50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく

かわさきはっく

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第十一章 混沌の使徒

第207話 怒れる魔獣

 ズウウウウンッ!

 大地そのものが悲鳴を上げたかのような轟音ごうおんと共に、ワイバーンロードの巨体が広場の石畳へと叩きつけられた。
 カズエルの張った理式障壁が、あまりの衝撃波に耐えきれず、ガラス細工のように砕け散る。
 舞い上がった大量の砂塵さじんが、視界の全てを土気色つちけいろに塗りつぶした。

「……ぐっ、やったか!?」

 俺は腕で顔を覆いながら叫ぶ。だが、砂塵さじんの向こうから返ってきたのは、絶望を告げるかのような、腹の底に響く咆哮ほうこうだった。

「ギシャアアアアアッ!!」

 風圧で砂塵さじんが晴れた先にいたのは、片翼を無残に引き裂かれながらも、憎悪に満ちた爛々らんらんたる瞳でこちらを睨みつける魔獣の姿だった。

 地に落ちたことで、その脅威が減じたわけではない。逃げ場のない地上で、手負いの獣が放つ殺気は、先ほどよりもはるかに濃密で、肌を刺すように痛い。

「まだだ! 気を抜くな、ここからが本番だ!」

 俺はふるえそうになる足を叱咤しったし、仲間たちにげきを飛ばす。

「レオナルド、セリス! 奴の首を落とすんだ! 接近戦で押し切れ!」

「承知!」
「お任せください!」

 その号令を待っていたかのように、二人の剣士が同時に地を蹴った。

 カズエルからの『天恵変換エーテルチャージ』によって、尽きることのないスタミナをその身に宿したレオナルドと、自らの技量のすべてを信じる『百閃ひゃくせん』のセリス。二つの閃光が墜ちた竜王へと襲いかかる。

「まずは、その牙をへし折ってくれる!」

 レオナルドが、ワイバーンロードの巨大なあごへと、えて正面から突っ込む。
 噛み砕こうと迫る凶悪な牙。だが、彼はそれを力で受け止めようとはしなかった。
 刹那せつな、レオナルドは上体を低く沈め、コマのように回転しながら懐へと潜り込む。生じた遠心力を二対の刃に乗せ、閉ざされゆく牙の側面を交差させるように打ち抜いた。

 ガギィンッ!

 硬質な破砕音はさいおんと共に、鋼鉄よりも硬い竜の牙が半ばから砕け飛ぶ。

「今だ!」
「はいっ!」

 レオナルドが牙を破壊し、敵が怯んだその一瞬。
 セリスの姿がかすみのように消えた。彼女はワイバーンロードの懐深くへ潜り込み、その強靭な足元へと回り込む。

風哭ふうこくよ、その脚を断て!」

 風をまとった彼女の一閃いっせんが、巨体を支える後ろ脚の腱を的確に切り裂いた。

「グオッ!?」

 体勢を崩したワイバーンロードが、怒り狂って巨大な尻尾をぎ払う。それは城壁すら粉砕する質量の暴力だ。

「カイン、レオナルド、後ろに跳んで!」

 ルナの悲鳴のような警告が飛ぶ。

 思考するより早く体が動いた。俺とレオナルドは即座に後方へと跳躍し、鼻先数センチを通過する死の一撃を回避した。石畳が砕け、破片が弾丸のように頬をかすめる。

「今です、いけます!」

 その隙を逃さず、エルンが杖を構え、膨大な光の魔力を収束させていた。普段の穏やかな彼女からは想像もできない、凛とした気迫。

「光の精霊イルディアよ! 巨大な敵を穿うがつ熱線となれ——終光ラスト・レイ!」

 彼女の杖から、収束された不可視の熱線が一直線に放たれた。魔獣の腹部を直撃し、肉を焼き、内臓を焦がす。

「ギ……ガァァッ!!」

 認識できぬ痛みに、ワイバーンロードが身をよじってのたうち回る。だが、あさい。伝説級の生命力は致命傷に至る前にその身を熱線の軌道から逃れさせていた。

 魔獣の視線が、ギロリとエルンへ向けられた。

 自分を傷つけた最大の脅威を本能的に察知したのだ。その巨体から、純粋な殺意の波動がほとばしる。開かれた口元に、再び青白い雷の魔力が収束していく。

「しまっ……ターゲットが変わった!」

「カズエル、障壁を!」

「言われなくても! ……くそっ、出力が安定しない! 理式障壁、再展開!」

 カズエルが焦りの声を上げながら両手をかざす。再び半透明の壁が出現するが、先ほどの墜落の衝撃で、彼の計算領域にもノイズが走っているのか、障壁はもろく揺らいでいた。

 あれでは防ぎきれない。
 その絶体絶命の瞬間、セリスが動いた。

「行かせません!」

 彼女は躊躇ちゅうちょなくワイバーンロードの頭部へ駆け上がると、その硬い鱗の上を滑るように走り、放電の邪魔をするように魔獣の目の前で愛剣を閃かせた。

「ハアッ!」

 切っ先が魔獣の鼻先を切り裂く。痛みと驚きで狙いがれ、雷のブレスはむなしく空へと放たれた。

「今しかない!」

 俺は全ての神経を研ぎ澄ませた。
 セリスが作った一瞬の隙。魔獣の意識が分散したこの瞬間こそが、唯一の勝機。

「ルナ!」

「カイン! ……首の付け根、真下だよ! そこだけ鱗が浮いてる!」

 ルナの瞳が確かな未来を捉えている。
 俺は迷わず、その「見えない弱点」へと狙いを定めた。右手に全ての魔力を集中させる。

「任せろっ!」

 俺はルナが示した、何もない空間へと、ありったけの魔力を込めた刃を放った。

「ウンディーヴァよ、全てを断ち切れ――蒼閃そうせん!」

 蒼き水流が奔る。

 ワイバーンロードは頭上のセリスを振り払おうと、大きく首をのけぞらせる。そして、その動きが最高潮に達し、一瞬だけ喉元が無防備にさらされた場所――そこは、まさに俺が蒼閃そうせんを放った、その軌道上だった。

 ザンッ!

 肉を断つ、重く鈍い音が響く。高圧の水刃は、ワイバーンロードの硬い鱗の隙間を縫い、その首の付け根を深々と切り裂いた。

「ギ……シャ……ア……」

 最後の咆哮を上げることもできず、大量の鮮血と共にワイバーンロードの巨大な瞳から光が消えていく。

 その巨体はゆっくりと横へと傾き、ズズン、と地響きを立てて倒れたあと、完全に沈黙した。
 静寂が広場を支配する。
 残されたのは俺たちの荒い呼吸と、焼けた石の匂い、そして遠くで上がる、住民たちの声にならないどよめきだけだった。

「……はぁ、はぁ……」

 俺はその場に膝をつき、震える手を見つめた。
 勝った。王都を襲った巨大な絶望に。ただ六人の力で。
 俺はゆっくりと顔を上げ、仲間たちを見回した。

 全員、魔力も体力も尽き、ボロボロになって息を切らしている。だが、すすと汗にまみれたその顔には、確かな勝利の輝きがあった。
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