190 / 280
第十一章 混沌の使徒
第190話 双つの称号
しおりを挟む
学術都市アーカイメリア。その名が談話室の重い空気の中心に鎮座していた。
世界の理を弄び、影から争いを引き起こす知的な敵。その輪郭がおぼろげながらも見えてきたことで、俺たちの次なる目的は定まった。だが同時に、その道のりがこれまでのどの戦いよりも困難であることを誰もが理解していた。
「……まさか知の頂点と呼ばれる場所に容疑者がいるなんてな」
俺が吐き出した言葉に深い沈黙が落ちる。
その静寂を破ったのはカズエルの、どこか飄々とした声だった。
「まあ、こっちもこっちで、ただ遊んでいたわけじゃない。王都の『ざわめき』なら、一つ片付けてきたところだ」
「ざわめき?」
俺が聞き返すと、隣にいたセリスが少しだけ誇らしげに、しかし控えめに微笑んだ。
「カイン殿が魔族領へ向かわれている間に王都で、ある大きな事件が起きたのです」
二人の話によれば、それは新王の治世を揺るがしかねない大規模な反乱だったという。
待遇への不満を募らせた貴族の私兵団が武装蜂起し、王宮へと続く重要な橋を占拠。強固なバリケードを築いて立てこもった。王都騎士団はすぐに鎮圧へ向かったが、橋という地形は攻め手が少数しか展開できず、守りを固めた多数の反乱兵を前に激しい消耗戦を強いられ、戦線は完全に膠着していた。
「騎士団は波状攻撃でじりじりと疲弊していた。このままでは、いずれ押し切られる。俺はそう判断した」
カズエルは、まるでチェスの盤面を解説するように冷静に語る。
「そこで俺は一つの理式を構築した。この戦況を覆すための、たった一つの活路をな」
カズエルが構築したのは、彼の真骨頂であるエネルギー変換の理式魔術――《理式・天恵変換》。
橋の上に降り注ぐ太陽光や、川面を渡る風の力といった、尽きることのない自然エネルギーを捕らえ、それを純粋な生命力、つまりスタミナに変換し、特定の一人――セリスに供給し続けるという前代未聞のサポート術式だった。
「カズエル殿の支援を受け、私は一人で橋の上へと進み出ました」
セリスが静かに続ける。その瞳には、あの日の戦いの光景が映っているかのようだった。
「他の騎士たちが消耗していく中、私の身体だけは不思議と力が漲り続けていました。疲労がないということが、これほどの力になるとは……」
セリスはカズエルの支援をその一身に受け、ただ一人で反乱軍の密集陣形へと斬り込んでいった。
次々と襲い来る反乱兵たち。だが、彼女の剣技は一切衰えない。愛剣『風哭』が閃くたびに敵の武器が弾かれ、鎧が断たれる。その姿はまるで疲れを知らない「鉄壁の乙女」。一人対多数という絶望的な状況を彼女はたった一振りの剣で覆していく。
「私の剣閃は『百の閃光』と見紛うほどだったと噂されるようになりました。反乱兵たちは、人ならざるものへの恐怖から、戦意を喪失。私が首謀者である隊長を打ち破った時、反乱は完全に鎮圧されました」
話を聞き終えた俺たちは言葉を失っていた。俺たちが魔族領で死線を彷徨っている間に、この二人もまた、王都で伝説となるほどの戦いを繰り広げていたのだ。
「……すげえな、お前たち」
俺がようやく絞り出した言葉にレオナルドが唸るように付け加えた。
「理を操り、一人の戦士を一個師団に変えるか。……恐ろしい戦術だ」
「自然エネルギーを直接生命力に……精霊魔法とは全く異なる、けれど、なんて強力な……」
エルンもまた、カズエルの理式に純粋な驚きと興味を示していた。
「その結果、だ」とカズエルは少し照れくさそうに頭を掻いた。
「俺とセリスは王家から、ちょっと大げさな二つ名をいただくことになった」
天の恵みを人の力へと繋いでみせた神業の術者――『神授の媒介者』。
ただ一人の剣で百の兵を薙ぎ払った、その超人的な武勇――『百閃』。
「わー! すごーい! 『神授のカズエル』と『百閃のセリス』だね! かっこいいー!」
ルナの歓声に談話室の空気が一気に和んだ。
俺は頼もしく成長した仲間たちを改めて見つめた。
一人一人が、それぞれの場所で、それぞれの戦いを乗り越え、強くなっている。
この六人なら、きっと、どんな困難も乗り越えられる。
学術都市に潜む、まだ見ぬ『混沌』との戦いを前に、俺たちの結束はかつてないほどに固く、強くなっていた。
世界の理を弄び、影から争いを引き起こす知的な敵。その輪郭がおぼろげながらも見えてきたことで、俺たちの次なる目的は定まった。だが同時に、その道のりがこれまでのどの戦いよりも困難であることを誰もが理解していた。
「……まさか知の頂点と呼ばれる場所に容疑者がいるなんてな」
俺が吐き出した言葉に深い沈黙が落ちる。
その静寂を破ったのはカズエルの、どこか飄々とした声だった。
「まあ、こっちもこっちで、ただ遊んでいたわけじゃない。王都の『ざわめき』なら、一つ片付けてきたところだ」
「ざわめき?」
俺が聞き返すと、隣にいたセリスが少しだけ誇らしげに、しかし控えめに微笑んだ。
「カイン殿が魔族領へ向かわれている間に王都で、ある大きな事件が起きたのです」
二人の話によれば、それは新王の治世を揺るがしかねない大規模な反乱だったという。
待遇への不満を募らせた貴族の私兵団が武装蜂起し、王宮へと続く重要な橋を占拠。強固なバリケードを築いて立てこもった。王都騎士団はすぐに鎮圧へ向かったが、橋という地形は攻め手が少数しか展開できず、守りを固めた多数の反乱兵を前に激しい消耗戦を強いられ、戦線は完全に膠着していた。
「騎士団は波状攻撃でじりじりと疲弊していた。このままでは、いずれ押し切られる。俺はそう判断した」
カズエルは、まるでチェスの盤面を解説するように冷静に語る。
「そこで俺は一つの理式を構築した。この戦況を覆すための、たった一つの活路をな」
カズエルが構築したのは、彼の真骨頂であるエネルギー変換の理式魔術――《理式・天恵変換》。
橋の上に降り注ぐ太陽光や、川面を渡る風の力といった、尽きることのない自然エネルギーを捕らえ、それを純粋な生命力、つまりスタミナに変換し、特定の一人――セリスに供給し続けるという前代未聞のサポート術式だった。
「カズエル殿の支援を受け、私は一人で橋の上へと進み出ました」
セリスが静かに続ける。その瞳には、あの日の戦いの光景が映っているかのようだった。
「他の騎士たちが消耗していく中、私の身体だけは不思議と力が漲り続けていました。疲労がないということが、これほどの力になるとは……」
セリスはカズエルの支援をその一身に受け、ただ一人で反乱軍の密集陣形へと斬り込んでいった。
次々と襲い来る反乱兵たち。だが、彼女の剣技は一切衰えない。愛剣『風哭』が閃くたびに敵の武器が弾かれ、鎧が断たれる。その姿はまるで疲れを知らない「鉄壁の乙女」。一人対多数という絶望的な状況を彼女はたった一振りの剣で覆していく。
「私の剣閃は『百の閃光』と見紛うほどだったと噂されるようになりました。反乱兵たちは、人ならざるものへの恐怖から、戦意を喪失。私が首謀者である隊長を打ち破った時、反乱は完全に鎮圧されました」
話を聞き終えた俺たちは言葉を失っていた。俺たちが魔族領で死線を彷徨っている間に、この二人もまた、王都で伝説となるほどの戦いを繰り広げていたのだ。
「……すげえな、お前たち」
俺がようやく絞り出した言葉にレオナルドが唸るように付け加えた。
「理を操り、一人の戦士を一個師団に変えるか。……恐ろしい戦術だ」
「自然エネルギーを直接生命力に……精霊魔法とは全く異なる、けれど、なんて強力な……」
エルンもまた、カズエルの理式に純粋な驚きと興味を示していた。
「その結果、だ」とカズエルは少し照れくさそうに頭を掻いた。
「俺とセリスは王家から、ちょっと大げさな二つ名をいただくことになった」
天の恵みを人の力へと繋いでみせた神業の術者――『神授の媒介者』。
ただ一人の剣で百の兵を薙ぎ払った、その超人的な武勇――『百閃』。
「わー! すごーい! 『神授のカズエル』と『百閃のセリス』だね! かっこいいー!」
ルナの歓声に談話室の空気が一気に和んだ。
俺は頼もしく成長した仲間たちを改めて見つめた。
一人一人が、それぞれの場所で、それぞれの戦いを乗り越え、強くなっている。
この六人なら、きっと、どんな困難も乗り越えられる。
学術都市に潜む、まだ見ぬ『混沌』との戦いを前に、俺たちの結束はかつてないほどに固く、強くなっていた。
0
あなたにおすすめの小説
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……
buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。
みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……
侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】
のびすけ。
ファンタジー
気づけば侯爵家の三男として異世界に転生していた元プログラマー。
そこはどこか懐かしく、けれど想像以上に自由で――ちょっとだけ危険な世界。
幼い頃、命の危機をきっかけに前世の記憶が蘇り、
“とっておき”のチートで人生を再起動。
剣も魔法も、知識も商才も、全てを武器に少年は静かに準備を進めていく。
そして12歳。ついに彼は“新たなステージ”へと歩み出す。
これは、理想を形にするために動き出した少年の、
少し不思議で、ちょっとだけチートな異世界物語――その始まり。
【なろう掲載】
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
鬼の兵法伝承者、異世界に転世せしむる
書仙凡人
ファンタジー
俺の名は桜木小次郎。
鬼一法眼を祖とする鬼一兵法の令和の伝承者。
だがある時、なぜか突然死してしまったのだ。
その時、自称神様の変なペンギンが現れて、ファンタジー世界の転生を持ちかけられた。
俺はヤケになって転生受け入れたら、とんでもない素性の奴にログインする事になったのである。
ログイン先は滅亡した国の王子で、従者に毒盛られて殺されたばかり。
なにこれ? クーリングオフねぇのかよ!
英雄の孫は今日も最強
まーびん
ファンタジー
前世では社会人だったが、死んで異世界に転生し、貧乏貴族ターセル男爵家の3男となった主人公ロイ。
前世のギスギスした家庭と違い、家族の皆から愛され、ロイはすくすくと3歳まで育った。
中でも、毎日一緒に遊んでくれるじいじは爺馬鹿全開で、ロイもそんなじいじが大好き。
元将軍で「英雄」と呼ばれる最強のじいじの血を引いたロイは、じいじ達に見守られながら、今日も楽しく最強な日々を過ごす。
疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる