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第九章 光と闇を抱いて
第175話 光と闇を抱いて
エルドレアの葬儀が終わり、森に新たな、しかしどこか物悲しい静けさが戻ってから、数日が過ぎた。
長老会はレオナルドとミラネが中心となって再編され、森の秩序はかろうじて保たれている。だが、俺の心は晴れなかった。
賢者の住居の縁側に座り、俺はただ、流れる雲を眺めていた。
エルドレアの死。カイランの沈黙。そして、俺の内に宿る、この冷たい闇の力。そのすべてが、見えない鎖となって俺をこの場所に縛り付けているようだった。
森の民は俺を英雄として、賢者として敬ってくれる。だが、その優しさや尊敬が今は針のように突き刺さる。俺にその資格などない。
「カイン様」
静かな声に顔を上げると、ミラネがそこに立っていた。その後ろにはエルンとルナ、そしてレオナルドもいる。全員が、どこか意を決したような顔をしていた。
「あなたの心が、ここにないことは皆が感じています」
ミラネは俺の隣に静かに腰を下ろした。
「このままではあなたご自身がエルドレア様の死という名の檻に囚われてしまいます。……それはきっと、あの方が望んだことではないはずです」
「……わかっている」
俺は力なく答えた。
「だが、どうすればいいのか俺にはもう……」
「旅に出ましょう」
言葉を継いだのはエルンだった。
「外の世界へ出て新たな目的を見つけるの。あなたが背負った、その闇の力の意味と使い方を知るために。そして……」
彼女は俺の目をまっすぐに見つめた。
「カイラン様が最後に懸念されていた『混沌』の正体を探ること。それこそがエルドレア様の遺志に応え、賢者として森の未来を守る新たな道よ」
仲間たちの言葉が澱んでいた俺の心に一筋の光を差した。
そうだ。ここに留まり、罪悪感に苛まれているだけでは何も生まれない。エルドレアも、カイランも、そんなことを望んではいないはずだ。
俺がすべきことは前へ進むこと。彼らが託してくれた未来をこの手で切り拓くことだ。
「……ああ。そうだな」
俺はゆっくりと立ち上がり、仲間たちの顔を見回した。
「俺は行くよ。この力の意味を、そして、この世界のざわめきの正体を見つけに」
その言葉にエルンとルナの顔に安堵の微笑みが広がった。
「ええ、どこまでもお供します」
「ルナも行く! 決まりだね!」
すると、これまで黙って成り行きを見守っていたレオナルドが一歩前に出た。
「その旅、俺も同行させてもらう」
「レオナルド……?」
「戦士の居場所は戦いの最前線だ。お前が『混沌』という未知の敵を追うのであれば、そこが新たな戦場になる。それに……」
彼は少しだけ視線を逸らし、ぶっきらぼうに言った。
「お前一人の背中にエルドレア様の死と森の未来、その両方を背負わせるわけにはいかんだろう。俺も半分くらいは持ってやる」
それは彼なりの不器用な、しかし確かな友情の言葉だった。
出発の朝。森の入り口にはミラネが見送りに来てくれた。彼女は俺たちの不在の間、信仰派のリーダーとして、そして新たな長老会の中心として、この森を牽引していく覚悟を決めていた。
「カイン様、森のことは私にお任せください。あなた様の信じる道を私たちがここから支えます。いつでもお戻りください。ここがあなた様の帰る場所ですから」
ミラネの瞳には揺るぎない信頼が宿っていた。
俺と、エルン、ルナ、そしてレオナルド。
カズエルとセリスは王都で、それぞれの道を歩み始めている。俺たちもまた、ここから新たな旅に出る。
俺は一度だけ、緑深い森を振り返った。
エルドレア、カイラン……。あんたたちの想い、無駄にはしない。
「行こう」
俺の言葉に三人の仲間たちが力強くうなずく。
俺たちは地平線の先へと続く、まだ見ぬ道へと歩き出した。
光と、そしてエルドレアの魂と引き換えに得た闇を、その身に抱いて。
賢者カインの本当の旅が、今、ここから始まる。
第九章・完
長老会はレオナルドとミラネが中心となって再編され、森の秩序はかろうじて保たれている。だが、俺の心は晴れなかった。
賢者の住居の縁側に座り、俺はただ、流れる雲を眺めていた。
エルドレアの死。カイランの沈黙。そして、俺の内に宿る、この冷たい闇の力。そのすべてが、見えない鎖となって俺をこの場所に縛り付けているようだった。
森の民は俺を英雄として、賢者として敬ってくれる。だが、その優しさや尊敬が今は針のように突き刺さる。俺にその資格などない。
「カイン様」
静かな声に顔を上げると、ミラネがそこに立っていた。その後ろにはエルンとルナ、そしてレオナルドもいる。全員が、どこか意を決したような顔をしていた。
「あなたの心が、ここにないことは皆が感じています」
ミラネは俺の隣に静かに腰を下ろした。
「このままではあなたご自身がエルドレア様の死という名の檻に囚われてしまいます。……それはきっと、あの方が望んだことではないはずです」
「……わかっている」
俺は力なく答えた。
「だが、どうすればいいのか俺にはもう……」
「旅に出ましょう」
言葉を継いだのはエルンだった。
「外の世界へ出て新たな目的を見つけるの。あなたが背負った、その闇の力の意味と使い方を知るために。そして……」
彼女は俺の目をまっすぐに見つめた。
「カイラン様が最後に懸念されていた『混沌』の正体を探ること。それこそがエルドレア様の遺志に応え、賢者として森の未来を守る新たな道よ」
仲間たちの言葉が澱んでいた俺の心に一筋の光を差した。
そうだ。ここに留まり、罪悪感に苛まれているだけでは何も生まれない。エルドレアも、カイランも、そんなことを望んではいないはずだ。
俺がすべきことは前へ進むこと。彼らが託してくれた未来をこの手で切り拓くことだ。
「……ああ。そうだな」
俺はゆっくりと立ち上がり、仲間たちの顔を見回した。
「俺は行くよ。この力の意味を、そして、この世界のざわめきの正体を見つけに」
その言葉にエルンとルナの顔に安堵の微笑みが広がった。
「ええ、どこまでもお供します」
「ルナも行く! 決まりだね!」
すると、これまで黙って成り行きを見守っていたレオナルドが一歩前に出た。
「その旅、俺も同行させてもらう」
「レオナルド……?」
「戦士の居場所は戦いの最前線だ。お前が『混沌』という未知の敵を追うのであれば、そこが新たな戦場になる。それに……」
彼は少しだけ視線を逸らし、ぶっきらぼうに言った。
「お前一人の背中にエルドレア様の死と森の未来、その両方を背負わせるわけにはいかんだろう。俺も半分くらいは持ってやる」
それは彼なりの不器用な、しかし確かな友情の言葉だった。
出発の朝。森の入り口にはミラネが見送りに来てくれた。彼女は俺たちの不在の間、信仰派のリーダーとして、そして新たな長老会の中心として、この森を牽引していく覚悟を決めていた。
「カイン様、森のことは私にお任せください。あなた様の信じる道を私たちがここから支えます。いつでもお戻りください。ここがあなた様の帰る場所ですから」
ミラネの瞳には揺るぎない信頼が宿っていた。
俺と、エルン、ルナ、そしてレオナルド。
カズエルとセリスは王都で、それぞれの道を歩み始めている。俺たちもまた、ここから新たな旅に出る。
俺は一度だけ、緑深い森を振り返った。
エルドレア、カイラン……。あんたたちの想い、無駄にはしない。
「行こう」
俺の言葉に三人の仲間たちが力強くうなずく。
俺たちは地平線の先へと続く、まだ見ぬ道へと歩き出した。
光と、そしてエルドレアの魂と引き換えに得た闇を、その身に抱いて。
賢者カインの本当の旅が、今、ここから始まる。
第九章・完
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