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第十章 混沌の呼び声
第186話 解けぬ呪縛
絶体絶命。爪使いの魔族が詠唱中のエルンへとその凶刃を振り下ろす。
レオナルドは斧使いに阻まれ、俺が駆けつけるにも、あまりに距離があった。
「――間に合え!」
俺は咄嗟に大精霊へと呼びかけた。攻撃ではない。かつてカイランの記憶から教わった、あの複合魔法の、防御部分だけを切り離して、極限まで圧縮するイメージ。
「大精霊アウネラよ! 氷の障壁のみ、ここに!――氷壁!」
エルンの目の前に一瞬にして半球状の青白い氷壁が出現した。『地穿熱泉』の熱から身を守るための、あの障壁だ。魔族の爪が氷壁に激突し、キィン! と甲高い音を立てて弾かれる。
「今だ!」
その一瞬の隙を見逃さず、レオナルドが動いた。
彼は斧使いの攻撃をいなしながら、腰の双剣のうちの一振りを驚くべき速さで爪使いの魔族へと投擲する。短剣は唸りを上げて飛び、魔族の肩を深く穿って地面へと縫い付けた。
「ぎゃあああっ!」
初めて魔族が純粋な痛みの悲鳴を上げた。
「エルン!」
「はいっ!」
衝撃から立ち直ったエルンは即座に詠唱を切り替える。
「光の精霊ルミナよ、我が魔力を代償とし戒めの鎖となれ!――光の枷!」
幾重にも重なった光の縄が、身動きの取れない魔族を完全に拘束した。
元凶の一人が沈黙したことで、戦況は一気に俺たちへと傾いた。
「残るは一人だ!」
レオナルドが再び斧使いの魔族へと向き直る。
「カイン、援護を!」
「任せろ!」
俺は即座に水の魔法で斧使いの足元をぬかるみに変え、その動きを鈍らせる。ルナが放つ火の玉が視界を奪い、体勢を崩したところへレオナルドのもう一振りの剣が、斧を持つ腕の腱を的確に断ち切った。
ゴトリ、と重い音を立てて斧が地面に落ちる。
主を失った武器を見届け、エルンが最後の『光の枷』を放ち、ついに二人の元凶を完全に無力化した。
風の壁が消え、谷に静寂が戻り始める。
争いの中心だった二人が倒れたことで、他の魔族たちも、まるで熱病から覚めたかのように動きを止め、混乱した様子で互いに顔を見合わせている。
やがて彼らは武器を降ろし、それぞれの住処へと力なく戻っていった。
「……終わった、のか」
俺は荒い息を整えながら、拘束した二人の魔族へと近づいた。
彼らは光の枷に縛られたまま、虚ろな目で虚空を見つめている。その瞳には、もう憎悪の光はない。ただ、魂が抜け落ちたかのような空虚な闇だけが広がっていた。
「エルン、彼らの精神操作を解けるか?」
「やってみます」
エルンは一人の魔族の額にそっと手を当て、浄化の魔法を流し込み始めた。彼女の掌から、温かく清らかな光が放たれる。
だが――。
「……ダメです」
しばらくして、エルンは悔しそうに顔を上げた。
「この呪いはあまりにも深く、魂そのものに根を張っています。私の光が弾かれてしまう……。痕跡を辿ることはできても、この呪縛を今の私の力では解くことができません」
その言葉は俺たちに重い現実を突きつけた。
俺たちは戦いには勝った。この谷の喧騒を一時的に止めることはできた。
だが、根本的な救済には何一つ至っていない。
目の前には心を壊され、もはや元には戻れないかもしれない、二人の被害者がいるだけだ。
「そんな……」
ルナが悲しそうにつぶやく。
俺は壊れた人形のようになってしまった魔族の姿と、自分の掌を、ただ交互に見つめることしかできなかった。
『混沌』との戦いとは、敵を倒せば終わり、というほど単純なものではないらしい。
俺たちは勝利の余韻ではなく、自らの無力感と、次なる課題の重さを静かに噛みしめていた。
レオナルドは斧使いに阻まれ、俺が駆けつけるにも、あまりに距離があった。
「――間に合え!」
俺は咄嗟に大精霊へと呼びかけた。攻撃ではない。かつてカイランの記憶から教わった、あの複合魔法の、防御部分だけを切り離して、極限まで圧縮するイメージ。
「大精霊アウネラよ! 氷の障壁のみ、ここに!――氷壁!」
エルンの目の前に一瞬にして半球状の青白い氷壁が出現した。『地穿熱泉』の熱から身を守るための、あの障壁だ。魔族の爪が氷壁に激突し、キィン! と甲高い音を立てて弾かれる。
「今だ!」
その一瞬の隙を見逃さず、レオナルドが動いた。
彼は斧使いの攻撃をいなしながら、腰の双剣のうちの一振りを驚くべき速さで爪使いの魔族へと投擲する。短剣は唸りを上げて飛び、魔族の肩を深く穿って地面へと縫い付けた。
「ぎゃあああっ!」
初めて魔族が純粋な痛みの悲鳴を上げた。
「エルン!」
「はいっ!」
衝撃から立ち直ったエルンは即座に詠唱を切り替える。
「光の精霊ルミナよ、我が魔力を代償とし戒めの鎖となれ!――光の枷!」
幾重にも重なった光の縄が、身動きの取れない魔族を完全に拘束した。
元凶の一人が沈黙したことで、戦況は一気に俺たちへと傾いた。
「残るは一人だ!」
レオナルドが再び斧使いの魔族へと向き直る。
「カイン、援護を!」
「任せろ!」
俺は即座に水の魔法で斧使いの足元をぬかるみに変え、その動きを鈍らせる。ルナが放つ火の玉が視界を奪い、体勢を崩したところへレオナルドのもう一振りの剣が、斧を持つ腕の腱を的確に断ち切った。
ゴトリ、と重い音を立てて斧が地面に落ちる。
主を失った武器を見届け、エルンが最後の『光の枷』を放ち、ついに二人の元凶を完全に無力化した。
風の壁が消え、谷に静寂が戻り始める。
争いの中心だった二人が倒れたことで、他の魔族たちも、まるで熱病から覚めたかのように動きを止め、混乱した様子で互いに顔を見合わせている。
やがて彼らは武器を降ろし、それぞれの住処へと力なく戻っていった。
「……終わった、のか」
俺は荒い息を整えながら、拘束した二人の魔族へと近づいた。
彼らは光の枷に縛られたまま、虚ろな目で虚空を見つめている。その瞳には、もう憎悪の光はない。ただ、魂が抜け落ちたかのような空虚な闇だけが広がっていた。
「エルン、彼らの精神操作を解けるか?」
「やってみます」
エルンは一人の魔族の額にそっと手を当て、浄化の魔法を流し込み始めた。彼女の掌から、温かく清らかな光が放たれる。
だが――。
「……ダメです」
しばらくして、エルンは悔しそうに顔を上げた。
「この呪いはあまりにも深く、魂そのものに根を張っています。私の光が弾かれてしまう……。痕跡を辿ることはできても、この呪縛を今の私の力では解くことができません」
その言葉は俺たちに重い現実を突きつけた。
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だが、根本的な救済には何一つ至っていない。
目の前には心を壊され、もはや元には戻れないかもしれない、二人の被害者がいるだけだ。
「そんな……」
ルナが悲しそうにつぶやく。
俺は壊れた人形のようになってしまった魔族の姿と、自分の掌を、ただ交互に見つめることしかできなかった。
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