111 / 330
第五章 影理の司祭
第111話 理に囚われし谷
俺たちは、ようやく『それ』を振り切った。
魔力の濁った谷の底、突如として発生した魔力生命体。
霧が凝り固まったような塊で、姿かたちは曖昧だったが、意志のようなものを感じた。何かの精霊のようにも見えるいびつな『それ』は、こちらの動きを模倣しながら迫ってきていた。
エルンの風魔法は霧に吸収され、ルナの火球は弾かれて爆ぜた。俺が放った水魔法も、途中で歪められて別の方向に逸れてしまった。
唯一通じたのはセリスの剣だった。魔力に頼らず体技で振るわれた刃がその霧の核を裂いた。……いや、正確には、かろうじて押し返しただけだ。完全に倒したという感覚はなかった。
「はぁ~っ、なにあれ、魔物っていうやつなの!?」
ルナが岩陰に腰を下ろし、肩で息をしながら文句をぶちまけた。火の精霊とのつながりが今も途切れがちなのか、手のひらに炎を灯そうとしては、ふっと掻き消えている。
「あの魔力生命体……精霊魔法が発動しかけて行き場を失ったものかしら。地脈の魔力が不安定すぎるわ」
エルンが落ち着いた声で周囲を見渡しながらつぶやく。
森とは明らかに異質な空気。魔力の密度が異様に濃く、重く、肌にまとわりつく。
「意図的に造られたものじゃないにしても……これが偶然で済むなら、もはや理そのものが崩れ始めてるってことだな」
カズエルが結界の調整用術式を地面に描きながら言った。その顔には焦燥よりも、冷静な警戒心がにじんでいた。
谷の中ほどへ進むと空がぐにゃりと歪んで見えた。
雲が流れるように歪曲し、光の軌道すら曲がっているように思える。視界の端では何かが動いたような気配もした。
「ねぇ、今……誰かいたように見えなかった?」
ルナが立ち止まり、きょろきょろと辺りを見回す。
「白い服の人影が、すーって通り過ぎたような……見間違いかなぁ」
「わたしも感じたわ。風の流れがほんの一瞬だけ逆転したの。……普通じゃない」
エルンが風の精霊を探るように目を細める。だけど、そこには何もなかった。気配も残っていない。ただ、何か過去の残響のようなものが一瞬、空間に揺れとして刻まれただけだった。
「理の残響かもしれないな」
カズエルがつぶやく。
「空間が不安定な場所では過去の強い記憶が空間に染み付き、まるで再生されたように現れることがある。……あれはそういう現象かもしれない」
「えっ……なにそれ、なんか怖い……」
ルナが肩をすくめた。けど、誰も笑わなかった。この谷に満ちているのは魔力じゃない。理の疲労だ。
術式の乱れ。空間のゆがみ。魔力の逆流。今まで俺たちが頼りにしてきた世界のルールが、ここでは当たり前のように壊れていく。
そして、ついにそれが目に見えるかたちで現れ始めていた。
***
――谷の出口は近かった。
遠くに、かすかに丘のような影が見える。その先には地図にすら記されていない禁域——『ゼーレ』がある。
セリスが足を止め腰の剣に手をかけた。
「この感じ……また何かいます」
「魔力の濁りは弱まってるけど……魔力が勝手に揺れてる。自然じゃない。これも何かの……残響?」
カズエルが観測術式を展開する。しかし、その魔法陣はすぐに崩れた。反応が不安定すぎる。
「理が波打ってる。まるで……呼吸してるみたいに」
「呼吸……って、そんなこともあるの?」
「普通は、無い。でもこの谷は生きてる術式に近い。魔法の死骸が自己再生してるかのような……」
「それ、また出てくるってことじゃん!」
ルナの叫びを誰も否定できなかった。けれど、それでも——俺たちは前に進んだ。本当に理が壊れかけているなら直さなければならない。この旅はそのためのものだ。
俺は、俺たちは覚悟を持ってここまで来た。そしてこの先に理の中心がある。
俺たちは静寂に向かって、ひたすら歩き続けていた。
魔力の濁った谷の底、突如として発生した魔力生命体。
霧が凝り固まったような塊で、姿かたちは曖昧だったが、意志のようなものを感じた。何かの精霊のようにも見えるいびつな『それ』は、こちらの動きを模倣しながら迫ってきていた。
エルンの風魔法は霧に吸収され、ルナの火球は弾かれて爆ぜた。俺が放った水魔法も、途中で歪められて別の方向に逸れてしまった。
唯一通じたのはセリスの剣だった。魔力に頼らず体技で振るわれた刃がその霧の核を裂いた。……いや、正確には、かろうじて押し返しただけだ。完全に倒したという感覚はなかった。
「はぁ~っ、なにあれ、魔物っていうやつなの!?」
ルナが岩陰に腰を下ろし、肩で息をしながら文句をぶちまけた。火の精霊とのつながりが今も途切れがちなのか、手のひらに炎を灯そうとしては、ふっと掻き消えている。
「あの魔力生命体……精霊魔法が発動しかけて行き場を失ったものかしら。地脈の魔力が不安定すぎるわ」
エルンが落ち着いた声で周囲を見渡しながらつぶやく。
森とは明らかに異質な空気。魔力の密度が異様に濃く、重く、肌にまとわりつく。
「意図的に造られたものじゃないにしても……これが偶然で済むなら、もはや理そのものが崩れ始めてるってことだな」
カズエルが結界の調整用術式を地面に描きながら言った。その顔には焦燥よりも、冷静な警戒心がにじんでいた。
谷の中ほどへ進むと空がぐにゃりと歪んで見えた。
雲が流れるように歪曲し、光の軌道すら曲がっているように思える。視界の端では何かが動いたような気配もした。
「ねぇ、今……誰かいたように見えなかった?」
ルナが立ち止まり、きょろきょろと辺りを見回す。
「白い服の人影が、すーって通り過ぎたような……見間違いかなぁ」
「わたしも感じたわ。風の流れがほんの一瞬だけ逆転したの。……普通じゃない」
エルンが風の精霊を探るように目を細める。だけど、そこには何もなかった。気配も残っていない。ただ、何か過去の残響のようなものが一瞬、空間に揺れとして刻まれただけだった。
「理の残響かもしれないな」
カズエルがつぶやく。
「空間が不安定な場所では過去の強い記憶が空間に染み付き、まるで再生されたように現れることがある。……あれはそういう現象かもしれない」
「えっ……なにそれ、なんか怖い……」
ルナが肩をすくめた。けど、誰も笑わなかった。この谷に満ちているのは魔力じゃない。理の疲労だ。
術式の乱れ。空間のゆがみ。魔力の逆流。今まで俺たちが頼りにしてきた世界のルールが、ここでは当たり前のように壊れていく。
そして、ついにそれが目に見えるかたちで現れ始めていた。
***
――谷の出口は近かった。
遠くに、かすかに丘のような影が見える。その先には地図にすら記されていない禁域——『ゼーレ』がある。
セリスが足を止め腰の剣に手をかけた。
「この感じ……また何かいます」
「魔力の濁りは弱まってるけど……魔力が勝手に揺れてる。自然じゃない。これも何かの……残響?」
カズエルが観測術式を展開する。しかし、その魔法陣はすぐに崩れた。反応が不安定すぎる。
「理が波打ってる。まるで……呼吸してるみたいに」
「呼吸……って、そんなこともあるの?」
「普通は、無い。でもこの谷は生きてる術式に近い。魔法の死骸が自己再生してるかのような……」
「それ、また出てくるってことじゃん!」
ルナの叫びを誰も否定できなかった。けれど、それでも——俺たちは前に進んだ。本当に理が壊れかけているなら直さなければならない。この旅はそのためのものだ。
俺は、俺たちは覚悟を持ってここまで来た。そしてこの先に理の中心がある。
俺たちは静寂に向かって、ひたすら歩き続けていた。
あなたにおすすめの小説
最弱スキルも9999個集まれば最強だよね(完結)
排他的経済水域
ファンタジー
12歳の誕生日
冒険者になる事が憧れのケインは、教会にて
スキル適性値とオリジナルスキルが告げられる
強いスキルを望むケインであったが、
スキル適性値はG
オリジナルスキルも『スキル重複』というよくわからない物
友人からも家族からも馬鹿にされ、
尚最強の冒険者になる事をあきらめないケイン
そんなある日、
『スキル重複』の本来の効果を知る事となる。
その効果とは、
同じスキルを2つ以上持つ事ができ、
同系統の効果のスキルは効果が重複するという
恐ろしい物であった。
このスキルをもって、ケインの下剋上は今始まる。
HOTランキング 1位!(2023年2月21日)
ファンタジー24hポイントランキング 3位!(2023年2月21日)
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す
紅月シン
ファンタジー
七歳の誕生日を迎えたその日に、レオン・ハーヴェイの全ては一変することになった。
才能限界0。
それが、その日レオンという少年に下されたその身の価値であった。
レベルが存在するその世界で、才能限界とはレベルの成長限界を意味する。
つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。
だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。
その結果として実家の公爵家を追放されたことも。
同日に前世の記憶を思い出したことも。
一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。
その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。
スキル。
そして、自らのスキルである限界突破。
やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。
※小説家になろう様にも投稿しています
異世界転生したおっさんが普通に生きる
カジキカジキ
ファンタジー
第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位
応援頂きありがとうございました!
異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界
主人公のゴウは異世界転生した元冒険者
引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。
知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?
侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】
のびすけ。
ファンタジー
気づけば侯爵家の三男として異世界に転生していた元プログラマー。
そこはどこか懐かしく、けれど想像以上に自由で――ちょっとだけ危険な世界。
幼い頃、命の危機をきっかけに前世の記憶が蘇り、
“とっておき”のチートで人生を再起動。
剣も魔法も、知識も商才も、全てを武器に少年は静かに準備を進めていく。
そして12歳。ついに彼は“新たなステージ”へと歩み出す。
これは、理想を形にするために動き出した少年の、
少し不思議で、ちょっとだけチートな異世界物語――その始まり。
【なろう掲載】
称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~
しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」
病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?!
女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。
そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!?
そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?!
しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。
異世界転生の王道を行く最強無双劇!!!
ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!!
小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!