50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく

かわさきはっく

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第七章 森のざわめき

第141話 王の理解、里の期待

 王都ロルディアの喧騒が遠ざかっていく。俺たちを乗せた馬車は西門を抜け、エルフェンリートの森へと続く街道を進んでいた。数々の戦いを経て、俺は再びあの森へ向かっている。追放者としてではなく、賢者として、果たすべき責務せきむのために。

 出発の朝、俺はレオンハルト王に謁見えっけんしていた。玉座の間に通された俺に対し、若き王は穏やかな、しかし真剣な眼差しを向けていた。

「カイン、君が森へ戻るという決意、セリスから聞いている。だが、君のような英雄が王都を離れるのは、正直なところ惜しい」

 レオンハルトの言葉には率直な信頼が込められていた。

「お言葉、感謝いたします。ですが陛下、俺が行かねばならない理由があるのです」

 俺は一礼し、顔を上げた。

「エルフェンリートの森はこの世界の安定にとって重要な場所。もし森が乱れれば、その影響はいずれ王都にも及びます。人と森の調和のため、賢者としての責務せきむを果たす。それが、今の俺がこの世界のためにできる最善のことだと信じています」

 俺の言葉をレオンハルトは静かに聞いていた。やがて彼は深くうなずき、その口元にわずかな笑みを浮かべた。

「……君の言う通りだ。君はもはや一人の英雄ではない。世界全体の調和を考える真の賢者なのだな。わかった、君の意志を尊重しよう。王国としても、君の活動を全面的に支援することを約束する」

 力強い了承を得て、俺たちは王都を後にした。

 エルフェンリートの森へ向かう前に俺たちはフェルシアの里に立ち寄った。穏やかな空気に満ちた里は俺にとってすでに故郷のような場所だ。

 出迎えてくれたリゼリアは俺たちの来訪を予期していたかのように落ち着いていた。

「おかえりなさい、カイン。そして……いよいよ、森へ戻るのですね」

 彼女はエルンと親友としての再会を喜びながらも、すぐに真剣な表情で俺に向き直った。

「あなたには、ぜひとも私たちの声を森の中枢ちゅうすうへ届けてほしいのです。フェルシアの里、そして外の世界との共存を望むエルフたちの声を。そのためにも、長老会があなたに指導的立場の承認をすることを、心から期待しています」

 リゼリアの瞳には強い願いが宿っていた。彼女は俺がただ帰るだけでなく、森を変える力になることを信じている。

「ああ、頑張ってみるよ。里の想いも伝わるように」

 その約束が俺の背中をさらに強く押した。

 ***

 そして、俺たちはついにエルフェンリートの森の入り口に立った。セリスに先導され、向かったのは古の巨木に抱かれるように存在する議事堂。

 円卓を前に俺は再び立っていた。あの日とは違う、確かな決意を胸に。

 エルドレアが厳かに立ち上がり、木箱を手に俺の前へと進み出る。

「カイン殿。我々はあなたの覚悟と実績を認める。そして、あなたをこの森の新たな賢者として迎え入れたい。これはその証だ」

 エルドレアが木箱を開けると、中には銀細工の腕輪が静かに横たわっていた。中央には淡く光る青い宝石が埋め込まれている。

「『賢者の印』。これには歴代の賢者が残した記録や知識に触れるための力が込められている。そして、この森に存在する古の封印を解くための『鍵』でもある」

 エルドレアはそう説明し、腕輪を俺の手に乗せた。

「だが、覚えておいてほしい。この印はただの道具ではない。所有者の資質――魔力量や精霊との交信能力がなければ、その真の力は引き出せない。印に選ばれなければ、これはただの腕輪にすぎんのだ。賢者よ」

 ずしり、とした重みが腕に伝わる。それはこの森の過去と未来をこの腕に託されたという責任の重さだった。

「……ありがたく、受け取ります」

 俺は腕輪を装着した。すると、宝石が俺の魔力に呼応するように、ひときわ強く、そして穏やかに輝いた。

 儀式が終わり、長老たちが静かに下がっていくと、議事堂には俺たち仲間だけが残された。張り詰めていた空気がふっと緩む。

 その静寂を破ったのはルナの歓声だった。

「やったー! カインが賢者だー! これでこの森のえらい人だね!」

 彼女はぴょんと俺の腕に飛びつき、腕輪を興味津々に覗き込む。

「わー、キラキラしてる! カッコいいね、賢者の印!」

「まったく……もう少し厳かな余韻というものをだな……」

 俺が苦笑すると、エルンが微笑みながら近づいてきた。

「いいえ、とてもあなたらしいと思います。……賢者カイン。改めて、おめでとうございます。最初にあなたを疑っていた私が言うのもおかしな話ですが、今はこの森の未来をあなたに託せることを心から嬉しく思います」

 その瞳にはどこまでも温かい信頼の色が浮かんでいた。

 セリスもまた、深く一礼し、晴れやかな表情で口を開いた。

「カイン殿。あなたがこの森に認められたこと、自分のことのように誇らしいです。これで、森は変われる。私はそう信じています」

「……俺はまだ信じられないな。無職だったお前が賢者だなんて」

 隣に立っていたカズエルが茶化す様に、しかしどこか嬉しそうに肩をすくめた。

「まあでも、それくらいはありか。俺たちは無双するって約束したんだからな。『神官に似た何か』として、俺もなにかと手伝わせてもらうぜ」

 仲間の言葉一つ一つが、腕輪の重みとは違う、温かい重みとなって胸に広がる。

「……みんな、ありがとう。俺一人じゃ、ここまで来られなかった」

 セリスが俺たちを促す。

「賢者のための住居が用意されています。さあ、こちらへ」

 案内されたのは森の静かな一角、清らかな小川のほとりに立つ一軒家だった。巨大な樹木の幹と枝を巧みに利用して建てられており、自然と完全に調和している。

 中に入ると、木の温もりと、暖炉にくべられた薪のかすかな香りに包まれた。

「わあ……素敵なおうち!」

 ルナが歓声を上げて部屋の中を駆け回る。

「ようやく、落ち着ける場所ができましたね」

 エルンが窓から差し込む陽光に目を細めた。

「ああ。ここが俺たちの家だ」

 俺はその光景を眺めながら、静かにつぶやいた。現世では何も成せなかった俺が、仲間たちと笑い、この世界の歴史と未来を繋ぐ立場にいる。その不思議さと責任の大きさに心がざわつくのを感じた。

 この日は、ただ穏やかに過ぎていった。暖炉を囲んで他愛もない話をし、長旅の疲れを癒す。この守りたい「日常」ができたことに俺は静かな喜びを噛みしめていた。

 そして、一行はそれぞれの部屋で、久しぶりの安らかな眠りにつくのだった。
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