50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく

かわさきはっく

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第五章 影理の司祭

第108話 英雄、騒がしき都にて

 ロルディア王都がざわついていた。
 会議場の回廊。貴族たちの足音とざわめきが、かつてない熱を帯びて響いている。

「異界の英雄を第二王子が迎え入れようとしているそうだ」
双冠そうかんの英雄……カインという名だったな」
「エルフを我らのまつりごとに加えるなど……!」

 まるで噂の渦に王国そのものが呑まれそうだった。
 そして、その中心に立ち塞がったのが第一王子アーレスト・ロルディア。

「……断じて認められん」

 彼は高らかに告げた。

ことわりを乱す存在を王族に近づけるとは——第二王子の行いは王家とこの国の秩序を侮辱するも同然だ!」

 その言葉に一部の貴族は拍手を送り、他の者たちは不安げな表情で沈黙した。

 一方、レオンハルト・ロルディアは静かに立ち上がり、兄の眼差しを真正面から受け止める。

「侮辱ではない。選択だ。兄上、あなたが見ようとしない世界の変化を私はこの目で見ている。カイン殿はドワーフ領を守り、王国のために尽力した。彼は——この時代に必要な男です」

 騒然とする議場。会議は決裂寸前となり、王都の空気は明確に揺れていた。

 ***

 その頃。
 俺はいつものようにフェルシアの里で水路整備をしていた。

「カイーン! そっち持ち上げてー!」

 ルナの声が元気よく響いた。水路の石が少しずれてたみたいだ。

「あいよ、っと……結構重いなこれ……」

「ほら、もっと右、右ー! まだズレてるってば」

 隣で軽口を叩いてるのはカズエル。この世界じゃ神官を名乗ってるが、俺にとっては昔からの親友・松尾だ。

「お前、手ぇ貸せよ。俺ばっかじゃ肩外れるって」

「お前、英雄だろ? これくらいのこと朝飯前なんじゃねえの?」

「俺にそんなタイトルくれたのは他人だ」

「じゃあ、英雄じゃなくていいんで、男らしさを見せてくれよ」

 軽口を叩きあう学生時代からのノリがなんとも心地よい。

 花壇ではエルンが風を操って土を整えていた。その所作は落ち着いていて、静かな精霊たちとの対話が感じ取れるほどだった。

 セリスは柵の木材を担ぎ、黙々と修繕を進めている。周囲に敵の気配がないか気を張っているようだった。

 ここフェルシアの里は穏やかだった。政治も戦も、遠い世界の出来事のようにさえ思える——けれど。

「……あれ?」

 ルナが小さな火球を出そうとしてた手を止めた。

「ん? なんか……火が、うまく立ち上がんないんだけど……?」

「……風の流れが乱れているわ。精霊たちの気配がとても静か……」

 エルンの声にも微かな違和感がにじんでいた。

 俺も試しに光を出そうとしてみた。詠唱は問題ないはず。けど——反応が遅い。

「これって、どういう事だと思う?」

 俺の問いにカズエルはすぐにうなずいた。

ことわりが……歪んでる。わずかに、でも確かに」

 カズエルいわく、ことわりとは、この世界の仕組み——精霊、魔術、命の巡りなど、すべての根底にあるものだという。それが正しくあるべき軸からずれている、というのだ。

「エルン、お前の魔法も?」

「ええ。風がまるで耳を塞がれたように動かないの。……妙だわ」

「火の精霊もだったよー」

 ルナが頬を膨らませながら手を振る。

「いつもなら『ぱっ!』って燃えるのに、さっきは『……ぽふ』って感じだったし!」

「それは擬音で説明していいやつなのか……?」

「雰囲気は伝わったでしょ?」と得意げに返されて、俺は苦笑した。

 だが問題はそこじゃない。

「なあ、カズエル。このまま放っておくとどうなる?」

 カズエルは少し考えてから答えた。

「まず術式が乱れる。そのうち魔法が暴走し、術者の制御が利かなくなる。魔力の枯渇や暴発、結界の崩壊……最悪の場合、世界そのものが正しさを失う」

「つまり……この世界のルールが壊れかけてるってことか」

「まだ局地的だ。でも、明らかに何かが干渉してる」

 風は吹いているのに音がしない。葉擦はずれも、せせらぎも、どこか遠くで響いているようだった。

 世界が静まりかえろうとしている——その足音が確かに近づいてきているのを俺は感じていた。
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