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第十三章 英雄の喧騒と誓いの言葉
第236話 ほろ苦い作戦会議
リナとセリシアが去った後の屋敷内は墓場のように静まり返っていた。
だが、それは安らぎの静寂ではない。分厚い扉の外から絶え間なく聞こえてくる、求婚者たちの喧騒と怒号が、俺たちの心を真綿で首を締めるようにじわじわと追い詰めていた。
パーティ内部の亀裂は、ひとまず塞がった。しかし、俺たちは今、より巨大で、そして厄介な問題の渦中に取り残されていた。
「……さて、どうしたものか」
談話室の暖炉の前。俺が重い口を開くと、カズエルが腕を組んだまま、即座に盤面を整理し始めた。
「状況はチェックメイト寸前だ。……選択肢は三つ。まず一つ目、特定の国の求婚者を受け入れる。だが、それを選べば我々はその国の政治的駒として組み込まれ、他の二国との間に決定的な溝が生まれる」
カズエルは指を二本立てる。
「二つ、全ての求婚を拒絶する。だが、これは各国の有力者、ひいては王族の顔に泥を塗る行為だ。最悪の場合、英雄である我々が、王国にとっての新たな外交問題の火種になる。……どちらも敵の思う壺だ」
「では、三つ目は?」
レオナルドが低い声で問う。
「何もしない、だ。しかし、それもまた悪手だ。この膠着状態が続けば、俺たちは身動きが取れず、王都から一歩も出られなくなる。それこそが俺たちの足を止めたい『混沌の使徒』の真の狙いだろう」
完全な手詰まり。
剣も魔法も、そして俺たちがこれまで培ってきた信頼や名声すらも、このドロドロとした状況を打開する力にはならない。
「……レオンハルト陛下に仲裁を頼むことはできないのでしょうか」
セリスが藁にもすがる思いで提案する。
「無駄だ」
カズエルは即座に、冷徹に否定した。
「王がこの問題に介入した瞬間、これは俺たちの個人的な問題ではなく、国家間の公式な外交問題へと発展する。そうなれば、三国関係に亀裂が入り、混沌の使徒が望む、より大きな『ざわめき』を生むだけだ」
彼の分析は、俺たちに残された道が、いかに少ないかを容赦なく突きつけていた。
誰もがうつむき、言葉を失う。
この、あまりにも巧妙に仕組まれた、悪意ある知略の檻から脱出する方法は本当にないのだろうか。
その重い沈黙の中で、俺は、一つの可能性に思い至った。
それは、あまりにも突飛で、ベタで、そしてあまりにも……ほろ苦い解決策。
「……なあ、カズエル」
俺は隣に座る親友の顔を見た。彼もまた、眼鏡の奥で光を反射させながら、同じ結論にたどり着いていたようだった。
「ああ。……リスクはあるが、これしかないか」
「……手は一つだけ、ある」
俺の言葉に仲間たちの視線が集まる。俺はカズエルに目配せし、説明を促した。
「誰か一人を選ぶのでもなく、全員を拒絶するのでもない。……俺たちが、すでに『伴侶がいる』という、既成事実を作ってしまうんだ」
その言葉に、エルンとセリス、そしてルナの顔が驚きに固まった。
「我々の中から公式なパートナーを選ぶ。それも、外部の人間ではなく、苦楽を共にしてきた仲間同士で、だ。
『戦いの中で愛が芽生え、すでに将来を誓い合っている』――そう公表すれば、いかなる権力者といえど、英雄の純愛を引き裂くことはできない。どの国の顔も立てつつ、全ての縁談を角を立てずに断ることができる唯一の『解』だ」
それは、まさに苦肉の策だった。
そして、このパーティで、その条件に当てはまる大人の女性は二人しかいない。
エルンと、セリスだ。
「……それは」
エルンが何かを言いかけて、言葉を失う。頬に朱が差すのを、彼女自身も止められないようだった。
「これは、恋愛ごっこではない。外交的危機を乗り越え、混沌の使徒の思惑を断ち切るための、高度な『欺瞞作戦』だ」
俺は自分自身に言い聞かせるように、そう断言した。
「英雄として、この世界で生きていくと決めた俺たちが払わねばならない、政治的な代償……ということになる」
談話室は再び静寂に包まれた。だが、それは先ほどまでの絶望的な沈黙とは違う。
一つの、あまりにもほろ苦い、しかし確かな活路を見出した者たちの、覚悟を決めるための静寂だった。
俺はエルンを。
そして、カズエルはセリスを。
それぞれが、その視線の先にいる、最も信頼する異性の仲間を見つめていた。
これから告げなければならない、最も奇妙で、そして最も重い、誓いの言葉を、胸の内に静かに用意しながら。
だが、それは安らぎの静寂ではない。分厚い扉の外から絶え間なく聞こえてくる、求婚者たちの喧騒と怒号が、俺たちの心を真綿で首を締めるようにじわじわと追い詰めていた。
パーティ内部の亀裂は、ひとまず塞がった。しかし、俺たちは今、より巨大で、そして厄介な問題の渦中に取り残されていた。
「……さて、どうしたものか」
談話室の暖炉の前。俺が重い口を開くと、カズエルが腕を組んだまま、即座に盤面を整理し始めた。
「状況はチェックメイト寸前だ。……選択肢は三つ。まず一つ目、特定の国の求婚者を受け入れる。だが、それを選べば我々はその国の政治的駒として組み込まれ、他の二国との間に決定的な溝が生まれる」
カズエルは指を二本立てる。
「二つ、全ての求婚を拒絶する。だが、これは各国の有力者、ひいては王族の顔に泥を塗る行為だ。最悪の場合、英雄である我々が、王国にとっての新たな外交問題の火種になる。……どちらも敵の思う壺だ」
「では、三つ目は?」
レオナルドが低い声で問う。
「何もしない、だ。しかし、それもまた悪手だ。この膠着状態が続けば、俺たちは身動きが取れず、王都から一歩も出られなくなる。それこそが俺たちの足を止めたい『混沌の使徒』の真の狙いだろう」
完全な手詰まり。
剣も魔法も、そして俺たちがこれまで培ってきた信頼や名声すらも、このドロドロとした状況を打開する力にはならない。
「……レオンハルト陛下に仲裁を頼むことはできないのでしょうか」
セリスが藁にもすがる思いで提案する。
「無駄だ」
カズエルは即座に、冷徹に否定した。
「王がこの問題に介入した瞬間、これは俺たちの個人的な問題ではなく、国家間の公式な外交問題へと発展する。そうなれば、三国関係に亀裂が入り、混沌の使徒が望む、より大きな『ざわめき』を生むだけだ」
彼の分析は、俺たちに残された道が、いかに少ないかを容赦なく突きつけていた。
誰もがうつむき、言葉を失う。
この、あまりにも巧妙に仕組まれた、悪意ある知略の檻から脱出する方法は本当にないのだろうか。
その重い沈黙の中で、俺は、一つの可能性に思い至った。
それは、あまりにも突飛で、ベタで、そしてあまりにも……ほろ苦い解決策。
「……なあ、カズエル」
俺は隣に座る親友の顔を見た。彼もまた、眼鏡の奥で光を反射させながら、同じ結論にたどり着いていたようだった。
「ああ。……リスクはあるが、これしかないか」
「……手は一つだけ、ある」
俺の言葉に仲間たちの視線が集まる。俺はカズエルに目配せし、説明を促した。
「誰か一人を選ぶのでもなく、全員を拒絶するのでもない。……俺たちが、すでに『伴侶がいる』という、既成事実を作ってしまうんだ」
その言葉に、エルンとセリス、そしてルナの顔が驚きに固まった。
「我々の中から公式なパートナーを選ぶ。それも、外部の人間ではなく、苦楽を共にしてきた仲間同士で、だ。
『戦いの中で愛が芽生え、すでに将来を誓い合っている』――そう公表すれば、いかなる権力者といえど、英雄の純愛を引き裂くことはできない。どの国の顔も立てつつ、全ての縁談を角を立てずに断ることができる唯一の『解』だ」
それは、まさに苦肉の策だった。
そして、このパーティで、その条件に当てはまる大人の女性は二人しかいない。
エルンと、セリスだ。
「……それは」
エルンが何かを言いかけて、言葉を失う。頬に朱が差すのを、彼女自身も止められないようだった。
「これは、恋愛ごっこではない。外交的危機を乗り越え、混沌の使徒の思惑を断ち切るための、高度な『欺瞞作戦』だ」
俺は自分自身に言い聞かせるように、そう断言した。
「英雄として、この世界で生きていくと決めた俺たちが払わねばならない、政治的な代償……ということになる」
談話室は再び静寂に包まれた。だが、それは先ほどまでの絶望的な沈黙とは違う。
一つの、あまりにもほろ苦い、しかし確かな活路を見出した者たちの、覚悟を決めるための静寂だった。
俺はエルンを。
そして、カズエルはセリスを。
それぞれが、その視線の先にいる、最も信頼する異性の仲間を見つめていた。
これから告げなければならない、最も奇妙で、そして最も重い、誓いの言葉を、胸の内に静かに用意しながら。
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