50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく

かわさきはっく

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第十二章 偽りの叡智と王の涙

第221話 英雄たちの休息

 アーレスト王子の解呪から数日が過ぎた。

 王都を覆っていた脅威は去り、街は復興に向けて、力強く、そして活気に満ちた日常を取り戻しつつあった。俺たち一行もまた、王から与えられたこの屋敷で、久しぶりに何にも追われることのない、穏やかな時間を過ごしていた。

 昼下がりの庭園。

 柔らかな木漏れ日が降り注ぐ中、俺たちは白いクロスのかかったテーブルを囲み、エルンが淹れてくれたハーブ茶を飲んでいた。琥珀色こはくいろの液体から立ち上る湯気が、心を芯からほぐしていく。

「……しかし、改めて考えると、とんでもない旅路だったな」

 レオナルドが空を流れる雲を見上げながら、しみじみとつぶやいた。

「封印書庫の罠、王都を襲った魔獣……。一つ間違えれば、我々は誰一人、今ここにいなかったかもしれん。こうして茶を啜っているのが不思議なくらいだ」

「ええ。ですが、私たちはそのすべてを乗り越えました。……この六人の力で」

 セリスがカップを置き、レオナルドの言葉に静かな誇りを込めて応じる。

「カズエルの防御結界がなかったら、魔獣のブレスで最初のうちにやられてたな。あれは本当に助かった」

 俺が言うと、カズエルは茶菓子をつまみながら、さも当然といった顔で鼻を鳴らした。

「ふん。あれは敵の攻撃係数と、こちらの耐久値を瞬時に計算した上で、必要最低限の強度で構築したた最適解だ。ただの合理的判断の結果だよ」

「それを、あの土壇場でやってのけるのが『すごい』って言ってるんだよ。素直じゃないな」

「む……」

「ルナの『炎の袋フレイム・バルーン』も、すごかったよ! あれがなかったら、ゴーレムの弱点、わからなかったもんな!」

「えへへ、そうかな? もっと褒めていいよ~!」

 俺の隣で、ルナが口いっぱいにクッキーを頬張りながら、照れくさそうに笑う。

 仲間たちとの、そんな他愛のない会話。
 血と泥にまみれた戦いの日々の中では忘れてしまいがちな、温かく、そしてかけがえのない時間だった。
 俺はこの穏やかな光景が一日でも長く続くことを心の底から願った。
 ……だからこそ、ここで立ち止まっているわけにはいかない。

 俺はカップをソーサーに戻した。カチャン、という硬質な音が和やかな空気を断ち切る。

「……皆、聞いてくれ」

 俺の声色が変わったことを察し、仲間たちの視線が一斉に俺へと集まった。

「次に俺たちが向かう場所を決めた」

 俺は一呼吸置いて、その目的地を告げた。

「もう一度、魔族領へ行く。『嘆きの谷』だ」

 仲間たちの顔に緊張が走る。

 エルンが心配そうに問いかけた。

「カイン……。あそこでの争いは鎮圧されたはずでは……?」

「ああ。だが、問題の根本は何も解決していない」

 俺は二本の指を立て、理由を説明し始めた。

「一つは、俺たちが完成させた『解呪の理式』だ。あれが、心を壊されたままの、あの谷の魔族にも有効なのかどうか……俺自身の目で確かめたい」

 アーレスト王子は救えた。だが、それは始まりに過ぎない。

 『混沌の使徒』が生み出した悲劇はまだそこにある。実験動物のように扱われ、心を壊された者たちを見捨てることは俺にはできなかった。それは奴らへの敗北に思えたのだ。

「そして、もう一つ」

 俺は仲間たちを見回した。

「吸血鬼マルヴェスとの約束だ。俺たちが掴んだ『混沌の使徒』に関する情報を彼に渡す必要がある」

「……あの男に、ですか?」

 セリスが露骨に眉をひそめ、警戒を露わにする。

「ああ。奴は危険な男だ。油断すれば喉笛を食いちぎられるかもしれん。だが……『混沌の使徒』を『醜悪だ』と断じた、あの言葉に嘘はないはずだ。敵の敵は、今は味方として利用できる。セイオンという、より巨大な敵と戦うためには、マルヴェスが持つ情報や力も、俺たちには必要になる」

 俺の説明に仲間たちは視線を交わし、やがて一人、また一人とうなずいていく。
 それは決して楽な道ではない。だが、今、俺たちが選ぶべき道であることを皆が理解してくれた瞬間だった。

「分かった。それが、お前の決断なのだな」

 レオナルドが立ち上がり、腰の剣に手を添えた。

「ならば俺たちは、お前と共にどこへでも行こう。地獄の底だろうと、魔族の谷だろうとな」

 その言葉が俺たちの総意だった。

 王都に訪れた、しばしの休息。
 それは、次なる過酷な旅へと向かうための準備期間となった。

 俺たちの心はすでに、あの静寂と悲劇の土地へと向かっていた。
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