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第八章 落星の裂け目
第156話 弱まる封印
レオナルドを先頭に俺たちは「落星の裂け目」を臨む崖の縁に立った。そこにあるのは、言葉を失うほどの絶景と、底知れぬ恐怖だった。
大地が巨大な爪で抉り取られたような大穴。その底は暗闇に閉ざされて見えないが、闇の奥底から一本の「巨木」が天に向かって伸びていた。
いや、それは木ではないのかもしれない。全体が灰色の石のように変質し、枝葉のすべてが枯れ果てた化石のような大樹。それが、裂け目の底から生え、俺たちの立つ崖の高さまで届いているのだ。
「……あれが、エクリプスを封じた『楔(くさび)』か」
俺がつぶやくと、レオナルドが険しい顔でうなずいた。
「ああ。あの木の根元……裂け目の最深部に封印の核があるはずだ。行くぞ」
俺たちは崖の斜面にある、かろうじて道と呼べる獣道を下り始めた。
一歩足を踏み入れた瞬間、世界から音が消えた。
先ほどまで耳に届いていた風の音や、自分の心臓の鼓動さえもが、フツリと途絶える。俺たちの足音が地面を削る音さえ、どこか遠くに吸い込まれていくようだった。
「……空気が無いみたい」
ルナが自分の口元を押さえながらつぶやいた。息はできる。だが、音を伝える媒体であるべき空気が、その役割を放棄しているかのようだった。
「エルン、大丈夫か?」
「ええ……なんとか。でも、精霊との繋がりがひどく弱まっています。声はかろうじて聞こえるけれど、まるで分厚い嵐の向こうから叫んでいるようで……。ここで魔法を安定させるのは至難の業です」
エルンの表情にも焦りの色が濃く浮かんでいた。
裂け目の底へ下りる道は途中から崩落して途切れていた。
だが、この場所特有の重力異常が、皮肉にも俺たちの助けとなった。かつての大崩落で砕けた岩盤が落下せずに中空に静止し、まるで螺旋階段のように底へと続いているのだ。
「ロープを渡す。浮き石は不安定だ。俺の合図があるまで体重をかけるな」
レオナルドが慣れた手つきで岩から岩へと綱を投げ、俺たちの進む道を確保していく。彼の冷静な判断と卓越した身体能力がなければ、この時点で俺たちは進むことすらままならなかっただろう。
俺も仲間を支えるために魔力を慎重に練り上げるが、精霊の力を借りられない今、魔法の発動は純粋な魔力制御能力を試される綱渡りのような作業だった。
***
どれほどの時間をかけて下っただろうか。
上を見上げれば、空は遠く、切り取られた円形の青空が小さくなっていた。
底に近づくにつれ、巨大な古木の幹が壁のように俺たちの視界を覆い尽くしていく。
そしてついに、俺たちは裂け目の底、古木の根元にたどり着いた。
そこは、黒い水晶のように滑らかな岩盤がどこまでも広がる、広大な空洞だった。
そして、その中心。巨木の根が複雑に絡み合う場所に『それ』はあった。
根の隙間を縫うように幾重にも黄金の光の鎖が巻き付き、何かを封じ込めている。鎖はゆっくりと、しかし苦しげに脈動し、かろうじて内なる何かを抑え込んでいた。
「あれが……エクリプスの封印……」
エルンが息を呑んでつぶやいた。
神々しくもあり、同時に痛々しい光景だった。
『光の賢者アウレリウスが自らの魂を編み込んで作り上げたとされる最強の封印術式だ』
カイランの声が俺の脳裏にだけ響く。
俺たちは警戒しながらゆっくりと封印へと近づいた。
「……カイン、見て」
ルナが震える指で光の鎖の一角を指差した。
見ると、幾重にも重なる鎖のうち、数本は光が弱々しく明滅し、そのうちの一本は……完全に光を失い、黒い石のように変質していた。
「封印が……弱まっているのか?」
俺が腕の『賢者の印』に魔力を込め、封印の状態を読み取ろうと試みる。断片的な情報が俺の意識に流れ込んできた。
――封印の劣化……限界……近い……
――内なる影……増大……
――理の崩壊……兆候……
「まずいな。封印は俺たちが思っている以上に限界が近い。これじゃあ、いつ弾け飛んでも……」
俺が言いかけた、その時だった。
その言葉を証明するかのように、目の前で光の弱まっていた鎖の一本が、音もなく、パキンと砕け散った。
瞬間、封印された古木の根元から、おぞましい気配が波動となって溢れ出す。
「な、なに……!?」
ルナがその場にへたり込む。
砕けた鎖の根元から、どす黒い霧が噴き出した。それは蠢めき、意思を持つように形を成していく。やがて、鋭い爪と牙を持つ、影そのものでできた獣の姿となった。
記録にはない異形。だが、その全身から放たれる殺気だけは本物だった。
「正体は分からんが……やるしかない!」
レオナルドが叫び、即座に短剣を構えて前へ出る。
封印は今まさに俺たちの目の前で崩壊を始めていた。
それは予想より、あまりにも早く――。
大地が巨大な爪で抉り取られたような大穴。その底は暗闇に閉ざされて見えないが、闇の奥底から一本の「巨木」が天に向かって伸びていた。
いや、それは木ではないのかもしれない。全体が灰色の石のように変質し、枝葉のすべてが枯れ果てた化石のような大樹。それが、裂け目の底から生え、俺たちの立つ崖の高さまで届いているのだ。
「……あれが、エクリプスを封じた『楔(くさび)』か」
俺がつぶやくと、レオナルドが険しい顔でうなずいた。
「ああ。あの木の根元……裂け目の最深部に封印の核があるはずだ。行くぞ」
俺たちは崖の斜面にある、かろうじて道と呼べる獣道を下り始めた。
一歩足を踏み入れた瞬間、世界から音が消えた。
先ほどまで耳に届いていた風の音や、自分の心臓の鼓動さえもが、フツリと途絶える。俺たちの足音が地面を削る音さえ、どこか遠くに吸い込まれていくようだった。
「……空気が無いみたい」
ルナが自分の口元を押さえながらつぶやいた。息はできる。だが、音を伝える媒体であるべき空気が、その役割を放棄しているかのようだった。
「エルン、大丈夫か?」
「ええ……なんとか。でも、精霊との繋がりがひどく弱まっています。声はかろうじて聞こえるけれど、まるで分厚い嵐の向こうから叫んでいるようで……。ここで魔法を安定させるのは至難の業です」
エルンの表情にも焦りの色が濃く浮かんでいた。
裂け目の底へ下りる道は途中から崩落して途切れていた。
だが、この場所特有の重力異常が、皮肉にも俺たちの助けとなった。かつての大崩落で砕けた岩盤が落下せずに中空に静止し、まるで螺旋階段のように底へと続いているのだ。
「ロープを渡す。浮き石は不安定だ。俺の合図があるまで体重をかけるな」
レオナルドが慣れた手つきで岩から岩へと綱を投げ、俺たちの進む道を確保していく。彼の冷静な判断と卓越した身体能力がなければ、この時点で俺たちは進むことすらままならなかっただろう。
俺も仲間を支えるために魔力を慎重に練り上げるが、精霊の力を借りられない今、魔法の発動は純粋な魔力制御能力を試される綱渡りのような作業だった。
***
どれほどの時間をかけて下っただろうか。
上を見上げれば、空は遠く、切り取られた円形の青空が小さくなっていた。
底に近づくにつれ、巨大な古木の幹が壁のように俺たちの視界を覆い尽くしていく。
そしてついに、俺たちは裂け目の底、古木の根元にたどり着いた。
そこは、黒い水晶のように滑らかな岩盤がどこまでも広がる、広大な空洞だった。
そして、その中心。巨木の根が複雑に絡み合う場所に『それ』はあった。
根の隙間を縫うように幾重にも黄金の光の鎖が巻き付き、何かを封じ込めている。鎖はゆっくりと、しかし苦しげに脈動し、かろうじて内なる何かを抑え込んでいた。
「あれが……エクリプスの封印……」
エルンが息を呑んでつぶやいた。
神々しくもあり、同時に痛々しい光景だった。
『光の賢者アウレリウスが自らの魂を編み込んで作り上げたとされる最強の封印術式だ』
カイランの声が俺の脳裏にだけ響く。
俺たちは警戒しながらゆっくりと封印へと近づいた。
「……カイン、見て」
ルナが震える指で光の鎖の一角を指差した。
見ると、幾重にも重なる鎖のうち、数本は光が弱々しく明滅し、そのうちの一本は……完全に光を失い、黒い石のように変質していた。
「封印が……弱まっているのか?」
俺が腕の『賢者の印』に魔力を込め、封印の状態を読み取ろうと試みる。断片的な情報が俺の意識に流れ込んできた。
――封印の劣化……限界……近い……
――内なる影……増大……
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俺が言いかけた、その時だった。
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瞬間、封印された古木の根元から、おぞましい気配が波動となって溢れ出す。
「な、なに……!?」
ルナがその場にへたり込む。
砕けた鎖の根元から、どす黒い霧が噴き出した。それは蠢めき、意思を持つように形を成していく。やがて、鋭い爪と牙を持つ、影そのものでできた獣の姿となった。
記録にはない異形。だが、その全身から放たれる殺気だけは本物だった。
「正体は分からんが……やるしかない!」
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