50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく

かわさきはっく

文字の大きさ
206 / 330
第十一章 混沌の使徒

第206話 王都防衛戦

 王都ロルディアは紅蓮の炎に包まれていた。
 城門をくぐり抜けた瞬間、肌を焼くような熱波と、鼻をつく焦げ臭さが襲いかかってきた。
 かつて活気に満ちていた大通りは瓦礫の山と化し、逃げ惑う人々の悲鳴と怒号が耳をつんざくような不協和音となって響き渡る。

「……ひどい。精霊たちの悲鳴が聞こえます……」

 エルンが口元を押さえ、悲痛な声でつぶやく。その瞳には理不尽に踏みにじられた生命への涙が浮かんでいた。

 俺もまた、奥歯が砕けそうなほど強く噛みしめていた。俺たちがここに来なければ、この光景はさらに広がり、すべてが灰になっていただろう。戻ってきて正解だった。だが――。

「上だ! 来るぞ!」

 レオナルドの鋭い警告が俺たちの意識を空へと引き戻した。

 頭上を覆う巨大な影。見上げれば、黒鉄くろがねの鱗に覆われた悪夢が、王都の空を我が物顔で支配していた。

 翼竜よくりゅうとは比較にならない、圧倒的な質量と威圧感。その凶悪な顎門あぎとからは、バチバチと青白い火花が散っている。

「……ワイバーンロード。まさか、こんな場所に伝説級でんせつきゅうの魔獣が現れるとはな……」

 カズエルが忌々いまいましげに舌打ちをする。それは、一個師団で挑んでも全滅しかねない、災害そのものと呼べる怪物だ。

 魔獣が口を開く。放たれた雷のブレスが、石造りの時計塔を紙細工のように粉砕した。崩れ落ちる瓦礫が逃げ遅れた人々へと降り注ぐ。

「くそっ! 急ぐぞ!」

 俺たちは騎士団の臨時指揮所へと走った。

 指揮官である壮年の騎士は、すすと血にまみれ、絶望に染まった目で立ち尽くしていた。だが、俺たちの姿を認めた瞬間、その目に一筋の希望が灯る。

「カイン殿! 来てくれたか! だが……見てくれ、この惨状を。我々の矢も魔法も、奴の硬い鱗には傷一つつけられん! もはや、打つ手が……!」

「諦めないでください!」

 俺は指揮官の肩を、彼がよろめくほど強くたたいた。

「住民の避難誘導と、救護をお願いします。あの化け物は――俺たちが引き受けます」

 俺の言葉に指揮官は涙を溜めて深くうなずいた。

 俺たちは被害が最も大きい中央広場へと躍り出た。周囲には遮蔽物しゃへいぶつがなく、奴を迎え撃つには絶好の、そして最も危険な場所だ。

 俺たちの存在に気づいたワイバーンロードが、空気を震わせる甲高い咆哮ほうこうを上げる。その殺意だけで心臓が止まりそうなほどのプレッシャーが降り注ぐ。

「作戦通り、奴の注意を俺たちに引きつける! カズエル、頼む!」

「ああ、了解だ。……ったく、こいつは想定以上の『重い』処理になりそうだ」

 カズエルは広場の中央に立ち、冷静な手つきで空中に幾何学模様きかがくもようを描き始めた。

「理式障壁、展開。全方位、対魔力・対物理、両面防御。……これでしのぎ切ってみせる」

 彼が低くつぶやくと同時に、俺たち六人を包み込む半透明のエネルギードームが形成される。

 直後、上空から極太の雷撃が降り注いだ。ドームが激しく明滅し、耳をつんざく破裂音が響く。

「ぐっ……! エネルギー値が桁違いだな……!」

 カズエルが膝を折りそうになりながらも、冷や汗を流して耐える。

「ルナ、敵の動きは!」

「見えてる! あいつ、すっごく怒ってる! 次は大きく回って、右から来るよ!」

 ルナは恐怖に小さな体を震わせながらも、『感知の魔眼センス・アイ』を見開き、必死に未来を叫んだ。

「エルン、合わせられるか?」

「はい! この街をこれ以上傷つけさせはしません!」

 エルンが杖を構える。その先端に収束するのは、彼女の祈りと、守るための決意だ。

「光の精霊ルミナよ、陽光石ようこうせきを代償に邪悪なる翼を射抜け——『光矢ルミナス・レイ』!」

 放たれた光の矢が一直線に空を駆け、ワイバーンロードの翼膜を正確に貫いた。ジュッ、と肉が焼ける音と共に魔獣が苦痛の悲鳴を上げる。

「当たった! けれど、浅い!」

 セリスが剣を構えながら叫ぶ。傷ついた魔獣は怒りを倍増させ、そのあかい瞳で明確に俺たちを――いや、攻撃を放ったエルンを標的に定めた。

「カイン、来るよ! エルンが狙われる! その直後、カインの目の前に尻尾が来る!」

 ルナの悲鳴のような警告。死の予知。だが、それは同時に勝利への道筋でもある。

「分かった! 俺の番だな!」

 俺は一歩前に踏み出した。

 上空から、憤怒の塊となったワイバーンロードが急降下してくる。その巨大な爪がエルンを引き裂こうと迫る。
 カズエルの障壁がきしむ音が聞こえる。エルンが息を呑む気配がする。だが、俺は動かない。敵を見ない。
 俺が見つめるのは、ルナが示した「何もない空間」一点のみ。

(信じろ。ルナの目を。仲間の力を。そして、俺自身の技を!)

 世界がスローモーションになる。俺は右手に全ての魔力を集中させた。水流を高圧で圧縮し、刃の形へと練り上げるイメージを固める。

「ウンディーヴァよ、蒼き閃光となりてほとばしれ——『蒼閃そうせん』!」

 俺は誰もいない空へ向かって、全力で水の刃を解き放った。

 一瞬の静寂。

 その直後、ブレスを吐き終え、体勢を立て直そうと翼を広げたワイバーンロードの巨体が、自ら俺の刃の軌道へと飛び込んできた。

 ザシュッ!!

 水と肉が激突する生々しい音が響く。

蒼閃そうせん』は寸分の狂いもなく、傷ついた翼の付け根、その最も脆い一点を深々と断ち切った。

「ギシャアアアアアアアアッ!!」

 空気を震わす絶叫。

 片翼を失った伝説の魔獣が、大量の鮮血を撒き散らしながらバランスを崩す。空の王者は、もはやただの墜落する肉塊と化し、錐揉きりもみしながら俺たちのいる広場へと迫る。

「来るぞ! 総員、衝撃に備えろ!」

 レオナルドが叫び、セリスと共に俺たちの前に立ちはだかる。

 ズウウウウンッ!

 大地が悲鳴を上げ、凄まじい轟音ごうおんと土煙が巻き上がった。俺たちは土埃の中で、砂を噛みながらも、墜ちた絶望を睨みつけた。

 まだだ。戦いは、ここからが本番だ。
感想 0

あなたにおすすめの小説

最弱スキルも9999個集まれば最強だよね(完結)

排他的経済水域
ファンタジー
12歳の誕生日 冒険者になる事が憧れのケインは、教会にて スキル適性値とオリジナルスキルが告げられる 強いスキルを望むケインであったが、 スキル適性値はG オリジナルスキルも『スキル重複』というよくわからない物 友人からも家族からも馬鹿にされ、 尚最強の冒険者になる事をあきらめないケイン そんなある日、 『スキル重複』の本来の効果を知る事となる。 その効果とは、 同じスキルを2つ以上持つ事ができ、 同系統の効果のスキルは効果が重複するという 恐ろしい物であった。 このスキルをもって、ケインの下剋上は今始まる。      HOTランキング 1位!(2023年2月21日) ファンタジー24hポイントランキング 3位!(2023年2月21日)

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。

久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。 事故は、予想外に起こる。 そして、異世界転移? 転生も。 気がつけば、見たことのない森。 「おーい」 と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。 その時どう行動するのか。 また、その先は……。 初期は、サバイバル。 その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。 有名になって、王都へ。 日本人の常識で突き進む。 そんな感じで、進みます。 ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。 異世界側では、少し非常識かもしれない。 面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す

紅月シン
ファンタジー
 七歳の誕生日を迎えたその日に、レオン・ハーヴェイの全ては一変することになった。  才能限界0。  それが、その日レオンという少年に下されたその身の価値であった。  レベルが存在するその世界で、才能限界とはレベルの成長限界を意味する。  つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。  だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。  その結果として実家の公爵家を追放されたことも。  同日に前世の記憶を思い出したことも。  一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。  その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。  スキル。  そして、自らのスキルである限界突破。  やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。 ※小説家になろう様にも投稿しています

異世界転生したおっさんが普通に生きる

カジキカジキ
ファンタジー
 第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位 応援頂きありがとうございました!  異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界  主人公のゴウは異世界転生した元冒険者  引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。  知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?

侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】

のびすけ。
ファンタジー
気づけば侯爵家の三男として異世界に転生していた元プログラマー。 そこはどこか懐かしく、けれど想像以上に自由で――ちょっとだけ危険な世界。 幼い頃、命の危機をきっかけに前世の記憶が蘇り、 “とっておき”のチートで人生を再起動。 剣も魔法も、知識も商才も、全てを武器に少年は静かに準備を進めていく。 そして12歳。ついに彼は“新たなステージ”へと歩み出す。 これは、理想を形にするために動き出した少年の、 少し不思議で、ちょっとだけチートな異世界物語――その始まり。 【なろう掲載】

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~

しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」 病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?! 女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。 そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!? そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?! しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。 異世界転生の王道を行く最強無双劇!!! ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!! 小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!