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第十章 混沌の呼び声
第179話 三つの領地の答え
レオナルドの双剣が完成してから、さらに数日が過ぎた。
俺たちはドワーフ王から提供された家を拠点にしてギルドからの報告を待っていた。
レオナルドは中庭で新たな二対の牙の感触を確かめるように、流れるような剣舞を繰り返している。その動きは以前よりも明らかに速く、そして鋭かった。
俺はその様子を眺めながら、自らの内にある静かな闇と、沈黙したままのカイランの気配を探る。だが、そこには何の反応もなかった。まるで、嵐の前の静けさのように。
昼過ぎ、ギルドマスター代理のドランが険しい顔で俺たちの家を訪れた。
「カイン殿、待たせたな。依頼のあった『混沌』についての調査結果が出た」
俺たちはテーブルを囲んで彼の報告に耳を傾けた。
「結論から言おう。……何も見つからなかった」
「……何もない、だと?」
思わず聞き返した俺にドランは重々しくうなずいた。
「ああ。ギルドの記録、各地の支部からの報告、山脈の巡回部隊からの情報、その全てを精査した。だが貴殿が言うような精霊の不活性化や魔力の淀みといった不可解な現象は、このドワーフ領のどこでも確認されておらん。むしろ腹が立つほどに平穏そのものだ」
その報告は俺たちの期待を打ち砕くものだった。
「そんな、はずは……」
エルンが信じられないといったようにつぶやく。俺たちの仮説では、『混沌』は世界全体に広がる現象のはずだった。
「手がかりなしか……」
レオナルドが壁に立てかけていた双剣を手に取り、静かに言った。
調査は完全な行き詰まりを見せた。俺たちが追っていたはずの『混沌』という敵は、まるで幻だったかのように、その尻尾すら掴ませてはくれなかった。
ドランが肩を落として帰って行った、その直後だった。
窓辺に止まっていた一羽の小鳥が、高く澄んだ声で鳴いた。エルンがそれに気づき、窓を開けてその小鳥を優しく手の中に招き入れる。
「……カイン! 王都のセリスからです!」
エルンが小鳥の足に結ばれた小さな羊皮紙を解き、そこに記された文字を読み上げる。それはカズエルからの緊急報告をセリスが書き写して送ってきたものだった。
『カインへ。お前の知らせにあった「混沌」の件、こちらで独自の調査を進めていたところ、奇妙な事実に行き当たった。俺なりの閃きで、国王暗殺の罪で幽閉されている第一王子アーレストを、特別な許可を得て調査させてもらった。結果――彼の魂の深層に、微弱だが、極めて高度な精神干渉の痕跡を発見した』
「……精神干渉?」
俺は息を呑んだ。第一王子が誰かに操られていたというのか?
エルンは手紙の続きを読む。
『これはただの洗脳とは違う。対象者の不安や猜疑心を増幅させ、自らの意思で誤った判断を下すように仕向ける、非常に悪質な術式だ。おそらく彼が父王を暗殺し、強硬な政策を進めたのも、その影響だろう。エルフの森のヴィンドールも、あるいは同じ術中にはまってたりしないだろうか』
カズエルの仮説は衝撃的だった。
「つまり、『混沌』の正体は魔力の異常現象などではない……?」
レオナルドが低い声でつぶやく。
「誰かが各国の要人を影から操り、国同士を争わせ、世界全体を意図的に『ざわつかせている』……。それが友からの仮説だ」
俺は点と点が繋がっていくのを感じていた。エルフの森の内部対立。ロルディア王国の内乱。その裏には常に人の心を操る見えない『混沌の使徒』がいた。
「エルフの森、人間の王国、そしてこのドワーフの都……。どの国も内側から見れば安定しているように見える。敵はその安定そのものを利用して影で糸を引いているんだ」
俺は広間に置かれた地図の前に立った。エルフ領、人間領、ドワーフ領。その三国に敵の直接的な痕跡はない。
ならば答えを探すべき場所は、もう一つしか残されていなかった。
俺は地図の南東、ほとんど何も描かれていない広大な空白地帯を指でなぞった。そこは闇と火の精霊の影響が強いとされ、魔族が蠢く未知の領域だ 。
「……魔族領だ」
その言葉に仲間たちが息を呑む。
「文明圏の外、我々の知らない理で動く場所。そこにこそ、この『混沌』の正体を知る、何かがいるのかもしれない」
調査は行き詰まったかに見えた。だが、友からもたらされた一つの情報が俺たちに新たな、そして最も危険な道筋を指し示していた。
俺は仲間たちの顔を見回し、力強く言った。
「行ってみようと思う。魔族領へ」
俺たちはドワーフ王から提供された家を拠点にしてギルドからの報告を待っていた。
レオナルドは中庭で新たな二対の牙の感触を確かめるように、流れるような剣舞を繰り返している。その動きは以前よりも明らかに速く、そして鋭かった。
俺はその様子を眺めながら、自らの内にある静かな闇と、沈黙したままのカイランの気配を探る。だが、そこには何の反応もなかった。まるで、嵐の前の静けさのように。
昼過ぎ、ギルドマスター代理のドランが険しい顔で俺たちの家を訪れた。
「カイン殿、待たせたな。依頼のあった『混沌』についての調査結果が出た」
俺たちはテーブルを囲んで彼の報告に耳を傾けた。
「結論から言おう。……何も見つからなかった」
「……何もない、だと?」
思わず聞き返した俺にドランは重々しくうなずいた。
「ああ。ギルドの記録、各地の支部からの報告、山脈の巡回部隊からの情報、その全てを精査した。だが貴殿が言うような精霊の不活性化や魔力の淀みといった不可解な現象は、このドワーフ領のどこでも確認されておらん。むしろ腹が立つほどに平穏そのものだ」
その報告は俺たちの期待を打ち砕くものだった。
「そんな、はずは……」
エルンが信じられないといったようにつぶやく。俺たちの仮説では、『混沌』は世界全体に広がる現象のはずだった。
「手がかりなしか……」
レオナルドが壁に立てかけていた双剣を手に取り、静かに言った。
調査は完全な行き詰まりを見せた。俺たちが追っていたはずの『混沌』という敵は、まるで幻だったかのように、その尻尾すら掴ませてはくれなかった。
ドランが肩を落として帰って行った、その直後だった。
窓辺に止まっていた一羽の小鳥が、高く澄んだ声で鳴いた。エルンがそれに気づき、窓を開けてその小鳥を優しく手の中に招き入れる。
「……カイン! 王都のセリスからです!」
エルンが小鳥の足に結ばれた小さな羊皮紙を解き、そこに記された文字を読み上げる。それはカズエルからの緊急報告をセリスが書き写して送ってきたものだった。
『カインへ。お前の知らせにあった「混沌」の件、こちらで独自の調査を進めていたところ、奇妙な事実に行き当たった。俺なりの閃きで、国王暗殺の罪で幽閉されている第一王子アーレストを、特別な許可を得て調査させてもらった。結果――彼の魂の深層に、微弱だが、極めて高度な精神干渉の痕跡を発見した』
「……精神干渉?」
俺は息を呑んだ。第一王子が誰かに操られていたというのか?
エルンは手紙の続きを読む。
『これはただの洗脳とは違う。対象者の不安や猜疑心を増幅させ、自らの意思で誤った判断を下すように仕向ける、非常に悪質な術式だ。おそらく彼が父王を暗殺し、強硬な政策を進めたのも、その影響だろう。エルフの森のヴィンドールも、あるいは同じ術中にはまってたりしないだろうか』
カズエルの仮説は衝撃的だった。
「つまり、『混沌』の正体は魔力の異常現象などではない……?」
レオナルドが低い声でつぶやく。
「誰かが各国の要人を影から操り、国同士を争わせ、世界全体を意図的に『ざわつかせている』……。それが友からの仮説だ」
俺は点と点が繋がっていくのを感じていた。エルフの森の内部対立。ロルディア王国の内乱。その裏には常に人の心を操る見えない『混沌の使徒』がいた。
「エルフの森、人間の王国、そしてこのドワーフの都……。どの国も内側から見れば安定しているように見える。敵はその安定そのものを利用して影で糸を引いているんだ」
俺は広間に置かれた地図の前に立った。エルフ領、人間領、ドワーフ領。その三国に敵の直接的な痕跡はない。
ならば答えを探すべき場所は、もう一つしか残されていなかった。
俺は地図の南東、ほとんど何も描かれていない広大な空白地帯を指でなぞった。そこは闇と火の精霊の影響が強いとされ、魔族が蠢く未知の領域だ 。
「……魔族領だ」
その言葉に仲間たちが息を呑む。
「文明圏の外、我々の知らない理で動く場所。そこにこそ、この『混沌』の正体を知る、何かがいるのかもしれない」
調査は行き詰まったかに見えた。だが、友からもたらされた一つの情報が俺たちに新たな、そして最も危険な道筋を指し示していた。
俺は仲間たちの顔を見回し、力強く言った。
「行ってみようと思う。魔族領へ」
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