217 / 330
第十二章 偽りの叡智と王の涙
第217話 解呪の理式
ヴァレリウスの書斎での、知恵を巡る死闘が始まってから、四日が過ぎた。
俺たち戦闘組は交代で書斎の警護と外部の警戒を続けていたが、セイオンの手の者が現れる気配は一向になかった。
嵐の前の静けさか、それとも、俺たちが『禁書庫』の奥で立ち往生している様を、高みから見物して楽しんでいるのか。不気味な沈黙が、かえって精神を摩耗させていく。
書斎の中央ではカズエルとエルン、そしてヴァレリウスが、文字通り不眠不休で『黒い石板』の解析を続けていた。
床には書き損じの羊皮紙が散乱し、空気は焦燥と疲労で重く淀んでいる。
「……くそっ! ダメだ。この領域の論理構造が、どうしても解体できない!」
カズエルの叫びにも似た声が響く。彼は血走った目で、空中に投影された理式を睨みつけていた。
赤黒く明滅する複雑怪奇な紋様は、まるで嘲笑うかのように形を変え、解析を拒み続けている。
だが、彼らは諦めなかった。
カズエルの緻密な論理、エルンの鋭敏な感性、ヴァレリウスの膨大な知識。
三つの異なる知性が、一つの目標に向かって互いの欠点を補い合い、数万行にも及ぶ術式の迷宮を、一行ずつ、確実に切り崩していく。
そして、籠城を始めてから四日目の深夜。
極限の集中の中で、ついにその瞬間が訪れた。
「……捉えたぞ」
カズエルが、かすれた、けれど確信に満ちた声でつぶやいた。
「魂に寄生する理式の、最深部の核……。その、逆転の論理回路が見えた!」
彼は震える指先で、空中の理式に新たな線を書き加えていく。
「エルン殿、今だ! そこに光を、最大出力で流し込め!」
「はいっ……!」
エルンが魔力を振り絞るように、杖を掲げた。清冽な光の奔流が、カズエルの指し示した一点へと注ぎ込まれる。
パァァァァンッ……!
まるで、世界を縛っていた鎖が断ち切られるような、硬質で澄んだ音が部屋の中に響き渡った。
俺たちの目の前で、禍々しい輝きを放っていた赤黒い紋様が、ガラス細工のように砕け散り、光の粒子となって霧散していく。
そして、その後に残されたのは――。
温かく、そしてどこまでも清浄な白い光で構成された、全く新しい理式の姿だった。
それは完璧な調和を描き、静かに、美しく脈動していた。
「……やった、のか?」
俺が呆然とつぶやくと、カズエルは糸が切れたように椅子に深くもたれかかり、天井を仰いで大きく息を吐いた。
「ああ……。コンパイル、完了だ。バグは全て取り除いた。……これが、奴らの呪いを解くための、『解呪の理式』だ」
その言葉に、部屋にいた全員から安堵の溜息が漏れた。
エルンはその場にへたり込み、喜びと疲労で瞳を潤ませている。
ヴァレリウスもまた、震える手で目元を拭っていた。
長い、長い戦いが、一つの結実を見た瞬間だった。
だが、休んでいる暇はない。これはゴールではなく、反撃のスタートラインなのだから。
「……カズエル、エルン。ヴァレリウス様。本当によくやってくれた」
俺は歩み寄り、二人の肩を強くたたいた。
「だが、これはまだ始まりに過ぎない。この理式が本当に機能するかどうか、実証する必要がある」
俺の言葉に、弛緩しかけた空気再び引き締まる。
「最初の被験者は決まっているな?」
俺は王都のある方角を見据えた。
「ロルディアの第一王子、アーレスト殿下だ。彼を、その呪いから解放する。それが、俺たちが最初に成し遂げるべき、『混沌の使徒』に対する戦いの勝利だ」
「ええ、そうですね」
エルンが涙を拭い、力強くうなずく。
「この力は、そのためにこそ、あるのですから」
俺たちはヴァレリウスに向き直り、深く頭を下げた。
「ヴァレリウス様。場所を提供していただき、そして知恵を貸していただき、本当にありがとうございました」
「よいのじゃ。わしは信じておったぞ。お前たちなら成し遂げると」
老神官は誇らしげに、そして満足げに微笑んだ。
俺たちは休む間もなく、帰還の準備を始めた。
手に入れたこの希望の光を、それを待つ人々の元へ届けるために。
一行は再び王都ロルディアへと急ぎ帰還することを決意した。
俺たち戦闘組は交代で書斎の警護と外部の警戒を続けていたが、セイオンの手の者が現れる気配は一向になかった。
嵐の前の静けさか、それとも、俺たちが『禁書庫』の奥で立ち往生している様を、高みから見物して楽しんでいるのか。不気味な沈黙が、かえって精神を摩耗させていく。
書斎の中央ではカズエルとエルン、そしてヴァレリウスが、文字通り不眠不休で『黒い石板』の解析を続けていた。
床には書き損じの羊皮紙が散乱し、空気は焦燥と疲労で重く淀んでいる。
「……くそっ! ダメだ。この領域の論理構造が、どうしても解体できない!」
カズエルの叫びにも似た声が響く。彼は血走った目で、空中に投影された理式を睨みつけていた。
赤黒く明滅する複雑怪奇な紋様は、まるで嘲笑うかのように形を変え、解析を拒み続けている。
だが、彼らは諦めなかった。
カズエルの緻密な論理、エルンの鋭敏な感性、ヴァレリウスの膨大な知識。
三つの異なる知性が、一つの目標に向かって互いの欠点を補い合い、数万行にも及ぶ術式の迷宮を、一行ずつ、確実に切り崩していく。
そして、籠城を始めてから四日目の深夜。
極限の集中の中で、ついにその瞬間が訪れた。
「……捉えたぞ」
カズエルが、かすれた、けれど確信に満ちた声でつぶやいた。
「魂に寄生する理式の、最深部の核……。その、逆転の論理回路が見えた!」
彼は震える指先で、空中の理式に新たな線を書き加えていく。
「エルン殿、今だ! そこに光を、最大出力で流し込め!」
「はいっ……!」
エルンが魔力を振り絞るように、杖を掲げた。清冽な光の奔流が、カズエルの指し示した一点へと注ぎ込まれる。
パァァァァンッ……!
まるで、世界を縛っていた鎖が断ち切られるような、硬質で澄んだ音が部屋の中に響き渡った。
俺たちの目の前で、禍々しい輝きを放っていた赤黒い紋様が、ガラス細工のように砕け散り、光の粒子となって霧散していく。
そして、その後に残されたのは――。
温かく、そしてどこまでも清浄な白い光で構成された、全く新しい理式の姿だった。
それは完璧な調和を描き、静かに、美しく脈動していた。
「……やった、のか?」
俺が呆然とつぶやくと、カズエルは糸が切れたように椅子に深くもたれかかり、天井を仰いで大きく息を吐いた。
「ああ……。コンパイル、完了だ。バグは全て取り除いた。……これが、奴らの呪いを解くための、『解呪の理式』だ」
その言葉に、部屋にいた全員から安堵の溜息が漏れた。
エルンはその場にへたり込み、喜びと疲労で瞳を潤ませている。
ヴァレリウスもまた、震える手で目元を拭っていた。
長い、長い戦いが、一つの結実を見た瞬間だった。
だが、休んでいる暇はない。これはゴールではなく、反撃のスタートラインなのだから。
「……カズエル、エルン。ヴァレリウス様。本当によくやってくれた」
俺は歩み寄り、二人の肩を強くたたいた。
「だが、これはまだ始まりに過ぎない。この理式が本当に機能するかどうか、実証する必要がある」
俺の言葉に、弛緩しかけた空気再び引き締まる。
「最初の被験者は決まっているな?」
俺は王都のある方角を見据えた。
「ロルディアの第一王子、アーレスト殿下だ。彼を、その呪いから解放する。それが、俺たちが最初に成し遂げるべき、『混沌の使徒』に対する戦いの勝利だ」
「ええ、そうですね」
エルンが涙を拭い、力強くうなずく。
「この力は、そのためにこそ、あるのですから」
俺たちはヴァレリウスに向き直り、深く頭を下げた。
「ヴァレリウス様。場所を提供していただき、そして知恵を貸していただき、本当にありがとうございました」
「よいのじゃ。わしは信じておったぞ。お前たちなら成し遂げると」
老神官は誇らしげに、そして満足げに微笑んだ。
俺たちは休む間もなく、帰還の準備を始めた。
手に入れたこの希望の光を、それを待つ人々の元へ届けるために。
一行は再び王都ロルディアへと急ぎ帰還することを決意した。
あなたにおすすめの小説
最弱スキルも9999個集まれば最強だよね(完結)
排他的経済水域
ファンタジー
12歳の誕生日
冒険者になる事が憧れのケインは、教会にて
スキル適性値とオリジナルスキルが告げられる
強いスキルを望むケインであったが、
スキル適性値はG
オリジナルスキルも『スキル重複』というよくわからない物
友人からも家族からも馬鹿にされ、
尚最強の冒険者になる事をあきらめないケイン
そんなある日、
『スキル重複』の本来の効果を知る事となる。
その効果とは、
同じスキルを2つ以上持つ事ができ、
同系統の効果のスキルは効果が重複するという
恐ろしい物であった。
このスキルをもって、ケインの下剋上は今始まる。
HOTランキング 1位!(2023年2月21日)
ファンタジー24hポイントランキング 3位!(2023年2月21日)
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す
紅月シン
ファンタジー
七歳の誕生日を迎えたその日に、レオン・ハーヴェイの全ては一変することになった。
才能限界0。
それが、その日レオンという少年に下されたその身の価値であった。
レベルが存在するその世界で、才能限界とはレベルの成長限界を意味する。
つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。
だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。
その結果として実家の公爵家を追放されたことも。
同日に前世の記憶を思い出したことも。
一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。
その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。
スキル。
そして、自らのスキルである限界突破。
やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。
※小説家になろう様にも投稿しています
異世界転生したおっさんが普通に生きる
カジキカジキ
ファンタジー
第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位
応援頂きありがとうございました!
異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界
主人公のゴウは異世界転生した元冒険者
引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。
知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?
侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】
のびすけ。
ファンタジー
気づけば侯爵家の三男として異世界に転生していた元プログラマー。
そこはどこか懐かしく、けれど想像以上に自由で――ちょっとだけ危険な世界。
幼い頃、命の危機をきっかけに前世の記憶が蘇り、
“とっておき”のチートで人生を再起動。
剣も魔法も、知識も商才も、全てを武器に少年は静かに準備を進めていく。
そして12歳。ついに彼は“新たなステージ”へと歩み出す。
これは、理想を形にするために動き出した少年の、
少し不思議で、ちょっとだけチートな異世界物語――その始まり。
【なろう掲載】
称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~
しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」
病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?!
女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。
そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!?
そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?!
しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。
異世界転生の王道を行く最強無双劇!!!
ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!!
小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!