50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく

かわさきはっく

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第十一章 混沌の使徒

第199話 理式の迷宮

 重々しい封印の扉が俺たちの背後で完全に閉ざされた。ゴ、と低い音が響き、もう後戻りはできないことを告げる。俺たちが足を踏み入れたのは、書庫というより、もはや異次元だった。

 目の前に広がるのは無限とも思える光の回廊。壁も、床も、天井も、全てが淡く発光する幾何学的きかがくてきな術式で構成されている。時折、壁の紋様が流れ星のように走り、足元の床が水面のように静かに波打つ。空気は澄んでいるが、そこには精霊の気配も、生命の息吹も、一切感じられなかった。

「……すごい。空間そのものが一つの巨大な理式で構築されている」

 カズエルが感嘆かんたんと警戒の入り混じった声でつぶやく。

「ああ。だが、美しいと同時に、ひどく息が詰まるな。まるで巨大な機械の腹の中だ」

 レオナルドは既に双剣を抜き放ち、油断なく周囲を警戒していた。

 俺たちはカズエルを先頭に光の回廊を慎重に進んでいく。

「待って」

 不意にルナが立ち止まった。

「この先……なんか気持ちがぐるぐるする場所がある。頭がこんがらがる感じ」

「ええ」とエルンもうなずく。

「魔力の流れがここで不自然にき止められています。精霊たちがこの先を恐れている……いえ、この先には精霊そのものが存在しないのかもしれません」

 二人の警告に俺たちは足を止めた。
 進んだ先、回廊は一つの扉によって行き止まりとなっていた。その扉には奇妙なことに、左右に一つずつ、全く同じ形の取っ手がついていた。そして、扉の上部には古代語で一つの問いが刻まれている。

『一方の道は真実へ、もう一方は虚偽きょぎへと続く。扉の番人は一人は真実のみを、もう一人は虚偽きょぎのみを語る。なんじ、ただ一度の問いをもって、真実の扉を開け』

「……古典的なパラドックス問題か」

 セリスが眉をひそめる。

「だとすれば、答えは……」

 仲間たちが、論理パズルを解こうと思考を巡らせ始めた、その時だった。

「いや、無駄だ」

 カズエルが、その議論を制した。

「これは俺たちに謎解きをさせるためのものじゃない。思考させている間に別の罠を発動させるための時間稼ぎの陽動だ」

 彼は扉そのものではなく、扉の脇の壁に刻まれた、目に見えないほど微細びさいな維持理式へと視線を向けていた。

「この扉の理式、問いにどう答えようと、結果は『偽りの扉』を開くように設定されている。だが……この術式の制御部、隅の方にデバッグ用の隠しコマンドが残っている」

 カズエルはそう言うと、壁の一点に指で触れ、ごく少量の魔力を流し込んだ。

「――強制実行オーバーライド。扉の論理判定を反転させる」

 次の瞬間、扉は、カチリ、と小さな音を立てて、いとも簡単に開いた。

「……す、すごい」

 ルナが目を丸くする。

「謎を解くのではなく、仕組み、そのものを書き換えたのか……」

 レオナルドも感嘆かんたんの声を漏らした。

 だが、安堵したのも束の間だった。扉の先にあったのは広大な円形の広間。そして、俺たちが足を踏み入れた瞬間、広間の床や壁から光る理式の破片が集まり、数体の人型の輪郭りんかくを形作り始めた。

「……論理ゴーレムか! 来るぞ!」

 カズエルの警告と共に水晶のように透き通った体を持つ、三体のゴーレムが動き出した。

「力押しは効かない! 奴らの核となる論理紋様ろんりもんようを破壊するんだ!」

 カズエルが叫ぶ。ゴーレムの胸部には、それぞれ異なる複雑な紋様もんようが青く輝いていた。

「私が前に出ます!」

 セリスが『百閃ひゃくせん』の剣技で、一体のゴーレムに斬りかかる。だが、刃は硬い水晶の体に弾かれ、逆にゴーレムの重い一撃が彼女を襲う。

「くっ……!」

「セリス、奴の右肩の紋様もんようを狙うんだ! レオナルドは次の攻撃を受け流して、左足の関節部を!」

 カズエルの的確な指示が飛ぶ。二人の剣士はその言葉に応え、完璧な連携で動いた。
 セリスの愛剣『風哭ふうこく』がゴーレムの肩の紋様もんようを砕き、動きが鈍ったところをレオナルドの双剣が膝の関節を破壊する。
 体勢を崩したゴーレムに俺が水の刃を放ち、胸の核を貫いた。

 残る二体も、カズエルの解析と俺たちの連携によって、次々と撃破していく。
 戦闘は力と力のぶつかり合いではなく、まるで精密なパズルを解くかのような緊張感に満ちたものだった。

 三体のゴーレムが光のちりとなって消滅する。
 俺たちが、ようやく安堵の息をついた、その時だった。
 広間の奥の通路が、ぐにゃり、とゆがみ始めた。壁も天井も、その輪郭りんかくを失い、全てが陽炎かげろうのような、 きらめく霧へと変わっていく。

「まずい……!」

 カズエルの顔色が変わった。

「これは『矛盾の霧』だ。精神攻撃が来る! 全員、意識をしっかり持って!」

 彼の警告が終わる前に、その霧は俺たちの姿を完全に飲み込んでいった。
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