50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく

かわさきはっく

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第十一章 混沌の使徒

第188話 王都への帰還

 俺たちは魔族領に背を向け、ロルディア王都への道を歩み始めた。
 背後には赤茶けた大地と、沈黙を尊ぶ民が暮らす、静かすぎるほどに静かな土地が広がっている。
 これから向かう先は人間の欲望と活気が渦巻く、アルヴェントで最も騒がしい場所の一つだ。

「……ようやく、まともな風が吹く場所に戻ってきたな」

 先頭を歩いていたレオナルドが忌々しげに、しかしどこか安堵したようにつぶやいた。
 戦士である彼にとって、敵意も殺気もない、ただ無関心な静寂せいじゃくに満ちた魔族領の空気は、かえって居心地の悪いものだったのだろう。

「ええ。精霊たちの声が、また鮮明に聞こえるようになりました。あの土地は、やはり我々のことわりとは異質なようです」

 エルンもまた、杖を握りしめながら、周囲の木々や風に意識を向けている。彼女にとっても精霊の存在が希薄な土地は心が休まらない場所に違いなかった。

 俺はそんな仲間たちの様子を見ながら、自らの内側に意識を向けた。
 エルドレアの魂を代償にして結ばれた闇の精霊との契約。それは俺の奥底で今も静かに息づいている。だが、マルヴェスと対峙した時でさえ、それが勝手に暴走することはなかった。

(魔族の本質は『静寂せいじゃく』。だが、俺たちが追う敵は、ただひたすらに『喧騒けんそう』を生み出している。……だとすれば、俺の内に宿ったこの闇は、どちらの性質に近いんだ?)

 答えのない問いが思考を巡る。
 旅の道中、俺たちは何度も『嘆きの谷』での出来事を話し合った。
 操られていた魔族たち。彼らを救えなかった無力感。そして、マルヴェスが指し示した、あまりにも意外な敵の正体。

「学術都市アーカイメリア……。カズエルはその中心で何を見て、何に気づいたんでしょうか」

 エルンが不安げにつぶやく。

「分からない。でも、奴は賢い男だ。何かを掴んでいるからこそ、俺たちに警告を送ってきたはずだ」

「そのカズエルって人、カインの元の世界のお友達なんでしょ? じゃあ、悪い人じゃないよね!」

 ルナが俺の顔を覗き込むようにして言った。その屈託のない信頼が今の俺にはありがたかった。

「ああ。あいつは俺が唯一、親友と呼べる男だ。だからこそ直接会って、全てを聞かなければならない」

 ***

 数日後、俺たちの視界の先に見覚えのある巨大な城壁が見えてきた。王都ロルディアだ。
 門に近づくと警備の兵士が俺たちの姿を認め、目を見開いた。

「――カイン様! 双冠そうかんの英雄、カイン様のご帰還だ!」

 その声に周囲の兵士たちが一斉にこちらを向き、敬礼する。かつて、追われるようにこの街を出た時とは何もかもが違っている。俺たちは、今やこの国の英雄として堂々と門をくぐることができた。

 街の中は相変わらずの活気に満ちていた。
 市場の喧騒けんそう、行き交う人々の熱気。だが、以前感じたような、貴族たちの陰謀が渦巻くようなよどんだ空気はない。王となったレオンハルトが着実に国を立て直している証拠だろう。

 俺たちは人混みを抜け、王から与えられた屋敷へと向かった。
 立派な門構えと、手入れの行き届いた庭。ここが、今の俺たちの拠点だ。

「……本当に、また来たんだな」

 俺は屋敷の重厚な扉の前に立ち、深く息を吸った。
 森を追われ、仲間と共に死線を潜り抜け、世界の理不尽さと戦い続けてきた。その旅路の果てに、ロルディア王国で得られた住まい。俺たちは再び、この場所へと戻ってきたのだ。

 この扉の向こうに友がいる。そして、彼が掴んだであろう、新たな敵の輪郭りんかくがある。

 俺は覚悟を決めて、扉を叩こうと手を伸ばした。
 ここから、また新しい物語が始まる。『混沌』と呼ぶ、まだ見ぬ敵との戦いが。
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