけ救われた気がした。
「しばらく喪失感がひどくてな。何をする気も起きなかった。……それで、ふらっと出かけたんだ。昔、お前と一緒に行った、あの山奥の神社に」
「神隠しの噂があった、あの場所か」
「そうだ。何かに呼ばれたのかもしれない。鳥居をくぐった途端、濃い霧に包まれて……次に目が覚めたら見知らぬ遺跡の中に倒れてた。それが、この世界だった」
彼はまるで昨日の出来事を語るように続けた。
「幸いそこは『記録の神官』と呼ばれる存在の書庫でな。残された文献を読み解いて、この世界の言語や理式を独学で覚えた。俺のプログラマーとしての経験が理式の解読に役立ったらしい」
「待て、松尾」
俺は彼の言葉を遮った。
「その『理式』ってのは何だ? 昨日も言っていたが魔法とは違うのか?」
カズエルは「ああ、説明していなかったな」とうなずき、湯飲みを置いた。
「お前もIT業界にいたことあるから分かるだろ。世界には物理法則という、いわばOSのソースコードみたいなものがある。俺たちがいるこの世界も、そのコードで動いている」
「……まあ、理屈は分かる」
「一般的な魔法は精霊への『祈り』というアプリケーションを通じて、その法則に働きかける。だが、俺が学んだ理式魔術は違う。OSの根幹にある法則、つまり世界のソースコードそのものに直接アクセスして、現象を書き換えるんだ」
彼の説明に俺は息を呑んだ。それは俺がカイランの記憶から引き出して使っている精霊魔法とは根本的に思想が異なる力だった。
「だから、精霊の反応が鈍い場所でも、理さえ通っていれば術式は機能する。お前たちが感覚で魔法を扱うなら、俺は数式で魔法を解く。そういう違いだ」
「……お前らしいな。どこへ行っても、まずルールから読み解く」
「そういうことだ。それと、見ての通り若返った。転移した場所が時間の歪みが濃い場所だったせいだろう。お前が言っていた、この里と同じような特異点だ」
彼はそこで言葉を切り、いたずらっぽく笑った。
「で、しばらくは静かに理の研究をしてたんだが……ある時、とんでもない噂が耳に入ってきた」
「噂?」
「ああ。『双冠の英雄』と呼ばれるエルフが、ドワーフの都でヴァルグリム鉱を加工するのに異世界の知識を使った、ってな」
「……あ」
「ウォータージェットカッターなんて突飛な技術、俺らの世界の出身者だろうって。それで会ってみようと思ったんだ。そのエルフに」
俺は頭をかいた。自分の不用意な発言が、こんな奇跡的な再会に繋がるとは。
「覚えてるか、竹内。50を過ぎた頃、酒を飲みながら約束しただろ。『俺たちみたいな氷河期世代はもう人生終わったも同然だ。もし異世界に転生できたら、今度こそ二人で無双しようぜ』って」
「……ああ。覚えてるよ」
くだらない、けれど本気の約束。あの頃の俺たちにとって、それは唯一の夢だったのかもしれない。
「だから探しに来た。もしも、お前に会えたら約束を果たすつもりで」
俺はカズエルの顔を真っ直ぐに見つめ、そして笑った。
「……そうか。なら歓迎するぜ、相棒」
俺がそう言うと、カズエルもようやく昔と同じ人懐っこい笑顔を見せた。
「お前はこの世界で生きていくって、もう決めてるのか?」
彼の問いに俺は迷いなくうなずいた。
「ああ。もう決めてる。俺はここで生きていく。賢者でも英雄でもなく、カインとして。守りたい仲間がいる、この場所でな」
「そうか。……なら、俺もここで生きていく。理を修復する神官として。そして、お前の親友として」
風が吹き抜けた。それは春の訪れを告げる温かい風だった。
遠くでエルンとルナの笑い声が聞こえる。
俺たちはそれぞれの理由でこの世界に来た。けれど、向かう先は同じだ。この世界で大切な仲間たちと共に明日を築いていく。
その確かな想いを胸に、俺たちは新しい日常へと歩き出すのだった。
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