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第十章 混沌の呼び声
第184話 歪んだ願いの魔術師
魔族の老師との対話で、俺たちはこの谷の悲劇が魔族本来の性質とは相容れない『喧騒』に起因することを知った。だが、その『喧騒』を誰が、どのようにして引き起こしているのか。その核心に迫るには、さらなる情報が必要だった。
俺たちは再び、争いの絶えない谷の中心部へと足を進めた。そこで、ひときわ激しい戦闘が繰り広げられている一画から少し離れた場所に、崩れかけた古い塔が建っているのに気づいた。
「あそこ……老師のいた祈りの場とは違う。だが、争いの輪からは外れているな」
レオナルドが鋭い目で塔を指し示す。
「うん、変な感じ。静かだけど、さっきの老師様みたいに澄んだ感じじゃない。なんか、空気がねじくれてるみたい」
ルナの言葉に俺たちは顔を見合わせた。意を決し、その塔へと向かう。
塔の内部は雑然としていた。床には読みかけの魔導書が散らばり、壁には意味の分からない術式がいくつも描きなぐられている。そして、最上階の窓辺に一人の若い魔族の男が座っていた。彼は窓の外で繰り広げられる同族同士の殺し合いを、まるで面白い芝居でも眺めるかのように片肘をついて見下ろしている。
「……何の用だ? 正義の味方ごっこにしちゃ、来るのが遅かったじゃないか」
男は俺たちを振り返りもせずに皮肉のこもった声で言った。
彼の声音には諦めと、この世の全てを嘲るかのような冷たさがにじんでいた。
「お前はこの争いの原因を知っているのか?」
俺が問うと、男は初めてこちらを振り向き、ふっと鼻で笑った。
「原因? 原因なんてそこら中に転がってるさ。隣の奴の食い物が自分より多いことへの『妬み』。自分より強い奴への『嫉妬』。かつて自分を侮辱した相手への『恨み』。……こいつらはただ、心の中のささやかな願いを叶えているだけだ」
その言葉にエルンが反論する。
「ですが、それは負の感情です! そのようなものを肯定すれば世界は破滅へ向かうだけです!」
「破滅? それは光の精霊に仕えるお前たちの理屈だろう」
男――魔術師は立ち上がると俺たちに近づいてきた。
「我らが信じる闇の理は違う。恨みも、妬みも、嫉みも、すべては『こうありたい』『こうしてやりたい』という純粋で力強い『願い』だ。闇の精霊はその願いの清濁を問わぬ。生あるものが抱く当然の感情として肯定し、その成就に力を貸す」
その哲学は老師が語った『静寂』とは、まるで対極にあるように思えた。だが、どちらも『闇の理』なのだと俺は直感的に理解した。静寂による救済と、願いの成就による肯定。闇とは、光のように一つの方向を照らすのではなく、あらゆる可能性を内包する、深淵そのものなのかもしれない。
「じゃあ、この谷の争いは……みんなの『願い』が叶った結果だって言うの?」
ルナが信じられないというように問う。
「そうだ。もっとも、少しばかり『増幅』されてはいるがな」
魔術師は窓の外を指差した。争いの中心で、ひときわ凶暴に暴れ回る二人の魔族がいる。
「あの二人が、この『熱病』の発生源だ。奴らが心に秘めていた、ちっぽけな憎悪や嫉妬を何者かが極限まで増幅させた。その結果、周囲の者たちも、その狂気に当てられて、自らの『願い』を暴走させている。……今のこの谷は巨大な『願いの成就装置』ってわけさ」
彼の説明に俺は自分の内なる闇の力を思った。この闇の力は『願い』に応えるものなのかもしれない。だとしたら、その制御を誤れば俺もまた……。
「……お前はそれをただ、眺めているだけか?」
レオナルドが静かに問うた。
「ああ。俺の願いは『平穏な研究生活』だけだ。面倒はごめんだからな。だが……」
魔術師はにやりと口の端を吊り上げた。
「お前たちが、あの『増幅された願い』の主である、谷一番の愚か者二人を黙らせてくれるというなら話は別だ。そうすれば、俺の望む『静寂』も、少しは早く戻ってくるだろうからな」
彼は争いの中心にいる二人の魔族の居場所と、その特徴を驚くほど正確に俺たちに教えた。
それは彼なりの『願いの成就』への協力なのかもしれない。
俺たちは魔族という種の、そして闇という力の、あまりにも複雑な在り方に言葉を失いながら、次の戦いの舞台へと向かう覚悟を決めた。
俺たちは再び、争いの絶えない谷の中心部へと足を進めた。そこで、ひときわ激しい戦闘が繰り広げられている一画から少し離れた場所に、崩れかけた古い塔が建っているのに気づいた。
「あそこ……老師のいた祈りの場とは違う。だが、争いの輪からは外れているな」
レオナルドが鋭い目で塔を指し示す。
「うん、変な感じ。静かだけど、さっきの老師様みたいに澄んだ感じじゃない。なんか、空気がねじくれてるみたい」
ルナの言葉に俺たちは顔を見合わせた。意を決し、その塔へと向かう。
塔の内部は雑然としていた。床には読みかけの魔導書が散らばり、壁には意味の分からない術式がいくつも描きなぐられている。そして、最上階の窓辺に一人の若い魔族の男が座っていた。彼は窓の外で繰り広げられる同族同士の殺し合いを、まるで面白い芝居でも眺めるかのように片肘をついて見下ろしている。
「……何の用だ? 正義の味方ごっこにしちゃ、来るのが遅かったじゃないか」
男は俺たちを振り返りもせずに皮肉のこもった声で言った。
彼の声音には諦めと、この世の全てを嘲るかのような冷たさがにじんでいた。
「お前はこの争いの原因を知っているのか?」
俺が問うと、男は初めてこちらを振り向き、ふっと鼻で笑った。
「原因? 原因なんてそこら中に転がってるさ。隣の奴の食い物が自分より多いことへの『妬み』。自分より強い奴への『嫉妬』。かつて自分を侮辱した相手への『恨み』。……こいつらはただ、心の中のささやかな願いを叶えているだけだ」
その言葉にエルンが反論する。
「ですが、それは負の感情です! そのようなものを肯定すれば世界は破滅へ向かうだけです!」
「破滅? それは光の精霊に仕えるお前たちの理屈だろう」
男――魔術師は立ち上がると俺たちに近づいてきた。
「我らが信じる闇の理は違う。恨みも、妬みも、嫉みも、すべては『こうありたい』『こうしてやりたい』という純粋で力強い『願い』だ。闇の精霊はその願いの清濁を問わぬ。生あるものが抱く当然の感情として肯定し、その成就に力を貸す」
その哲学は老師が語った『静寂』とは、まるで対極にあるように思えた。だが、どちらも『闇の理』なのだと俺は直感的に理解した。静寂による救済と、願いの成就による肯定。闇とは、光のように一つの方向を照らすのではなく、あらゆる可能性を内包する、深淵そのものなのかもしれない。
「じゃあ、この谷の争いは……みんなの『願い』が叶った結果だって言うの?」
ルナが信じられないというように問う。
「そうだ。もっとも、少しばかり『増幅』されてはいるがな」
魔術師は窓の外を指差した。争いの中心で、ひときわ凶暴に暴れ回る二人の魔族がいる。
「あの二人が、この『熱病』の発生源だ。奴らが心に秘めていた、ちっぽけな憎悪や嫉妬を何者かが極限まで増幅させた。その結果、周囲の者たちも、その狂気に当てられて、自らの『願い』を暴走させている。……今のこの谷は巨大な『願いの成就装置』ってわけさ」
彼の説明に俺は自分の内なる闇の力を思った。この闇の力は『願い』に応えるものなのかもしれない。だとしたら、その制御を誤れば俺もまた……。
「……お前はそれをただ、眺めているだけか?」
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「ああ。俺の願いは『平穏な研究生活』だけだ。面倒はごめんだからな。だが……」
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「お前たちが、あの『増幅された願い』の主である、谷一番の愚か者二人を黙らせてくれるというなら話は別だ。そうすれば、俺の望む『静寂』も、少しは早く戻ってくるだろうからな」
彼は争いの中心にいる二人の魔族の居場所と、その特徴を驚くほど正確に俺たちに教えた。
それは彼なりの『願いの成就』への協力なのかもしれない。
俺たちは魔族という種の、そして闇という力の、あまりにも複雑な在り方に言葉を失いながら、次の戦いの舞台へと向かう覚悟を決めた。
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