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第六章 ロルディアの動乱
第138話 王都の行方
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王都に入城した俺たちを待っていたのは奇妙な静寂と燻(くすぶ)り続ける混乱の残り香だった。
通りにはバリケードが築かれたまま放置され、閉ざされた窓の奥から住民たちが恐る恐るこちらの様子をうかがっている。風に乗って漂うのは華やかな都には似つかわしくない焦げ臭さだった。
かつて自分が追放された場所にまた戻ってきた。『双冠の英雄』として。だが、胸に湧く感情は誇らしさだけではなかった。
「……変わり果ててしまいましたね」
セリスが痛ましげに眉を寄せ、静かに辺りを見渡す。
「ここは私が仕えた国でもあります。けれど今は……まるで別の世界のように思えます」
「変わらないからこそ、重たいんだ。俺たちだけが変わってしまったのかもな」
エルンが隣でわずかに肩をすくめた。
そんな中、伝令が駆け込んでくる。第一王子派の残党が市街地で局地的な抵抗を始めたというのだ。
「出ましょう。街の混乱を放っておくわけにはいきません」
セリスが剣の柄に手をかける。その目には悲痛な決意が宿っていた。
俺、エルン、ルナ、セリスで急ぎ現場へ向かうと、そこではかつての王国兵たちが、降伏勧告を拒んで剣を振るっていた。
中にはセリスがかつて上官として命令を出していた騎士の姿もあった。
「……なぜ、まだ戦うのですか!」
刃を交える中でセリスの声が震える。
「この戦いに意味などないはずです! 剣をお引きください!」
だが、敵の目は血走っていた。敗北を認められず、ただ暴れることで己の存在を保とうとするかのように。
「裏切り者が! エルフなどに国を渡せるか!」
騎士が剣を振り下ろす。セリスはそれを悲しげな顔で受け流した。
その瞬間、横から小さな影が飛び出した。
「喧嘩はダメだってば!」
ルナの叫びとともに威嚇の火球が兵士たちの足元で炸裂する。
爆音と熱風に煽られ、騎士たちがたじろいだ隙に俺たちが制圧に入った。抵抗は鎮圧され、王都内の混乱もようやく収束へと向かう。
そして——。
王城の最奥『玉座の間』。
重厚な扉が閉じられ、民衆の喧騒が遮断されたその場所には有力貴族や軍の将軍たち、そして俺たちだけが集められていた。
張り詰めた空気の中、後ろ手に拘束された第一王子アーレストが引き立てられてくる。
「離せ! 無礼者! 私は王だぞ!」
アーレストは髪を振り乱し、両脇を固める兵士たちに喚き散らしていた。かつての威厳ある王子の面影はどこにもない。
彼は血走った目で周囲を睨みつけ、やがて玉座の前に立つレオンハルトを見つけると、憎悪を露わにした。
「レオンハルト! 貴様、王家の血を引く兄を罪人として裁くつもりか!」
レオンハルトは静かに、だが冷徹な眼差しで兄を見下ろした。
「裁くのは私ではない。法と、この国の未来だ」
レオンハルトの合図で、一人の法務官が進み出る。
「第一王子アーレスト・ロルディア。先王暗殺の共謀、およびヴィンドールと結託しての国政壟断の容疑により拘束する」
「嘘だ! すべてヴィンドールがやったことだ! 私は知らぬ!」
アーレストは必死に叫んだ。
「ヴィンドール! どこだ、出てこい! 私を弁護しろ!」
虚しく響くその声に答える者はいない。彼が頼みの綱としていたエルフの長老は、すでにこの国から消え去っていたのだから。
見苦しく足掻く兄の姿にレオンハルトは痛ましげに目を伏せた。
兵士たちによって無理やり連行されていくアーレストの背中を貴族たちは沈黙を守ったまま、冷ややかな視線で見送っていた。
その場に立ち会ったセリスが、苦々しい表情でつぶやく。
「……こんな形で終わってしまうのですね」
「ああ。だが、これでようやく前に進める」
俺は静かに答えた。
さらに、ギルドの協力も得て、近隣諸国へヴィンドールの罪状が公表された。保守派のエルフたちの間に激震が走ったが、フェルシアやセリスの働きかけにより、武力衝突には至らなかった。
***
その夜。
改めて設けられた謁見の席にて、俺は第二王子レオンハルトと対面した。
「君の力があったから、ここまで来られた」
彼は玉座には座らず、俺と同じ目線に立って語りかけた。
「だが、これからは『力なき理』も尊ばねばならぬ。それが、争いのない未来への道だと信じている」
その言葉に俺は返す言葉を見つけられなかった。ただ深くうなずくことで敬意を示した。
王宮を出て、王都の高台から街を見下ろしていた時だった。背後に音もなく気配が生じた。
「静寂な統治を期待しているぞ」
振り返ると、そこにはマルヴェスの姿があった。
夜闇そのもののような漆黒のコートをなびかせ、いつものように不気味な微笑を浮かべている。
「……ヴィンドールはどうした?」
俺の問いに彼は肩をすくめた。
「さあな。光を失った蛾がどこへ飛ぶかなど興味はない。……だが、新たな火種になるやもしれん」
それだけを告げ、彼は闇へと溶けるように消えていった。何かが終わったはずなのに、まだ釈然としないものが残っている。
そんな俺のもとへ、エルンとルナが駆け寄ってきた。
「今いたのって、マルヴェスじゃ?」
「なに、労いの言葉をかけにきたのさ。……おかげで少しだけ前を向けそうだ」
二人は黙って俺の両隣に並んだ。
眼下に広がる王都の灯りが、まるで俺たちの未来を祝福するかのように柔らかな光を放っていた。
通りにはバリケードが築かれたまま放置され、閉ざされた窓の奥から住民たちが恐る恐るこちらの様子をうかがっている。風に乗って漂うのは華やかな都には似つかわしくない焦げ臭さだった。
かつて自分が追放された場所にまた戻ってきた。『双冠の英雄』として。だが、胸に湧く感情は誇らしさだけではなかった。
「……変わり果ててしまいましたね」
セリスが痛ましげに眉を寄せ、静かに辺りを見渡す。
「ここは私が仕えた国でもあります。けれど今は……まるで別の世界のように思えます」
「変わらないからこそ、重たいんだ。俺たちだけが変わってしまったのかもな」
エルンが隣でわずかに肩をすくめた。
そんな中、伝令が駆け込んでくる。第一王子派の残党が市街地で局地的な抵抗を始めたというのだ。
「出ましょう。街の混乱を放っておくわけにはいきません」
セリスが剣の柄に手をかける。その目には悲痛な決意が宿っていた。
俺、エルン、ルナ、セリスで急ぎ現場へ向かうと、そこではかつての王国兵たちが、降伏勧告を拒んで剣を振るっていた。
中にはセリスがかつて上官として命令を出していた騎士の姿もあった。
「……なぜ、まだ戦うのですか!」
刃を交える中でセリスの声が震える。
「この戦いに意味などないはずです! 剣をお引きください!」
だが、敵の目は血走っていた。敗北を認められず、ただ暴れることで己の存在を保とうとするかのように。
「裏切り者が! エルフなどに国を渡せるか!」
騎士が剣を振り下ろす。セリスはそれを悲しげな顔で受け流した。
その瞬間、横から小さな影が飛び出した。
「喧嘩はダメだってば!」
ルナの叫びとともに威嚇の火球が兵士たちの足元で炸裂する。
爆音と熱風に煽られ、騎士たちがたじろいだ隙に俺たちが制圧に入った。抵抗は鎮圧され、王都内の混乱もようやく収束へと向かう。
そして——。
王城の最奥『玉座の間』。
重厚な扉が閉じられ、民衆の喧騒が遮断されたその場所には有力貴族や軍の将軍たち、そして俺たちだけが集められていた。
張り詰めた空気の中、後ろ手に拘束された第一王子アーレストが引き立てられてくる。
「離せ! 無礼者! 私は王だぞ!」
アーレストは髪を振り乱し、両脇を固める兵士たちに喚き散らしていた。かつての威厳ある王子の面影はどこにもない。
彼は血走った目で周囲を睨みつけ、やがて玉座の前に立つレオンハルトを見つけると、憎悪を露わにした。
「レオンハルト! 貴様、王家の血を引く兄を罪人として裁くつもりか!」
レオンハルトは静かに、だが冷徹な眼差しで兄を見下ろした。
「裁くのは私ではない。法と、この国の未来だ」
レオンハルトの合図で、一人の法務官が進み出る。
「第一王子アーレスト・ロルディア。先王暗殺の共謀、およびヴィンドールと結託しての国政壟断の容疑により拘束する」
「嘘だ! すべてヴィンドールがやったことだ! 私は知らぬ!」
アーレストは必死に叫んだ。
「ヴィンドール! どこだ、出てこい! 私を弁護しろ!」
虚しく響くその声に答える者はいない。彼が頼みの綱としていたエルフの長老は、すでにこの国から消え去っていたのだから。
見苦しく足掻く兄の姿にレオンハルトは痛ましげに目を伏せた。
兵士たちによって無理やり連行されていくアーレストの背中を貴族たちは沈黙を守ったまま、冷ややかな視線で見送っていた。
その場に立ち会ったセリスが、苦々しい表情でつぶやく。
「……こんな形で終わってしまうのですね」
「ああ。だが、これでようやく前に進める」
俺は静かに答えた。
さらに、ギルドの協力も得て、近隣諸国へヴィンドールの罪状が公表された。保守派のエルフたちの間に激震が走ったが、フェルシアやセリスの働きかけにより、武力衝突には至らなかった。
***
その夜。
改めて設けられた謁見の席にて、俺は第二王子レオンハルトと対面した。
「君の力があったから、ここまで来られた」
彼は玉座には座らず、俺と同じ目線に立って語りかけた。
「だが、これからは『力なき理』も尊ばねばならぬ。それが、争いのない未来への道だと信じている」
その言葉に俺は返す言葉を見つけられなかった。ただ深くうなずくことで敬意を示した。
王宮を出て、王都の高台から街を見下ろしていた時だった。背後に音もなく気配が生じた。
「静寂な統治を期待しているぞ」
振り返ると、そこにはマルヴェスの姿があった。
夜闇そのもののような漆黒のコートをなびかせ、いつものように不気味な微笑を浮かべている。
「……ヴィンドールはどうした?」
俺の問いに彼は肩をすくめた。
「さあな。光を失った蛾がどこへ飛ぶかなど興味はない。……だが、新たな火種になるやもしれん」
それだけを告げ、彼は闇へと溶けるように消えていった。何かが終わったはずなのに、まだ釈然としないものが残っている。
そんな俺のもとへ、エルンとルナが駆け寄ってきた。
「今いたのって、マルヴェスじゃ?」
「なに、労いの言葉をかけにきたのさ。……おかげで少しだけ前を向けそうだ」
二人は黙って俺の両隣に並んだ。
眼下に広がる王都の灯りが、まるで俺たちの未来を祝福するかのように柔らかな光を放っていた。
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