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第六章 ロルディアの動乱
第129話 援軍と孤軍
砦の上空に重々しい号砲が轟いた。
その音に呼応するように東門前の広場が慌ただしくなる。兵たちの列の先に短躯ながら逞しいドワーフ兵たちが姿を現した。魔導装備を満載した荷車が数台連なり、鍛冶と魔法の国からの援軍が、ついにこの地に到着したのだった。
「おお……ついに来たか」
副将が小さくつぶやき、周囲の兵たちもざわめきを隠せない。
砦に届いた物資は重厚な火力魔導具や範囲術式展開用の結晶板、携帯式の魔力補助具など、どれも戦線を強化するには十分すぎる品々だった。彼らが整然と物資を下ろす姿を見ながら、俺たち三人も遠巻きにその様子を見ていた。
そこへ、もう一つ別の一団が砦の裏門から入ってくる。見覚えのある初老のエルフの姿があった。フェルシアの里で魔導具の整備や開発を担っていた技術係だ。
「カイン殿!」
声をかけられ俺は歩み寄った。
「フェルシアの里から、非公式ながら物資を届けに参りました。砦が耐え抜けるようにとの里長からの言伝です」
「ありがとう……心から感謝する」
男は小箱を取り出し、中を開けて見せる。中には魔力を帯びた指輪や護符、腕輪などが丁寧に並んでいた。
「この中から、ひとつ選んでいただけませんか? 双冠の英雄にこそ、最も有益に使っていただきたいのです」
ルナが「わあ!」と目を輝かせた。
「ねぇねぇカイン、これ! この赤くて丸いやつ、すごくあったかい感じする! 火の魔法が強くなるやつだよ、ぜったい!」
俺はすぐに決めた。
「じゃあ、それをもらおう。……ルナ、預けるよ」
「えっ、いいの? 本当に?!」
「お前が一番使いこなせるだろ」
ルナは嬉しそうに指輪をはめ、くるくるとその場で一回転した。
「ふふん、カイン、見る目あるじゃん!」
「お褒めにあずかり光栄だよ」
そんなやり取りの中でも、俺の心は冷めていた。火力が整い、補給も万全……それでも、肝心の行動は停滞したままだ。
その時だった。場の空気が変わった――。
突如として現れた男の気配に俺の身体は硬直する。深紅の瞳、漆黒の衣、そして圧倒的な異物感。マルヴェス・ブラッドロックだ。
「……まだ、こんなところでぐずぐずしていたのか。双冠の英雄ともあろう者が随分と悠長なことだな?」
どこからともなく現れた彼は俺たちを値踏みするように見下ろした。
「何の用だ」
俺の問いかけに、彼は嗜虐的な笑みを浮かべた。
「ネフィラが『ヴァルディノア』に留まっている猶予は長くて三日。早ければ明日には姿を消すかもしれん。今を逃せば彼女は再び闇に沈む。次に出てくるときは貴様の大切なものが失われた後かもしれんぞ?」
「……!」
「だがまあ、どうするかは自由だ。もちろん、期待に応えてくれと信じてはいるがね、英雄殿」
言いたいだけ言い、マルヴェスは霧のように姿を消した。
……限界だった。俺は副将や軍の判断を待つ余裕がもうないと悟った。
***
マルヴェスの最後通告ともとれる警告があった、その夜。俺は机の前で一枚の紙に文字を走らせていた。
「申し訳ないが、双冠の英雄としての判断を信じて欲しい。俺は今動かねばならない」
それだけ記し、封をした。
砦を出る準備を終えた俺にルナが声をかけた。
「ねぇ、カイン。やっぱり、行くんだね?」
「ああ。このままじゃ、俺の周りでもっと苦しむ人が出るだろう。……ルナも来てくれるか?」
「もちろん! せっかくこの指輪ももらったしね。バッチリ火力担当するからね!」
ルナの笑顔は心強かった。
続いて、エルンがそっと近づいてきた。
「私はあなたの判断を信じます。……けれど、本当に危険な時は迷わず退いてください」
「それは……胸に刻んでおくよ。できる限り無茶はしない」
俺はそう答えながら、二人の顔を交互に見た。
「ありがとう。二人がいてくれるなら、きっと乗り越えられる」
裏門の前で俺たちは無言のままうなずき合った。
全員が理解している。ネフィラが潜む『ヴァルディノア』まで猶予はない。
今この瞬間から俺たちは英雄ではなく、闇を駆ける追跡者となる。
冷たい夜風が頬を叩いた。俺たちは外套を翻し、深淵の闇へとその身を投じた——。
その音に呼応するように東門前の広場が慌ただしくなる。兵たちの列の先に短躯ながら逞しいドワーフ兵たちが姿を現した。魔導装備を満載した荷車が数台連なり、鍛冶と魔法の国からの援軍が、ついにこの地に到着したのだった。
「おお……ついに来たか」
副将が小さくつぶやき、周囲の兵たちもざわめきを隠せない。
砦に届いた物資は重厚な火力魔導具や範囲術式展開用の結晶板、携帯式の魔力補助具など、どれも戦線を強化するには十分すぎる品々だった。彼らが整然と物資を下ろす姿を見ながら、俺たち三人も遠巻きにその様子を見ていた。
そこへ、もう一つ別の一団が砦の裏門から入ってくる。見覚えのある初老のエルフの姿があった。フェルシアの里で魔導具の整備や開発を担っていた技術係だ。
「カイン殿!」
声をかけられ俺は歩み寄った。
「フェルシアの里から、非公式ながら物資を届けに参りました。砦が耐え抜けるようにとの里長からの言伝です」
「ありがとう……心から感謝する」
男は小箱を取り出し、中を開けて見せる。中には魔力を帯びた指輪や護符、腕輪などが丁寧に並んでいた。
「この中から、ひとつ選んでいただけませんか? 双冠の英雄にこそ、最も有益に使っていただきたいのです」
ルナが「わあ!」と目を輝かせた。
「ねぇねぇカイン、これ! この赤くて丸いやつ、すごくあったかい感じする! 火の魔法が強くなるやつだよ、ぜったい!」
俺はすぐに決めた。
「じゃあ、それをもらおう。……ルナ、預けるよ」
「えっ、いいの? 本当に?!」
「お前が一番使いこなせるだろ」
ルナは嬉しそうに指輪をはめ、くるくるとその場で一回転した。
「ふふん、カイン、見る目あるじゃん!」
「お褒めにあずかり光栄だよ」
そんなやり取りの中でも、俺の心は冷めていた。火力が整い、補給も万全……それでも、肝心の行動は停滞したままだ。
その時だった。場の空気が変わった――。
突如として現れた男の気配に俺の身体は硬直する。深紅の瞳、漆黒の衣、そして圧倒的な異物感。マルヴェス・ブラッドロックだ。
「……まだ、こんなところでぐずぐずしていたのか。双冠の英雄ともあろう者が随分と悠長なことだな?」
どこからともなく現れた彼は俺たちを値踏みするように見下ろした。
「何の用だ」
俺の問いかけに、彼は嗜虐的な笑みを浮かべた。
「ネフィラが『ヴァルディノア』に留まっている猶予は長くて三日。早ければ明日には姿を消すかもしれん。今を逃せば彼女は再び闇に沈む。次に出てくるときは貴様の大切なものが失われた後かもしれんぞ?」
「……!」
「だがまあ、どうするかは自由だ。もちろん、期待に応えてくれと信じてはいるがね、英雄殿」
言いたいだけ言い、マルヴェスは霧のように姿を消した。
……限界だった。俺は副将や軍の判断を待つ余裕がもうないと悟った。
***
マルヴェスの最後通告ともとれる警告があった、その夜。俺は机の前で一枚の紙に文字を走らせていた。
「申し訳ないが、双冠の英雄としての判断を信じて欲しい。俺は今動かねばならない」
それだけ記し、封をした。
砦を出る準備を終えた俺にルナが声をかけた。
「ねぇ、カイン。やっぱり、行くんだね?」
「ああ。このままじゃ、俺の周りでもっと苦しむ人が出るだろう。……ルナも来てくれるか?」
「もちろん! せっかくこの指輪ももらったしね。バッチリ火力担当するからね!」
ルナの笑顔は心強かった。
続いて、エルンがそっと近づいてきた。
「私はあなたの判断を信じます。……けれど、本当に危険な時は迷わず退いてください」
「それは……胸に刻んでおくよ。できる限り無茶はしない」
俺はそう答えながら、二人の顔を交互に見た。
「ありがとう。二人がいてくれるなら、きっと乗り越えられる」
裏門の前で俺たちは無言のままうなずき合った。
全員が理解している。ネフィラが潜む『ヴァルディノア』まで猶予はない。
今この瞬間から俺たちは英雄ではなく、闇を駆ける追跡者となる。
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