50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく

かわさきはっく

文字の大きさ
134 / 280
第六章 ロルディアの動乱

第134話 闇の残滓、揺らぐ心

しおりを挟む
 『地穿熱泉グラウンド・ゲイザー』の余波に濡れたネフィラが、闇の中から引きずり出されたように現れた。彼女は膝をつき、顔を上げたままこちらを睨みつけていた。

 まだ何をしてくるかわからない。俺は油断せずに彼女から視線を逸らさなかった。
 エルンの治癒によって命をとりとめたルナは、まだ額に汗を浮かべて苦しげに横たわっている。

「エルン、ルナのことを頼む」

「ええ……。熱はあるけど、今のところ毒は浄化できたと思うわ」

 エルンがうなずき、ルナの額に冷たい布を当てる。

「まだ……負けてないよ……」

 うわごとのようにつぶやいたルナの手をエルンがそっと握った。

 俺は警戒しながらネフィラに近づいていき、様子をうかがった。
 ネフィラの体はやけどと裂傷で酷く損傷していた。もう立ち上がる力もなさそうだ。

 止めを刺すべきなのだろう。だが、出来るのであれば俺は確証を得たかった。彼女とヴィンドールとのつながり、そしてヴァルディスやグロムとの関わりについて――。

「魔族をけしかけてきたのは、お前なのか?」

 俺の問いにネフィラは口の端を持ち上げた。

「ふふ……それを私の口から聞いたとして、あなたはその言葉を信じるのかしら?」

 嘲笑ちょうしょうするような声音。その中に確かに狂気と執念が見えた。
 言葉の真偽は分からない。だが、俺は確信した。この女は敵だ。明確な悪意を俺たちに向けている。俺はそれを言葉にして伝えた。俺の意思を示すために。

「信じるかどうかじゃない。お前が俺たちの敵であることは十分に伝わっている」

 そう言って剣を構えかけたそのとき、ネフィラは震える手を持ち上げ、言葉をつむいだ。

「私は最後まで……ヴィンドール様のお役に立ってみせる。あの方の理想を妨げる者を……決して許しはしない……」

 その言葉と共に空気がひどく濁ったように感じた。

「この痛みも、この怒りも、全部……あなたに返してあげる。命すら代償にして……私は闇とちぎる――」

 うわごとをつぶやいていた彼女の身体が闇の粒子となって、ゆっくりと崩れていく。
 残されたのは黒く焼け焦げた土の匂いと、微かに残る闇の気配だけだった。

「……終わったな」

 俺は小さくつぶやいた。だがその言葉の重さは簡単に肩から下ろせるものではなかった。

 その場に座り込み、深く息を吐く。

「無理もないわ……あれは見ているだけでも心に傷がつく……正気を保つのが精いっぱいだった」

 エルンがそっと俺の横に腰を下ろす。

「……ごめん。ルナを守れなかった」

「守れたわよ、ちゃんと。あの子が無事なのはカインの判断と魔法のおかげ」

 俺の肩に温かい手が置かれる。俺は顔を上げ、エルンと視線を交わす。

「……ありがとう」

「ええ、こんな状況でも、ちゃんと礼を言えるのは立派よ」

 ルナがかすかに目を開けた。

「ふたりとも……お話ししてるなら、ルナも混ぜて……」

 その声に俺とエルンは顔を見合わせて笑う。

「よし、戻ろう。ここに長くいるべきじゃない」

「ええ、でも……歩けそう?」

「うん……ちょっとくらいなら、平気」

 ルナが頑張って体を起こす。俺が肩を貸し、エルンが荷物をまとめる。

 儀式の広場にはもう戦いの気配はなかった。
 朝日が昇り始めた空の下、俺たちは静かにその場を後にした。

 ネフィラという闇は消えた。だが、この闘いが意味していたこと、それを俺はきっとこれからも考え続けるのだろう。

 俺たちは砦へと向かって歩き出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】

のびすけ。
ファンタジー
気づけば侯爵家の三男として異世界に転生していた元プログラマー。 そこはどこか懐かしく、けれど想像以上に自由で――ちょっとだけ危険な世界。 幼い頃、命の危機をきっかけに前世の記憶が蘇り、 “とっておき”のチートで人生を再起動。 剣も魔法も、知識も商才も、全てを武器に少年は静かに準備を進めていく。 そして12歳。ついに彼は“新たなステージ”へと歩み出す。 これは、理想を形にするために動き出した少年の、 少し不思議で、ちょっとだけチートな異世界物語――その始まり。 【なろう掲載】

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

【完結保証】僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ
ファンタジー
 僕は十年程闘病の末、あの世に。  そこで出会った神様に手違いで寿命が縮められたという説明をされ、地球で幸せな転生をする事になった…が何故か異世界転生してしまう。なんでだ?  幸い優しい両親と、兄と姉に囲まれ事なきを得たのだが、兄達が優秀で僕はいずれ家を出てかなきゃいけないみたい。そんな空気を読んだ僕は将来の為努力をしはじめるのだが……。   ※画像はAI作成しました。 ※現在毎日2話投稿。11時と19時にしております。 ※2026年半ば過ぎ完結予定。

鬼の兵法伝承者、異世界に転世せしむる

書仙凡人
ファンタジー
俺の名は桜木小次郎。 鬼一法眼を祖とする鬼一兵法の令和の伝承者。 だがある時、なぜか突然死してしまったのだ。 その時、自称神様の変なペンギンが現れて、ファンタジー世界の転生を持ちかけられた。 俺はヤケになって転生受け入れたら、とんでもない素性の奴にログインする事になったのである。 ログイン先は滅亡した国の王子で、従者に毒盛られて殺されたばかり。 なにこれ? クーリングオフねぇのかよ!

1歳児天使の異世界生活!

春爛漫
ファンタジー
 夫に先立たれ、女手一つで子供を育て上げた皇 幸子。病気にかかり死んでしまうが、天使が迎えに来てくれて天界へ行くも、最高神の創造神様が一方的にまくしたてて、サチ・スメラギとして異世界アラタカラに創造神の使徒(天使)として送られてしまう。1歳の子供の身体になり、それなりに人に溶け込もうと頑張るお話。 ※心は大人のなんちゃって幼児なので、あたたかい目で見守っていてください。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

英雄の孫は今日も最強

まーびん
ファンタジー
前世では社会人だったが、死んで異世界に転生し、貧乏貴族ターセル男爵家の3男となった主人公ロイ。 前世のギスギスした家庭と違い、家族の皆から愛され、ロイはすくすくと3歳まで育った。 中でも、毎日一緒に遊んでくれるじいじは爺馬鹿全開で、ロイもそんなじいじが大好き。 元将軍で「英雄」と呼ばれる最強のじいじの血を引いたロイは、じいじ達に見守られながら、今日も楽しく最強な日々を過ごす。

処理中です...