50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく

かわさきはっく

文字の大きさ
184 / 330
第十章 混沌の呼び声

第184話 歪んだ願いの魔術師

 魔族の老師との対話で、俺たちはこの谷の悲劇が魔族本来の性質とは相容れない『喧騒けんそう』に起因することを知った。だが、その『喧騒けんそう』を誰が、どのようにして引き起こしているのか。その核心に迫るには、さらなる情報が必要だった。

 俺たちは再び、争いの絶えない谷の中心部へと足を進めた。そこで、ひときわ激しい戦闘が繰り広げられている一画から少し離れた場所に、崩れかけた古い塔が建っているのに気づいた。

「あそこ……老師のいた祈りの場とは違う。だが、争いの輪からは外れているな」

 レオナルドが鋭い目で塔を指し示す。

「うん、変な感じ。静かだけど、さっきの老師様みたいに澄んだ感じじゃない。なんか、空気がねじくれてるみたい」

 ルナの言葉に俺たちは顔を見合わせた。意を決し、その塔へと向かう。

 塔の内部は雑然としていた。床には読みかけの魔導書が散らばり、壁には意味の分からない術式がいくつも描きなぐられている。そして、最上階の窓辺に一人の若い魔族の男が座っていた。彼は窓の外で繰り広げられる同族同士の殺し合いを、まるで面白い芝居でも眺めるかのように片肘をついて見下ろしている。

「……何の用だ? 正義の味方ごっこにしちゃ、来るのが遅かったじゃないか」

 男は俺たちを振り返りもせずに皮肉のこもった声で言った。
 彼の声音こわねには諦めと、この世の全てをあざけるかのような冷たさがにじんでいた。

「お前はこの争いの原因を知っているのか?」

 俺が問うと、男は初めてこちらを振り向き、ふっと鼻で笑った。

「原因? 原因なんてそこら中に転がってるさ。隣の奴の食い物が自分より多いことへの『ねたみ』。自分より強い奴への『嫉妬しっと』。かつて自分を侮辱した相手への『恨み』。……こいつらはただ、心の中のささやかな願いを叶えているだけだ」

 その言葉にエルンが反論する。

「ですが、それは負の感情です! そのようなものを肯定すれば世界は破滅へ向かうだけです!」

「破滅? それは光の精霊に仕えるお前たちの理屈だろう」

 男――魔術師は立ち上がると俺たちに近づいてきた。

「我らが信じる闇のことわりは違う。恨みも、ねたみも、そねみも、すべては『こうありたい』『こうしてやりたい』という純粋で力強い『願い』だ。闇の精霊はその願いの清濁せいだくを問わぬ。生あるものが抱く当然の感情として肯定し、その成就に力を貸す」 

 その哲学は老師が語った『静寂』とは、まるで対極にあるように思えた。だが、どちらも『闇のことわり』なのだと俺は直感的に理解した。静寂による救済と、願いの成就による肯定。闇とは、光のように一つの方向を照らすのではなく、あらゆる可能性を内包する、深淵しんえんそのものなのかもしれない。

「じゃあ、この谷の争いは……みんなの『願い』が叶った結果だって言うの?」

 ルナが信じられないというように問う。

「そうだ。もっとも、少しばかり『増幅』されてはいるがな」

 魔術師は窓の外を指差した。争いの中心で、ひときわ凶暴に暴れ回る二人の魔族がいる。

「あの二人が、この『熱病』の発生源だ。奴らが心に秘めていた、ちっぽけな憎悪や嫉妬を何者かが極限まで増幅させた。その結果、周囲の者たちも、その狂気に当てられて、自らの『願い』を暴走させている。……今のこの谷は巨大な『願いの成就装置』ってわけさ」

 彼の説明に俺は自分の内なる闇の力を思った。この闇の力は『願い』に応えるものなのかもしれない。だとしたら、その制御を誤れば俺もまた……。

「……お前はそれをただ、眺めているだけか?」

 レオナルドが静かに問うた。

「ああ。俺の願いは『平穏な研究生活』だけだ。面倒はごめんだからな。だが……」

 魔術師はにやりと口の端を吊り上げた。

「お前たちが、あの『増幅された願い』の主である、谷一番の愚か者二人を黙らせてくれるというなら話は別だ。そうすれば、俺の望む『静寂』も、少しは早く戻ってくるだろうからな」

 彼は争いの中心にいる二人の魔族の居場所と、その特徴を驚くほど正確に俺たちに教えた。
 それは彼なりの『願いの成就』への協力なのかもしれない。
 俺たちは魔族という種の、そして闇という力の、あまりにも複雑な在り方に言葉を失いながら、次の戦いの舞台へと向かう覚悟を決めた。
感想 0

あなたにおすすめの小説

最弱スキルも9999個集まれば最強だよね(完結)

排他的経済水域
ファンタジー
12歳の誕生日 冒険者になる事が憧れのケインは、教会にて スキル適性値とオリジナルスキルが告げられる 強いスキルを望むケインであったが、 スキル適性値はG オリジナルスキルも『スキル重複』というよくわからない物 友人からも家族からも馬鹿にされ、 尚最強の冒険者になる事をあきらめないケイン そんなある日、 『スキル重複』の本来の効果を知る事となる。 その効果とは、 同じスキルを2つ以上持つ事ができ、 同系統の効果のスキルは効果が重複するという 恐ろしい物であった。 このスキルをもって、ケインの下剋上は今始まる。      HOTランキング 1位!(2023年2月21日) ファンタジー24hポイントランキング 3位!(2023年2月21日)

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。

久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。 事故は、予想外に起こる。 そして、異世界転移? 転生も。 気がつけば、見たことのない森。 「おーい」 と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。 その時どう行動するのか。 また、その先は……。 初期は、サバイバル。 その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。 有名になって、王都へ。 日本人の常識で突き進む。 そんな感じで、進みます。 ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。 異世界側では、少し非常識かもしれない。 面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す

紅月シン
ファンタジー
 七歳の誕生日を迎えたその日に、レオン・ハーヴェイの全ては一変することになった。  才能限界0。  それが、その日レオンという少年に下されたその身の価値であった。  レベルが存在するその世界で、才能限界とはレベルの成長限界を意味する。  つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。  だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。  その結果として実家の公爵家を追放されたことも。  同日に前世の記憶を思い出したことも。  一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。  その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。  スキル。  そして、自らのスキルである限界突破。  やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。 ※小説家になろう様にも投稿しています

異世界転生したおっさんが普通に生きる

カジキカジキ
ファンタジー
 第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位 応援頂きありがとうございました!  異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界  主人公のゴウは異世界転生した元冒険者  引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。  知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?

侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】

のびすけ。
ファンタジー
気づけば侯爵家の三男として異世界に転生していた元プログラマー。 そこはどこか懐かしく、けれど想像以上に自由で――ちょっとだけ危険な世界。 幼い頃、命の危機をきっかけに前世の記憶が蘇り、 “とっておき”のチートで人生を再起動。 剣も魔法も、知識も商才も、全てを武器に少年は静かに準備を進めていく。 そして12歳。ついに彼は“新たなステージ”へと歩み出す。 これは、理想を形にするために動き出した少年の、 少し不思議で、ちょっとだけチートな異世界物語――その始まり。 【なろう掲載】

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~

しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」 病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?! 女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。 そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!? そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?! しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。 異世界転生の王道を行く最強無双劇!!! ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!! 小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!