167 / 330
第九章 光と闇を抱いて
第167話 生きるための戦い
俺は森の奥にある古い石碑の前に一人、立っていた。
かつてリゼリアが「理の歪み」について語ってくれた、あの場所だ。
風が木々の葉を揺らす音だけが静かに響いている。
もう決めたのだ。俺が死ねば全てが終わる。
仲間を生贄に差し出すという、人として、賢者として、決して犯してはならない罪から逃れられる。
エルンも、ルナも、この森も守られる。それが唯一の、そして最も合理的な答えのはずだった。
俺のような異邦人が最後にこの世界のためにできる、たった一つの正しいことだ。
そう自分に言い聞かせていた。心を殺し、感情を捨て、ただの結論として、死を受け入れようとしていた。
「……こんな所にいたのか」
背後から聞こえたのはレオナルドの低い声だった。
振り返ると、そこには彼だけでなく、エルンとルナも立っていた。
三人の目は真っ直ぐに俺を射抜いている。
「……一人にしてくれ。もう話すことはない」
俺は背を向けたまま、冷たく言い放った。だが、誰もその場を動こうとしない。
最初に沈黙を破ったのはルナだった。その声は涙と怒りで震えていた。
「……バカ! カインのバカ!」
彼女は俺の背中に駆け寄り、その小さな拳で何度も叩いた。
「勝手に決めないでよ! カインがいなくなって、それでみんなが幸せになるなんて、そんなの間違ってる! ルナは嫌だ! 昔みたいに、また一人になるのはもう嫌なの!」
彼女の悲痛な叫びが俺の心の壁にひびを入れる。あの日、悪夢の中で孤独に震えていた彼女を俺は確かに救ったはずだった。なのに、今度は俺が彼女を一人にしようとしている。
「ルナ……」
「黙って!」
ルナの叫びに今度はレオナルドが重々しく口を開いた。
「みっともないぞ、カイン。ヴァルディスを討ち、グロムを退けた男が、戦いもせずに死を選ぶのか。それは、お前がこれまで打ち破ってきた全ての敵に対する侮辱だ。そして、お前と共に戦った我々への裏切りでもある」
彼の言葉は剣のように鋭く、俺の覚悟の脆さをえぐり出した。
「賢者としての責任? 違うな。それはただの自己満足だ。死んで責任が取れるなどと考えるのは臆病者のすることだぞ」
「……じゃあ、どうしろって言うんだ!」
俺はたまらず叫んだ。
「お前たちを、この手で生贄に差し出せとでも言うのか!?」
「そうは言っていません」
静かだが芯の通った声。エルンだった。彼女はゆっくりと俺の前に回り込み、俺の目を見据えた。
「あなたは私に教えてくれました。過去に囚われるのではなく、今を生きるべきだと。カイラン様の幻影を追っていた私をあなたは現実に引き戻してくれた」
彼女は一歩、俺に近づく。
「なのに、今のあなたはどうです? 起こりうる最悪の未来だけを見て、生きることを諦めている。それはあなたがかつて否定した、弱い心そのものではありませんか」
エルンの言葉が、深く、深く突き刺さる。
「私は……あなたに救われた。だから今度は私があなたを救う番です。あなたがもし死を選ぶというのなら、それはあなた自身を捨てるだけではない。私たちを、あなたが与えてくれた希望を、すべて見捨てることと同じです」
彼女は震える手で俺の腕を掴んだ。
「お願いです、カイン。自分を否定しないで。私たちはあなたに生きていてほしい」
ルナの涙。レオナルドの叱咤。そして、エルンの祈り。
仲間たちの想いが、濁流のように俺の中に流れ込んでくる。
死を受け入れるという、冷たく乾いたはずの決意が、ぐちゃぐちゃに掻き乱されていく。
合理的? 正しいこと?
違う。俺がやろうとしていたのは、ただの逃避だ。
仲間たちの心から、その想いから、目を背けて逃げ出すだけの卑怯な行いだ。
「……俺は……」
言葉が続かなかった。
「俺は……どうすればいいんだ……」
絞り出した声は無職だったあの頃のように、ひどく情けなく震えていた。
俺はその場に膝から崩れ落ち、顔を覆った。
仲間たちが、そんな俺を静かに、しかし力強く囲んでいた。
まだ答えは見えない。
だが、死を選ぶという選択肢は、もう俺の中にはなかった。
彼らがそれを許してはくれなかったからだ。
かつてリゼリアが「理の歪み」について語ってくれた、あの場所だ。
風が木々の葉を揺らす音だけが静かに響いている。
もう決めたのだ。俺が死ねば全てが終わる。
仲間を生贄に差し出すという、人として、賢者として、決して犯してはならない罪から逃れられる。
エルンも、ルナも、この森も守られる。それが唯一の、そして最も合理的な答えのはずだった。
俺のような異邦人が最後にこの世界のためにできる、たった一つの正しいことだ。
そう自分に言い聞かせていた。心を殺し、感情を捨て、ただの結論として、死を受け入れようとしていた。
「……こんな所にいたのか」
背後から聞こえたのはレオナルドの低い声だった。
振り返ると、そこには彼だけでなく、エルンとルナも立っていた。
三人の目は真っ直ぐに俺を射抜いている。
「……一人にしてくれ。もう話すことはない」
俺は背を向けたまま、冷たく言い放った。だが、誰もその場を動こうとしない。
最初に沈黙を破ったのはルナだった。その声は涙と怒りで震えていた。
「……バカ! カインのバカ!」
彼女は俺の背中に駆け寄り、その小さな拳で何度も叩いた。
「勝手に決めないでよ! カインがいなくなって、それでみんなが幸せになるなんて、そんなの間違ってる! ルナは嫌だ! 昔みたいに、また一人になるのはもう嫌なの!」
彼女の悲痛な叫びが俺の心の壁にひびを入れる。あの日、悪夢の中で孤独に震えていた彼女を俺は確かに救ったはずだった。なのに、今度は俺が彼女を一人にしようとしている。
「ルナ……」
「黙って!」
ルナの叫びに今度はレオナルドが重々しく口を開いた。
「みっともないぞ、カイン。ヴァルディスを討ち、グロムを退けた男が、戦いもせずに死を選ぶのか。それは、お前がこれまで打ち破ってきた全ての敵に対する侮辱だ。そして、お前と共に戦った我々への裏切りでもある」
彼の言葉は剣のように鋭く、俺の覚悟の脆さをえぐり出した。
「賢者としての責任? 違うな。それはただの自己満足だ。死んで責任が取れるなどと考えるのは臆病者のすることだぞ」
「……じゃあ、どうしろって言うんだ!」
俺はたまらず叫んだ。
「お前たちを、この手で生贄に差し出せとでも言うのか!?」
「そうは言っていません」
静かだが芯の通った声。エルンだった。彼女はゆっくりと俺の前に回り込み、俺の目を見据えた。
「あなたは私に教えてくれました。過去に囚われるのではなく、今を生きるべきだと。カイラン様の幻影を追っていた私をあなたは現実に引き戻してくれた」
彼女は一歩、俺に近づく。
「なのに、今のあなたはどうです? 起こりうる最悪の未来だけを見て、生きることを諦めている。それはあなたがかつて否定した、弱い心そのものではありませんか」
エルンの言葉が、深く、深く突き刺さる。
「私は……あなたに救われた。だから今度は私があなたを救う番です。あなたがもし死を選ぶというのなら、それはあなた自身を捨てるだけではない。私たちを、あなたが与えてくれた希望を、すべて見捨てることと同じです」
彼女は震える手で俺の腕を掴んだ。
「お願いです、カイン。自分を否定しないで。私たちはあなたに生きていてほしい」
ルナの涙。レオナルドの叱咤。そして、エルンの祈り。
仲間たちの想いが、濁流のように俺の中に流れ込んでくる。
死を受け入れるという、冷たく乾いたはずの決意が、ぐちゃぐちゃに掻き乱されていく。
合理的? 正しいこと?
違う。俺がやろうとしていたのは、ただの逃避だ。
仲間たちの心から、その想いから、目を背けて逃げ出すだけの卑怯な行いだ。
「……俺は……」
言葉が続かなかった。
「俺は……どうすればいいんだ……」
絞り出した声は無職だったあの頃のように、ひどく情けなく震えていた。
俺はその場に膝から崩れ落ち、顔を覆った。
仲間たちが、そんな俺を静かに、しかし力強く囲んでいた。
まだ答えは見えない。
だが、死を選ぶという選択肢は、もう俺の中にはなかった。
彼らがそれを許してはくれなかったからだ。
あなたにおすすめの小説
最弱スキルも9999個集まれば最強だよね(完結)
排他的経済水域
ファンタジー
12歳の誕生日
冒険者になる事が憧れのケインは、教会にて
スキル適性値とオリジナルスキルが告げられる
強いスキルを望むケインであったが、
スキル適性値はG
オリジナルスキルも『スキル重複』というよくわからない物
友人からも家族からも馬鹿にされ、
尚最強の冒険者になる事をあきらめないケイン
そんなある日、
『スキル重複』の本来の効果を知る事となる。
その効果とは、
同じスキルを2つ以上持つ事ができ、
同系統の効果のスキルは効果が重複するという
恐ろしい物であった。
このスキルをもって、ケインの下剋上は今始まる。
HOTランキング 1位!(2023年2月21日)
ファンタジー24hポイントランキング 3位!(2023年2月21日)
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す
紅月シン
ファンタジー
七歳の誕生日を迎えたその日に、レオン・ハーヴェイの全ては一変することになった。
才能限界0。
それが、その日レオンという少年に下されたその身の価値であった。
レベルが存在するその世界で、才能限界とはレベルの成長限界を意味する。
つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。
だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。
その結果として実家の公爵家を追放されたことも。
同日に前世の記憶を思い出したことも。
一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。
その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。
スキル。
そして、自らのスキルである限界突破。
やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。
※小説家になろう様にも投稿しています
異世界転生したおっさんが普通に生きる
カジキカジキ
ファンタジー
第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位
応援頂きありがとうございました!
異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界
主人公のゴウは異世界転生した元冒険者
引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。
知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?
侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】
のびすけ。
ファンタジー
気づけば侯爵家の三男として異世界に転生していた元プログラマー。
そこはどこか懐かしく、けれど想像以上に自由で――ちょっとだけ危険な世界。
幼い頃、命の危機をきっかけに前世の記憶が蘇り、
“とっておき”のチートで人生を再起動。
剣も魔法も、知識も商才も、全てを武器に少年は静かに準備を進めていく。
そして12歳。ついに彼は“新たなステージ”へと歩み出す。
これは、理想を形にするために動き出した少年の、
少し不思議で、ちょっとだけチートな異世界物語――その始まり。
【なろう掲載】
称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~
しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」
病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?!
女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。
そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!?
そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?!
しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。
異世界転生の王道を行く最強無双劇!!!
ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!!
小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!