114 / 330
第五章 影理の司祭
第114話 沈黙に呑まれる戦場
仮面の男は静かに一歩、前に出た。
黒曜石の静理盤の前で、その存在は異様なほど静かだった。空間そのものが彼を中心に沈み込んでいるかのようだった。
「——シャルガだ。シャルガ・レヴァノーク」
男は名乗った。仮面越しの声は淡々としていて抑揚がない。それなのに妙に耳にこびりついた。
「この世界は光と音に満ちすぎている」
シャルガは誰に問いかけるでもなく、ただ宣言するように言葉を続けた。
「静寂こそが理の在るべき姿だ。余計な波動も、無意味な響きも、すべて排除されるべきだ」
その瞬間だった。
——静理盤が動き始めた。
ぎぃぃぃ……と、耳を刺すようなかすかな軋み。
それを合図に空間が——変質した。いや、変わったというよりも書き換えられた——そんな感覚だった。
大地がゆっくりと滑らかに波打ち、空は色彩を失い、すべての輪郭が一瞬ぼやけた。重力の向きが揺らぎ、呼吸にすら微かな違和感がある。俺たちの立つ場所が、もはや現実と呼べるかもわからない。
静理盤が静かに回転していた。それに合わせて、空間の構造そのものが変貌していく。
「これは……完全に理式による戦場改変だ……!」
カズエルが低くつぶやいた。
指先を震わせながら空間を見回すその顔に、焦りとも戦慄ともつかない感情が浮かんでいた。
「どういうことだ?」
俺が尋ねるとカズエルは一歩下がり、両手で空中に術式を走らせながら言う。
「この術式の骨格……俺の理式とほとんど同じだ。書式、演算のフレーム、空間制御の初期値……まるで同じ理論体系を使ってるみたいだ」
「……お前の関係者の仕業ってことか?」
「いや……違う。もっと根本的な部分で俺たちの世界の知と接触してる」
カズエルの言葉に俺の背筋がぞくりとした。まさか、シャルガは——この世界の住人ではないのか?
「魔法が使えないなら、武器でいきます!」
剣を抜いたのはセリスだった。彼女は一歩踏み込み、風を切るような勢いでシャルガへ駆け寄る。
その気配に呼応するように、エルンも、ルナも短剣を抜く。
「魔法が暴発する以上、斬るしかないわ!」
「うっわ、やけくそ突撃じゃん! でもやるよっ!」
仲間たちが一斉に近接戦へと踏み出した。
俺も短剣を握る。俺たちは今、精霊の力もろくに使えない。けれど、だからこそ——この手で抗うしかない。
刹那、シャルガは静かに手をかざした。そして、語った。
「ヴェルナス」
その一言で俺たちは世界を喪った。視界が暗く、音が遠のき、指先の感触さえ消えていく。
「んっ……!」
ルナが声にならない声を漏らし、その場に膝をついた。
エルンも剣を構えたまま動きを止める。
セリスさえも、地に手をつき、意識が曇っていく。
シャルガは確信していたのだろう。——これで全員を封じたと。そして、彼は新たな理式を描き始めた。その動きは緩やかで美しかった。まるで世界を再定義するための詩を空間に書きつけているようだった。
このままでは終わる。直感的にそう理解した瞬間、俺の頭の中にあの声が響いた。
『ヴェルナスとやらは対処した——が、次にくるのは致命的な術だろう』
「カイラン……!?」
『理屈で対抗しようとするな。 純粋な意志と魔力の奔流で、相手の理屈そのものを力ずくで破壊しろ!』
いつもの冷静な口調ではなかった。それだけやばい状況なのだろう。
「やってみるさ、俺にできる限りのことを!」
俺は短剣に魔力を集中させた。自分の中の力を練り上げ、詠唱もせず、意志だけで刃に乗せる。
——これは精霊への祈りじゃない。阻止だ。壊すための意思だ!
シャルガの周囲に展開された数式じみた理式の文字列へと俺は跳び込んだ。
そして、その中心めがけ、ありったけの力を込めて刃を振り下ろす――。
黒曜石の静理盤の前で、その存在は異様なほど静かだった。空間そのものが彼を中心に沈み込んでいるかのようだった。
「——シャルガだ。シャルガ・レヴァノーク」
男は名乗った。仮面越しの声は淡々としていて抑揚がない。それなのに妙に耳にこびりついた。
「この世界は光と音に満ちすぎている」
シャルガは誰に問いかけるでもなく、ただ宣言するように言葉を続けた。
「静寂こそが理の在るべき姿だ。余計な波動も、無意味な響きも、すべて排除されるべきだ」
その瞬間だった。
——静理盤が動き始めた。
ぎぃぃぃ……と、耳を刺すようなかすかな軋み。
それを合図に空間が——変質した。いや、変わったというよりも書き換えられた——そんな感覚だった。
大地がゆっくりと滑らかに波打ち、空は色彩を失い、すべての輪郭が一瞬ぼやけた。重力の向きが揺らぎ、呼吸にすら微かな違和感がある。俺たちの立つ場所が、もはや現実と呼べるかもわからない。
静理盤が静かに回転していた。それに合わせて、空間の構造そのものが変貌していく。
「これは……完全に理式による戦場改変だ……!」
カズエルが低くつぶやいた。
指先を震わせながら空間を見回すその顔に、焦りとも戦慄ともつかない感情が浮かんでいた。
「どういうことだ?」
俺が尋ねるとカズエルは一歩下がり、両手で空中に術式を走らせながら言う。
「この術式の骨格……俺の理式とほとんど同じだ。書式、演算のフレーム、空間制御の初期値……まるで同じ理論体系を使ってるみたいだ」
「……お前の関係者の仕業ってことか?」
「いや……違う。もっと根本的な部分で俺たちの世界の知と接触してる」
カズエルの言葉に俺の背筋がぞくりとした。まさか、シャルガは——この世界の住人ではないのか?
「魔法が使えないなら、武器でいきます!」
剣を抜いたのはセリスだった。彼女は一歩踏み込み、風を切るような勢いでシャルガへ駆け寄る。
その気配に呼応するように、エルンも、ルナも短剣を抜く。
「魔法が暴発する以上、斬るしかないわ!」
「うっわ、やけくそ突撃じゃん! でもやるよっ!」
仲間たちが一斉に近接戦へと踏み出した。
俺も短剣を握る。俺たちは今、精霊の力もろくに使えない。けれど、だからこそ——この手で抗うしかない。
刹那、シャルガは静かに手をかざした。そして、語った。
「ヴェルナス」
その一言で俺たちは世界を喪った。視界が暗く、音が遠のき、指先の感触さえ消えていく。
「んっ……!」
ルナが声にならない声を漏らし、その場に膝をついた。
エルンも剣を構えたまま動きを止める。
セリスさえも、地に手をつき、意識が曇っていく。
シャルガは確信していたのだろう。——これで全員を封じたと。そして、彼は新たな理式を描き始めた。その動きは緩やかで美しかった。まるで世界を再定義するための詩を空間に書きつけているようだった。
このままでは終わる。直感的にそう理解した瞬間、俺の頭の中にあの声が響いた。
『ヴェルナスとやらは対処した——が、次にくるのは致命的な術だろう』
「カイラン……!?」
『理屈で対抗しようとするな。 純粋な意志と魔力の奔流で、相手の理屈そのものを力ずくで破壊しろ!』
いつもの冷静な口調ではなかった。それだけやばい状況なのだろう。
「やってみるさ、俺にできる限りのことを!」
俺は短剣に魔力を集中させた。自分の中の力を練り上げ、詠唱もせず、意志だけで刃に乗せる。
——これは精霊への祈りじゃない。阻止だ。壊すための意思だ!
シャルガの周囲に展開された数式じみた理式の文字列へと俺は跳び込んだ。
そして、その中心めがけ、ありったけの力を込めて刃を振り下ろす――。
あなたにおすすめの小説
最弱スキルも9999個集まれば最強だよね(完結)
排他的経済水域
ファンタジー
12歳の誕生日
冒険者になる事が憧れのケインは、教会にて
スキル適性値とオリジナルスキルが告げられる
強いスキルを望むケインであったが、
スキル適性値はG
オリジナルスキルも『スキル重複』というよくわからない物
友人からも家族からも馬鹿にされ、
尚最強の冒険者になる事をあきらめないケイン
そんなある日、
『スキル重複』の本来の効果を知る事となる。
その効果とは、
同じスキルを2つ以上持つ事ができ、
同系統の効果のスキルは効果が重複するという
恐ろしい物であった。
このスキルをもって、ケインの下剋上は今始まる。
HOTランキング 1位!(2023年2月21日)
ファンタジー24hポイントランキング 3位!(2023年2月21日)
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す
紅月シン
ファンタジー
七歳の誕生日を迎えたその日に、レオン・ハーヴェイの全ては一変することになった。
才能限界0。
それが、その日レオンという少年に下されたその身の価値であった。
レベルが存在するその世界で、才能限界とはレベルの成長限界を意味する。
つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。
だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。
その結果として実家の公爵家を追放されたことも。
同日に前世の記憶を思い出したことも。
一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。
その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。
スキル。
そして、自らのスキルである限界突破。
やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。
※小説家になろう様にも投稿しています
異世界転生したおっさんが普通に生きる
カジキカジキ
ファンタジー
第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位
応援頂きありがとうございました!
異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界
主人公のゴウは異世界転生した元冒険者
引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。
知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?
侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】
のびすけ。
ファンタジー
気づけば侯爵家の三男として異世界に転生していた元プログラマー。
そこはどこか懐かしく、けれど想像以上に自由で――ちょっとだけ危険な世界。
幼い頃、命の危機をきっかけに前世の記憶が蘇り、
“とっておき”のチートで人生を再起動。
剣も魔法も、知識も商才も、全てを武器に少年は静かに準備を進めていく。
そして12歳。ついに彼は“新たなステージ”へと歩み出す。
これは、理想を形にするために動き出した少年の、
少し不思議で、ちょっとだけチートな異世界物語――その始まり。
【なろう掲載】
称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~
しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」
病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?!
女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。
そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!?
そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?!
しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。
異世界転生の王道を行く最強無双劇!!!
ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!!
小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!