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第十三章 英雄の喧騒と誓いの言葉
第223話 二つの影
王都の喧騒を背に俺たち六人は南東へと続く街道を進んでいた。
アーカイメリアでの死闘、そして王都を救ったワイバーンロードとの激戦。息つく暇もない日々の末に、ようやく訪れたはずの平穏。だが、俺たちの次なる目的地は、『混沌の使徒』の影がちらつく魔族領『嘆きの谷』だ。
旅の空気は決して楽観的なものではなかった。
「……それにしても、静かになったな」
木漏れ日が揺れる街道で俺がポツリとつぶやくと、隣を歩いていたカズエルが呆れたように肩をすくめた。
「そりゃ、お前らみたいな『英雄様』一行が通るんだ。普通の盗賊なら、噂を聞いただけで裸足で逃げ出すだろうさ」
「そういう意味で言ったんじゃない」
軽口を叩きながらも、俺たちは周囲への警戒を解いていなかった。
***
数日が過ぎ、街道が森深くなるにつれて、人影はまばらになっていく。
鳥のさえずりと、風に揺れる木々の音だけが支配する世界。
その時だった。
「……止まれ」
先頭を歩いていたレオナルドが静かに右手を上げて隊列を制した。彼の鋭い視線が後方の木々の間に向けられている。
「カイン。……二つの影が我々をつけてきている」
セリスもまた愛剣『風哭』の柄に手を置き、低い声で告げた。
「敵意も、殺気も感じられません。素人のようです。ですが……」
俺たちが振り返ると、街道の少し先、太い樫の木の陰から、二人の若い女性冒険者がおずおずと姿を現した。
どちらも軽装で、ごく普通の人間のように見える。
「あ、あのっ、すみません! もしかして、『双冠の英雄』のカイン様……ご一行では……!?」
栗色の髪を活発に揺らし、そばかすの浮いた顔で、一人が声を弾ませて駆け寄ってきた。その瞳は純粋な憧れでキラキラと輝いている。
「俺はカインだが……」
「やっぱりぃ!! 私、リナって言います! 王都でのワイバーンロード討伐、見てました! もう、すっごくかっこよくて……! 大大大ファンなんです!」
あまりの勢いに、俺は思わず一歩後ずさった。
なんだこの状況は。元の世界で言えば、プライベートで出歩いている有名人にばったり出くわした熱狂的なファンの反応そのままだ。
「……落ち着きなさい、リナ。皆様を困らせてしまいますわ」
もう一人の、黒髪を長く束ねた落ち着いた雰囲気の女性が、興奮するリナを窘めながら、カズエルの前に進み出て、優雅に一礼した。
「神授の媒介者、カズエル様。私はセリシアと申します。貴方様の王都でのご活躍、そしてその深淵なるお知恵、深く尊敬しております」
「はあ……」
カズエルは帽子を目深にかぶり直し、どこか面倒くさそうに相槌を打った。彼はこの手の「信奉者」タイプが一番苦手なのだ。
リナは俺たちの前に回り込むと、勢いよく頭を下げた。
「お願いです! 私たち、絶対に足手まといにはなりませんから! この旅に、どうか同行させてはいただけないでしょうか!」
その真っ直ぐすぎる願いに、俺は言葉に詰まった。
ただ純粋な、しかし少々度を越した好意。そんなもの、現世から今に至るまで、ただの一度も向けられたことなどなかったのだから。
「……気持ちはありがたいが、俺たちの旅は君たちが思う英雄譚のようなものじゃない。命の保証はないし、危険すぎる」
「それでも構いません! 英雄様たちの戦いを、この目で見たいんです!」
リナは一歩も引かない。その瞳には、ある種の狂信的な熱さえ宿っている。
俺がどう断ったものかと悩んでいると、背後の空気が急速に冷え込んでいくのを感じた。
「……カイン殿」
セリスの声が、氷点下のように低い。
「一般人を戦場に連れて行くなど、騎士として承服しかねます。それに、どこの馬の骨とも知れぬ者を……」
「そ、そうですよ!」
エルンもまた、珍しく語気を強めて俺の袖を引いた。
「ただでさえ危険な旅なのに、守るべき人が増えてはカインの負担になります。ここはきっぱりとお断りするべきです」
二人の視線は明らかに「余計なものを拾うな」と訴えている。レオナルドは腕を組み、値踏みするように二人を観察している。
(……やれやれ、困ったことになったな)
俺は眉間を揉んだ。
ここで無下に追い返しても、この熱意だ、勝手についてくる可能性がある。そうなれば、目の届かない場所で野垂れ死ぬかもしれない。それは「英雄」として、あまりにも後味が悪い。
それに、もし敵の間者だとしたら、近くに置いて監視した方が安全だ。
俺は仲間たちの顔を一人一人見回した。
最終的な判断はリーダーである俺に委ねられている。英雄と称えられる俺の器を試されている気さえした。
「……わかった」
俺は深く息を吐いてから、口を開いた。リナの顔が、パァッと輝く。
だが、俺は厳しい声で言葉を続けた。
「ただし、二つ条件がある。一つ、同行は次の街までだ。それ以降は別行動をとってもらう。もう一つは、旅の間、俺たちの指示には絶対に従うこと。勝手な行動をした瞬間、置いていく。……いいな?」
リスクを承知で、あえて受け入れる。だが、主導権はこちらが完全に握る。それが俺の出した答えだった。
「はいっ! ありがとうございます! カイン様!」
勢いよくうなずくリナの隣で、セリシアもまた、静かに、しかし口元に微かな笑みを浮かべて深く頭を下げた。
一見、甘いと見えるかもしれないこの判断が、俺たちのパーティに、新たな『混沌』の種子を植え付けることになるのを、この時の俺はまだ知る由もなかった。
不穏な空気をはらんだまま、俺たち八人の、奇妙な旅が始まろうとしていた。
アーカイメリアでの死闘、そして王都を救ったワイバーンロードとの激戦。息つく暇もない日々の末に、ようやく訪れたはずの平穏。だが、俺たちの次なる目的地は、『混沌の使徒』の影がちらつく魔族領『嘆きの谷』だ。
旅の空気は決して楽観的なものではなかった。
「……それにしても、静かになったな」
木漏れ日が揺れる街道で俺がポツリとつぶやくと、隣を歩いていたカズエルが呆れたように肩をすくめた。
「そりゃ、お前らみたいな『英雄様』一行が通るんだ。普通の盗賊なら、噂を聞いただけで裸足で逃げ出すだろうさ」
「そういう意味で言ったんじゃない」
軽口を叩きながらも、俺たちは周囲への警戒を解いていなかった。
***
数日が過ぎ、街道が森深くなるにつれて、人影はまばらになっていく。
鳥のさえずりと、風に揺れる木々の音だけが支配する世界。
その時だった。
「……止まれ」
先頭を歩いていたレオナルドが静かに右手を上げて隊列を制した。彼の鋭い視線が後方の木々の間に向けられている。
「カイン。……二つの影が我々をつけてきている」
セリスもまた愛剣『風哭』の柄に手を置き、低い声で告げた。
「敵意も、殺気も感じられません。素人のようです。ですが……」
俺たちが振り返ると、街道の少し先、太い樫の木の陰から、二人の若い女性冒険者がおずおずと姿を現した。
どちらも軽装で、ごく普通の人間のように見える。
「あ、あのっ、すみません! もしかして、『双冠の英雄』のカイン様……ご一行では……!?」
栗色の髪を活発に揺らし、そばかすの浮いた顔で、一人が声を弾ませて駆け寄ってきた。その瞳は純粋な憧れでキラキラと輝いている。
「俺はカインだが……」
「やっぱりぃ!! 私、リナって言います! 王都でのワイバーンロード討伐、見てました! もう、すっごくかっこよくて……! 大大大ファンなんです!」
あまりの勢いに、俺は思わず一歩後ずさった。
なんだこの状況は。元の世界で言えば、プライベートで出歩いている有名人にばったり出くわした熱狂的なファンの反応そのままだ。
「……落ち着きなさい、リナ。皆様を困らせてしまいますわ」
もう一人の、黒髪を長く束ねた落ち着いた雰囲気の女性が、興奮するリナを窘めながら、カズエルの前に進み出て、優雅に一礼した。
「神授の媒介者、カズエル様。私はセリシアと申します。貴方様の王都でのご活躍、そしてその深淵なるお知恵、深く尊敬しております」
「はあ……」
カズエルは帽子を目深にかぶり直し、どこか面倒くさそうに相槌を打った。彼はこの手の「信奉者」タイプが一番苦手なのだ。
リナは俺たちの前に回り込むと、勢いよく頭を下げた。
「お願いです! 私たち、絶対に足手まといにはなりませんから! この旅に、どうか同行させてはいただけないでしょうか!」
その真っ直ぐすぎる願いに、俺は言葉に詰まった。
ただ純粋な、しかし少々度を越した好意。そんなもの、現世から今に至るまで、ただの一度も向けられたことなどなかったのだから。
「……気持ちはありがたいが、俺たちの旅は君たちが思う英雄譚のようなものじゃない。命の保証はないし、危険すぎる」
「それでも構いません! 英雄様たちの戦いを、この目で見たいんです!」
リナは一歩も引かない。その瞳には、ある種の狂信的な熱さえ宿っている。
俺がどう断ったものかと悩んでいると、背後の空気が急速に冷え込んでいくのを感じた。
「……カイン殿」
セリスの声が、氷点下のように低い。
「一般人を戦場に連れて行くなど、騎士として承服しかねます。それに、どこの馬の骨とも知れぬ者を……」
「そ、そうですよ!」
エルンもまた、珍しく語気を強めて俺の袖を引いた。
「ただでさえ危険な旅なのに、守るべき人が増えてはカインの負担になります。ここはきっぱりとお断りするべきです」
二人の視線は明らかに「余計なものを拾うな」と訴えている。レオナルドは腕を組み、値踏みするように二人を観察している。
(……やれやれ、困ったことになったな)
俺は眉間を揉んだ。
ここで無下に追い返しても、この熱意だ、勝手についてくる可能性がある。そうなれば、目の届かない場所で野垂れ死ぬかもしれない。それは「英雄」として、あまりにも後味が悪い。
それに、もし敵の間者だとしたら、近くに置いて監視した方が安全だ。
俺は仲間たちの顔を一人一人見回した。
最終的な判断はリーダーである俺に委ねられている。英雄と称えられる俺の器を試されている気さえした。
「……わかった」
俺は深く息を吐いてから、口を開いた。リナの顔が、パァッと輝く。
だが、俺は厳しい声で言葉を続けた。
「ただし、二つ条件がある。一つ、同行は次の街までだ。それ以降は別行動をとってもらう。もう一つは、旅の間、俺たちの指示には絶対に従うこと。勝手な行動をした瞬間、置いていく。……いいな?」
リスクを承知で、あえて受け入れる。だが、主導権はこちらが完全に握る。それが俺の出した答えだった。
「はいっ! ありがとうございます! カイン様!」
勢いよくうなずくリナの隣で、セリシアもまた、静かに、しかし口元に微かな笑みを浮かべて深く頭を下げた。
一見、甘いと見えるかもしれないこの判断が、俺たちのパーティに、新たな『混沌』の種子を植え付けることになるのを、この時の俺はまだ知る由もなかった。
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