197 / 330
第十一章 混沌の使徒
第197話 混沌の輪郭
「――『混沌の使徒』について」
ヴァレリウスの口から放たれたその言葉に俺たちは息を呑んだ。
書斎の空気は彼の静かな、しかし重い声によって、一瞬にして張り詰める。
「奴らは元々はこの都市の理想を追求する純粋な探求者の一団じゃった。世界の理を解き明かし、その先にある真理へと至ろうとする、我々と同じ……いや、我々以上に熱心な者たちの集まりじゃった」
彼は遠い過去を思い出すように、一度目を伏せた。
「だが、その探求が行き過ぎた。奴らはある結論に達してしまった。『世界は、静止し、安定した時にこそ、緩やかに腐敗していく。真の進化とは、破壊と創造、闘争と調和、その両極のダイナミズムの中にしか存在しない』……奴らは本気でそう信じておる」
「……なんて歪んだ思想だ」
レオナルドが低い声で吐き捨てる。
「うむ。奴らは自らが神に代わり、世界に『試練』を与えるべきだと考え始めた。停滞した文明には争いを、堕落した国家には内乱を。人為的に『混沌』を引き起こし、世界を強制的に次のステージへ進化させる。それこそが至高の叡智だと信じておる」
ヴァレリウスは、そこで俺とカズエルを交互に見つめた。
「そのための最も効果的な手段として、奴らが研究を重ねてきたのが、禁術……『異世界召喚』じゃ。予測不能な『異物』をこの世界に投入すること。それこそが、最も劇的な『ざわめき』を生むと、奴らは考えた」
その言葉は俺とカズエルの存在そのものが、奴らの計画の一部であったことを決定的に示していた。俺たちがこの世界で出会い、戦い、何かを変えようとすること、その全てが奴らの手のひらの上で踊っているに過ぎなかったのかもしれない。
「そして、その『混沌の使徒』を率いているのが……かつて、このアーカイメリアで、賢者カイランと並び称されたほどの天才じゃ」
ヴァレリウスの声が一層低くなる。
「筆頭神官、セイオン。穏やかな笑みの裏に、底知れぬ野心と自らの正義を微塵も疑わぬ冷徹な精神を隠し持った男。お前をこの地に呼び寄せたのも、十中八九、その男じゃろう、カズエル」
「……ええ。俺を最初に歓迎した、あの神官です」
カズエルは苦々しくうなずいた。
「そんな……」
エルンが、か細い声でつぶやく。
「では私たちはどうすれば……。彼らはこの都市の中枢にいるのでしょう?」
「その通りじゃ。賢人会議にも、奴らの息のかかった者が数多くおる。我々穏健派が表立って動けば、即座に潰されるじゃろう。奴らは自分たちの研究と思想のためなら、どんな犠牲も厭わぬ」
絶望的な状況。敵はこの知の殿堂そのものに巣食う、巨大な癌だった。
俺たちの力だけで、どうにかなる相手ではないのかもしれない。だが、俺は諦めるわけにはいかなかった。
「ヴァレリウス様」
俺は一歩前に出た。
「『嘆きの谷』に心を壊された魔族たちがいました。彼らは今も、解けぬ呪いの中で苦しんでいるはずです。彼らを救う方法はありませんか?」
俺の問いにヴァレリウスは、わずかに目を見開いた。そして、何かを試すように俺の瞳の奥をじっと見つめた。
やがて、彼は静かにうなずいた。
「……道が、一つだけあるやもしれん」
彼の視線が書斎のさらに奥、厳重な封印が施された、一際大きな扉へと向けられる。
「今、我々がおるこの場所は、限られた者しか立ち入れぬ『禁書庫』じゃ。だが、このさらに奥……あの扉の向こうに『封印書庫』と呼ばれる場所がある」
ヴァレリウスは扉を指差して告げた。
「そこに奴らが用いた精神干渉の原典となった理式が眠っている。それを解読できれば、あるいは……解呪の道筋も見えるやもしれん」
「封印書庫……」
「ただし、そこへ至る道は『混沌の使徒』たちが作り出した、無数の罠と防衛理式によって閉ざされておる。生きてたどり着ける保証はどこにもない」
それはあまりにも危険な賭けだった。だが、俺たちの目にはもう迷いはなかった。
「……感謝します、ヴァレリウス様。俺たちが進むべき道が見えました」
俺の言葉に仲間たちが力強くうなずく。
危険が待ち受ける禁断の書庫へ、俺たちは歩み出そうとしていた。
ヴァレリウスの口から放たれたその言葉に俺たちは息を呑んだ。
書斎の空気は彼の静かな、しかし重い声によって、一瞬にして張り詰める。
「奴らは元々はこの都市の理想を追求する純粋な探求者の一団じゃった。世界の理を解き明かし、その先にある真理へと至ろうとする、我々と同じ……いや、我々以上に熱心な者たちの集まりじゃった」
彼は遠い過去を思い出すように、一度目を伏せた。
「だが、その探求が行き過ぎた。奴らはある結論に達してしまった。『世界は、静止し、安定した時にこそ、緩やかに腐敗していく。真の進化とは、破壊と創造、闘争と調和、その両極のダイナミズムの中にしか存在しない』……奴らは本気でそう信じておる」
「……なんて歪んだ思想だ」
レオナルドが低い声で吐き捨てる。
「うむ。奴らは自らが神に代わり、世界に『試練』を与えるべきだと考え始めた。停滞した文明には争いを、堕落した国家には内乱を。人為的に『混沌』を引き起こし、世界を強制的に次のステージへ進化させる。それこそが至高の叡智だと信じておる」
ヴァレリウスは、そこで俺とカズエルを交互に見つめた。
「そのための最も効果的な手段として、奴らが研究を重ねてきたのが、禁術……『異世界召喚』じゃ。予測不能な『異物』をこの世界に投入すること。それこそが、最も劇的な『ざわめき』を生むと、奴らは考えた」
その言葉は俺とカズエルの存在そのものが、奴らの計画の一部であったことを決定的に示していた。俺たちがこの世界で出会い、戦い、何かを変えようとすること、その全てが奴らの手のひらの上で踊っているに過ぎなかったのかもしれない。
「そして、その『混沌の使徒』を率いているのが……かつて、このアーカイメリアで、賢者カイランと並び称されたほどの天才じゃ」
ヴァレリウスの声が一層低くなる。
「筆頭神官、セイオン。穏やかな笑みの裏に、底知れぬ野心と自らの正義を微塵も疑わぬ冷徹な精神を隠し持った男。お前をこの地に呼び寄せたのも、十中八九、その男じゃろう、カズエル」
「……ええ。俺を最初に歓迎した、あの神官です」
カズエルは苦々しくうなずいた。
「そんな……」
エルンが、か細い声でつぶやく。
「では私たちはどうすれば……。彼らはこの都市の中枢にいるのでしょう?」
「その通りじゃ。賢人会議にも、奴らの息のかかった者が数多くおる。我々穏健派が表立って動けば、即座に潰されるじゃろう。奴らは自分たちの研究と思想のためなら、どんな犠牲も厭わぬ」
絶望的な状況。敵はこの知の殿堂そのものに巣食う、巨大な癌だった。
俺たちの力だけで、どうにかなる相手ではないのかもしれない。だが、俺は諦めるわけにはいかなかった。
「ヴァレリウス様」
俺は一歩前に出た。
「『嘆きの谷』に心を壊された魔族たちがいました。彼らは今も、解けぬ呪いの中で苦しんでいるはずです。彼らを救う方法はありませんか?」
俺の問いにヴァレリウスは、わずかに目を見開いた。そして、何かを試すように俺の瞳の奥をじっと見つめた。
やがて、彼は静かにうなずいた。
「……道が、一つだけあるやもしれん」
彼の視線が書斎のさらに奥、厳重な封印が施された、一際大きな扉へと向けられる。
「今、我々がおるこの場所は、限られた者しか立ち入れぬ『禁書庫』じゃ。だが、このさらに奥……あの扉の向こうに『封印書庫』と呼ばれる場所がある」
ヴァレリウスは扉を指差して告げた。
「そこに奴らが用いた精神干渉の原典となった理式が眠っている。それを解読できれば、あるいは……解呪の道筋も見えるやもしれん」
「封印書庫……」
「ただし、そこへ至る道は『混沌の使徒』たちが作り出した、無数の罠と防衛理式によって閉ざされておる。生きてたどり着ける保証はどこにもない」
それはあまりにも危険な賭けだった。だが、俺たちの目にはもう迷いはなかった。
「……感謝します、ヴァレリウス様。俺たちが進むべき道が見えました」
俺の言葉に仲間たちが力強くうなずく。
危険が待ち受ける禁断の書庫へ、俺たちは歩み出そうとしていた。
あなたにおすすめの小説
最弱スキルも9999個集まれば最強だよね(完結)
排他的経済水域
ファンタジー
12歳の誕生日
冒険者になる事が憧れのケインは、教会にて
スキル適性値とオリジナルスキルが告げられる
強いスキルを望むケインであったが、
スキル適性値はG
オリジナルスキルも『スキル重複』というよくわからない物
友人からも家族からも馬鹿にされ、
尚最強の冒険者になる事をあきらめないケイン
そんなある日、
『スキル重複』の本来の効果を知る事となる。
その効果とは、
同じスキルを2つ以上持つ事ができ、
同系統の効果のスキルは効果が重複するという
恐ろしい物であった。
このスキルをもって、ケインの下剋上は今始まる。
HOTランキング 1位!(2023年2月21日)
ファンタジー24hポイントランキング 3位!(2023年2月21日)
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す
紅月シン
ファンタジー
七歳の誕生日を迎えたその日に、レオン・ハーヴェイの全ては一変することになった。
才能限界0。
それが、その日レオンという少年に下されたその身の価値であった。
レベルが存在するその世界で、才能限界とはレベルの成長限界を意味する。
つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。
だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。
その結果として実家の公爵家を追放されたことも。
同日に前世の記憶を思い出したことも。
一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。
その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。
スキル。
そして、自らのスキルである限界突破。
やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。
※小説家になろう様にも投稿しています
異世界転生したおっさんが普通に生きる
カジキカジキ
ファンタジー
第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位
応援頂きありがとうございました!
異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界
主人公のゴウは異世界転生した元冒険者
引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。
知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?
侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】
のびすけ。
ファンタジー
気づけば侯爵家の三男として異世界に転生していた元プログラマー。
そこはどこか懐かしく、けれど想像以上に自由で――ちょっとだけ危険な世界。
幼い頃、命の危機をきっかけに前世の記憶が蘇り、
“とっておき”のチートで人生を再起動。
剣も魔法も、知識も商才も、全てを武器に少年は静かに準備を進めていく。
そして12歳。ついに彼は“新たなステージ”へと歩み出す。
これは、理想を形にするために動き出した少年の、
少し不思議で、ちょっとだけチートな異世界物語――その始まり。
【なろう掲載】
称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~
しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」
病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?!
女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。
そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!?
そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?!
しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。
異世界転生の王道を行く最強無双劇!!!
ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!!
小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!