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第六章 ロルディアの動乱
第134話 闇の残滓、揺らぐ心
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『地穿熱泉』の余波に濡れたネフィラが、闇の中から引きずり出されたように現れた。彼女は膝をつき、顔を上げたままこちらを睨みつけていた。
まだ何をしてくるかわからない。俺は油断せずに彼女から視線を逸らさなかった。
エルンの治癒によって命をとりとめたルナは、まだ額に汗を浮かべて苦しげに横たわっている。
「エルン、ルナのことを頼む」
「ええ……。熱はあるけど、今のところ毒は浄化できたと思うわ」
エルンがうなずき、ルナの額に冷たい布を当てる。
「まだ……負けてないよ……」
うわごとのようにつぶやいたルナの手をエルンがそっと握った。
俺は警戒しながらネフィラに近づいていき、様子を窺った。
ネフィラの体はやけどと裂傷で酷く損傷していた。もう立ち上がる力もなさそうだ。
止めを刺すべきなのだろう。だが、出来るのであれば俺は確証を得たかった。彼女とヴィンドールとのつながり、そしてヴァルディスやグロムとの関わりについて――。
「魔族をけしかけてきたのは、お前なのか?」
俺の問いにネフィラは口の端を持ち上げた。
「ふふ……それを私の口から聞いたとして、あなたはその言葉を信じるのかしら?」
嘲笑するような声音。その中に確かに狂気と執念が見えた。
言葉の真偽は分からない。だが、俺は確信した。この女は敵だ。明確な悪意を俺たちに向けている。俺はそれを言葉にして伝えた。俺の意思を示すために。
「信じるかどうかじゃない。お前が俺たちの敵であることは十分に伝わっている」
そう言って剣を構えかけたそのとき、ネフィラは震える手を持ち上げ、言葉を紡いだ。
「私は最後まで……ヴィンドール様のお役に立ってみせる。あの方の理想を妨げる者を……決して許しはしない……」
その言葉と共に空気がひどく濁ったように感じた。
「この痛みも、この怒りも、全部……あなたに返してあげる。命すら代償にして……私は闇と契る――」
うわごとをつぶやいていた彼女の身体が闇の粒子となって、ゆっくりと崩れていく。
残されたのは黒く焼け焦げた土の匂いと、微かに残る闇の気配だけだった。
「……終わったな」
俺は小さくつぶやいた。だがその言葉の重さは簡単に肩から下ろせるものではなかった。
その場に座り込み、深く息を吐く。
「無理もないわ……あれは見ているだけでも心に傷がつく……正気を保つのが精いっぱいだった」
エルンがそっと俺の横に腰を下ろす。
「……ごめん。ルナを守れなかった」
「守れたわよ、ちゃんと。あの子が無事なのはカインの判断と魔法のおかげ」
俺の肩に温かい手が置かれる。俺は顔を上げ、エルンと視線を交わす。
「……ありがとう」
「ええ、こんな状況でも、ちゃんと礼を言えるのは立派よ」
ルナが微かに目を開けた。
「ふたりとも……お話ししてるなら、ルナも混ぜて……」
その声に俺とエルンは顔を見合わせて笑う。
「よし、戻ろう。ここに長くいるべきじゃない」
「ええ、でも……歩けそう?」
「うん……ちょっとくらいなら、平気」
ルナが頑張って体を起こす。俺が肩を貸し、エルンが荷物をまとめる。
儀式の広場にはもう戦いの気配はなかった。
朝日が昇り始めた空の下、俺たちは静かにその場を後にした。
ネフィラという闇は消えた。だが、この闘いが意味していたこと、それを俺はきっとこれからも考え続けるのだろう。
俺たちは砦へと向かって歩き出した。
まだ何をしてくるかわからない。俺は油断せずに彼女から視線を逸らさなかった。
エルンの治癒によって命をとりとめたルナは、まだ額に汗を浮かべて苦しげに横たわっている。
「エルン、ルナのことを頼む」
「ええ……。熱はあるけど、今のところ毒は浄化できたと思うわ」
エルンがうなずき、ルナの額に冷たい布を当てる。
「まだ……負けてないよ……」
うわごとのようにつぶやいたルナの手をエルンがそっと握った。
俺は警戒しながらネフィラに近づいていき、様子を窺った。
ネフィラの体はやけどと裂傷で酷く損傷していた。もう立ち上がる力もなさそうだ。
止めを刺すべきなのだろう。だが、出来るのであれば俺は確証を得たかった。彼女とヴィンドールとのつながり、そしてヴァルディスやグロムとの関わりについて――。
「魔族をけしかけてきたのは、お前なのか?」
俺の問いにネフィラは口の端を持ち上げた。
「ふふ……それを私の口から聞いたとして、あなたはその言葉を信じるのかしら?」
嘲笑するような声音。その中に確かに狂気と執念が見えた。
言葉の真偽は分からない。だが、俺は確信した。この女は敵だ。明確な悪意を俺たちに向けている。俺はそれを言葉にして伝えた。俺の意思を示すために。
「信じるかどうかじゃない。お前が俺たちの敵であることは十分に伝わっている」
そう言って剣を構えかけたそのとき、ネフィラは震える手を持ち上げ、言葉を紡いだ。
「私は最後まで……ヴィンドール様のお役に立ってみせる。あの方の理想を妨げる者を……決して許しはしない……」
その言葉と共に空気がひどく濁ったように感じた。
「この痛みも、この怒りも、全部……あなたに返してあげる。命すら代償にして……私は闇と契る――」
うわごとをつぶやいていた彼女の身体が闇の粒子となって、ゆっくりと崩れていく。
残されたのは黒く焼け焦げた土の匂いと、微かに残る闇の気配だけだった。
「……終わったな」
俺は小さくつぶやいた。だがその言葉の重さは簡単に肩から下ろせるものではなかった。
その場に座り込み、深く息を吐く。
「無理もないわ……あれは見ているだけでも心に傷がつく……正気を保つのが精いっぱいだった」
エルンがそっと俺の横に腰を下ろす。
「……ごめん。ルナを守れなかった」
「守れたわよ、ちゃんと。あの子が無事なのはカインの判断と魔法のおかげ」
俺の肩に温かい手が置かれる。俺は顔を上げ、エルンと視線を交わす。
「……ありがとう」
「ええ、こんな状況でも、ちゃんと礼を言えるのは立派よ」
ルナが微かに目を開けた。
「ふたりとも……お話ししてるなら、ルナも混ぜて……」
その声に俺とエルンは顔を見合わせて笑う。
「よし、戻ろう。ここに長くいるべきじゃない」
「ええ、でも……歩けそう?」
「うん……ちょっとくらいなら、平気」
ルナが頑張って体を起こす。俺が肩を貸し、エルンが荷物をまとめる。
儀式の広場にはもう戦いの気配はなかった。
朝日が昇り始めた空の下、俺たちは静かにその場を後にした。
ネフィラという闇は消えた。だが、この闘いが意味していたこと、それを俺はきっとこれからも考え続けるのだろう。
俺たちは砦へと向かって歩き出した。
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