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第六章 ロルディアの動乱
第126話 揺れる戦場、進む裂け目
その夜、俺たちはレストリア砦の一角にある客間に通されていた。
石造りの壁は冷たく、無骨なベッドには粗末な毛布が一枚。だが、それでも戦場においては十分すぎる待遇だった。
「カイン……怒ってるの?」
ルナが隣の椅子に腰をかけ、俺の顔を覗き込む。焚き火の明かりが彼女の金の瞳を揺らしていた。
「いや、怒ってはいないさ。ただ、思ったよりも俺の意見が通らなかったなと思ってるだけだ」
「彼らの立場からすれば当然よ」
エルンが部屋の片隅で壁に寄りかかりながら言う。
「軍は今、非常に危うい均衡の上に立っている。そこから柱の一つが抜けると分かっていて、容易に許可を出せるわけがないわ」
「分かってる……けど、もどかしいな」
俺は拳をぎゅっと握った。ネフィラの脅威は間違いなく実在する。それを伝えられる手段が、今の俺には乏しすぎた。
翌朝。
砦内の通路を進むと副将の使いが俺を呼びに来ていた。
「王子殿下が直接、お話をされたいとのことです」
「……了解した」
案内に従い、向かったのは中央塔の上層階にある謁見の間。
そこには鎧を脱いだ第二王子レオンハルト・ロルディアが簡素な執務机の前に立っていた。
以前よりも幾分やつれた顔立ち。戦況が彼にも過酷な負荷をかけているのが見てとれた。
「カイン、よく来てくれた。君に直接伝えておきたいことがあった」
そう言って、レオンハルトは手で椅子を勧める。
「失礼します」
腰を下ろすと、王子はゆっくりと語り始めた。
「君がこの戦場に加わってくれたこと、心から感謝している。だが、私にはひとつ謝らねばならないことがある」
「……謝る?」
「ああ。君にはこれまで、第一王子――兄アーレストとヴィンドールが進めていた排他政策の影響が直接及んでいた。それを放置していたこと、結果的に君に重荷を背負わせたこと、申し訳なく思っている」
その声には建前ではない本心がにじんでいた。
「……気にしていませんよ。むしろ殿下がこうして手を差し伸べてくれたことに俺は救われました」
俺は正直な気持ちを言った。レオンハルトはうなずくと、少し顔を曇らせた。
「君が提案したネフィラ・ヴァレリオの件だが……やはり、私としてもすぐに許可を出すわけにはいかない。だが、その懸念は理解できるし、私は軍の者たちが理解していない事実をもっと多く共有するべきだと思っている」
「ありがとうございます」
たとえ即答で許されなくとも、王子が話を聞こうとしているだけで、大きな一歩だった。
「それから、君には伝えておきたい。私が父――先王の死後、どのようにこの軍を立ち上げたかを」
「……はい。ぜひ、聞かせてください」
レオンハルトは軽くうなずくと、窓の外に視線を向けた。
「父が亡くなった時、王都は完全にアーレストの手中に落ちた。兄はすぐに議会と貴族たちを抑え、王位継承を既成事実化しようと動いた。だが、そのやり方に疑問を抱く者も多く、私は密かに仲間を募って王都を離れた。各地の有力騎士団やドワーフの代表者と連絡を取り、反乱ではなく対抗勢力として立ち上がったんだ」
「それが、この陣営なのですね……」
「ああ。そして、この砦を中心に戦線を維持しているが……正直なところ、持久戦では厳しい。だからこそ、君のような力のある者が必要なのだ」
言葉に込められた熱意が俺の胸を打った。
「殿下、ネフィラの件、あきらめません。どうか、もう少し時間をください。必ず、行動に値する理由を示してみせます」
「期待しているよ、双冠の英雄」
その言葉に俺は静かに頭を下げた。
石造りの壁は冷たく、無骨なベッドには粗末な毛布が一枚。だが、それでも戦場においては十分すぎる待遇だった。
「カイン……怒ってるの?」
ルナが隣の椅子に腰をかけ、俺の顔を覗き込む。焚き火の明かりが彼女の金の瞳を揺らしていた。
「いや、怒ってはいないさ。ただ、思ったよりも俺の意見が通らなかったなと思ってるだけだ」
「彼らの立場からすれば当然よ」
エルンが部屋の片隅で壁に寄りかかりながら言う。
「軍は今、非常に危うい均衡の上に立っている。そこから柱の一つが抜けると分かっていて、容易に許可を出せるわけがないわ」
「分かってる……けど、もどかしいな」
俺は拳をぎゅっと握った。ネフィラの脅威は間違いなく実在する。それを伝えられる手段が、今の俺には乏しすぎた。
翌朝。
砦内の通路を進むと副将の使いが俺を呼びに来ていた。
「王子殿下が直接、お話をされたいとのことです」
「……了解した」
案内に従い、向かったのは中央塔の上層階にある謁見の間。
そこには鎧を脱いだ第二王子レオンハルト・ロルディアが簡素な執務机の前に立っていた。
以前よりも幾分やつれた顔立ち。戦況が彼にも過酷な負荷をかけているのが見てとれた。
「カイン、よく来てくれた。君に直接伝えておきたいことがあった」
そう言って、レオンハルトは手で椅子を勧める。
「失礼します」
腰を下ろすと、王子はゆっくりと語り始めた。
「君がこの戦場に加わってくれたこと、心から感謝している。だが、私にはひとつ謝らねばならないことがある」
「……謝る?」
「ああ。君にはこれまで、第一王子――兄アーレストとヴィンドールが進めていた排他政策の影響が直接及んでいた。それを放置していたこと、結果的に君に重荷を背負わせたこと、申し訳なく思っている」
その声には建前ではない本心がにじんでいた。
「……気にしていませんよ。むしろ殿下がこうして手を差し伸べてくれたことに俺は救われました」
俺は正直な気持ちを言った。レオンハルトはうなずくと、少し顔を曇らせた。
「君が提案したネフィラ・ヴァレリオの件だが……やはり、私としてもすぐに許可を出すわけにはいかない。だが、その懸念は理解できるし、私は軍の者たちが理解していない事実をもっと多く共有するべきだと思っている」
「ありがとうございます」
たとえ即答で許されなくとも、王子が話を聞こうとしているだけで、大きな一歩だった。
「それから、君には伝えておきたい。私が父――先王の死後、どのようにこの軍を立ち上げたかを」
「……はい。ぜひ、聞かせてください」
レオンハルトは軽くうなずくと、窓の外に視線を向けた。
「父が亡くなった時、王都は完全にアーレストの手中に落ちた。兄はすぐに議会と貴族たちを抑え、王位継承を既成事実化しようと動いた。だが、そのやり方に疑問を抱く者も多く、私は密かに仲間を募って王都を離れた。各地の有力騎士団やドワーフの代表者と連絡を取り、反乱ではなく対抗勢力として立ち上がったんだ」
「それが、この陣営なのですね……」
「ああ。そして、この砦を中心に戦線を維持しているが……正直なところ、持久戦では厳しい。だからこそ、君のような力のある者が必要なのだ」
言葉に込められた熱意が俺の胸を打った。
「殿下、ネフィラの件、あきらめません。どうか、もう少し時間をください。必ず、行動に値する理由を示してみせます」
「期待しているよ、双冠の英雄」
その言葉に俺は静かに頭を下げた。
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