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第十三章 英雄の喧騒と誓いの言葉
第238話 新たなざわめきの中で
翌日、王都は新たなニュースに揺れていた。
俺たちの屋敷の前に、国王レオンハルトの玉璽が押された書状を携え、王家の使者が現れたのだ。
彼は未だに諦めきれずに詰めかけていた各国の求婚者たちと、その使者たちを前に、一枚の羊皮紙を広げ、高らかに宣言した。
「国王陛下の名において布告する! この国の、そして世界の危機を救いし英雄たちの、誉れ高き縁組を、ここに祝福するものである!」
使者のよく通る声が、広場に朗々と響き渡る。
「双冠の英雄・賢者カインは、同じくパーティの一員である、エルフの魔術師エルンストを。そして、神授の媒介者・理術師カズエルは、百閃の剣士セリスを、それぞれ公式な伴侶として迎えることが、ここに決定された! この強き結びつきは、王国、ひいては世界の平和と安定に資するものであり、これ以上の縁談の申し入れは、もはや不要である!」
その、あまりにも突然で、そして決定的な宣言に、求婚者たちの間に絶望的な沈黙が落ちた。
貴族の令嬢たちは、信じられないというようにハンカチで口元を覆い、各国の使者たちは、先を越されたかと苦虫を噛み潰したような顔で、互いに顔を見合わせている。
だが、相手が同じ英雄であり、王家が認めた仲となれば、もはや割り込む隙はない。
やがて、その沈黙は諦めの溜息へと変わり、あれほど騒がしかった群衆は、潮が引くように静かに、そして速やかに屋敷の前から去っていった。
俺たちの、ほろ苦い欺瞞作戦は成功したのだ。
扉の隙間からその光景を見届けていた俺たちは、ようやく安堵の息をついた。
「……静かになっちゃったね」
ルナが、ぽつりとつぶやいた。
「ええ。……まるで嵐が過ぎ去った後のようです」
セリスの声はどこか夢見心地だった。彼女は隣に立つカズエルの横顔をちらりと見つめる。
カズエルは、そんな彼女の熱っぽい視線に気づきながらも、照れ隠しのように腕を組み、眉間に皺を寄せて窓の外を眺めていた。
俺の隣では、エルンが自分の指先を、ただ、じっと見つめている。彼女の頬は、ほんのりと赤く染まっていた。
この作戦が、俺たちの関係に、どのような変化をもたらしたのか。その答えを俺たちは、まだ誰も明確な言葉にできずにいた。
「……やれやれ。敵の罠は回避したが、とんだ置き土産を食らったもんだ」
カズエルが頭をガシガシと掻きながら言った。
「どういう意味だ?」
「これで俺たちは、単なる一介の冒険者パーティではなくなった、ということだ。エルフの賢者と魔術師、人間の理術師とエルフの剣士。この二組の結びつきは、どの国にとっても無視できない、独立した政治的勢力として認識されることになる。……俺たちは、さらに大きな世界のパワーバランスという舞台に、無理やり立たされてしまったわけだ」
彼の言う通りだった。俺たちが手に入れたのは平穏ではない。
それは、より大きな注目と、より重い責任。新たなざわめきの始まりに過ぎなかった。
その日の夜。
俺は一人、屋敷のバルコニーに立ち、静けさを取り戻した王都の夜景を見下ろしていた。
(これで、よかったんだろうか……)
自問自答を繰り返す。
リナとセリシアを傷つけ、遠ざけたこと。そして、エルンたちを共犯者にしたこと。
混沌の使徒が仕掛けた、悪意に満ちた喧騒。だが、その結果として、俺たちは互いの絆をより強く、確かなものにした。
(……これが、セイオンの考える破壊と創造なのか?)
だとしたら、奴らの言う混沌とは、本当に、ただの悪なのだろうか……。
俺の心に、これまでなかった新たな問いが、静かに、深く、刻まれた。
***
その頃――。
遠く離れた学術都市。筆頭神官セイオンの私室。
彼はチェス盤の前に一人座り、水晶に映し出された王都の様子を静かに眺めていた。
「……見事だ。実に、見事な進化だ」
セイオンは満足げに、口の端を吊り上げた。
「求婚という名の闘争が、婚約という新たな調和を生み、君たちの絆を、より高次のものへと昇華させた。破壊の先にこそ、創造はある。これこそが、私が追い求める混沌の真理だ」
彼は盤上の駒を一つ、指で弾いた。黒いポーンが倒れ、その奥にあった白いキングが露わになる。
「精神を直接弄るような、無粋な理式はもう不要だ。君たち自身が、すでに混沌を体現する、最も優秀な触媒なのだから」
セイオンの瞳には、狂信的なまでの探求の光が宿っていた。
「さあ、賢者カイン、そして理術師カズエルよ。その身をもって、混沌の素晴らしさを知るがいい。君たちが、これから世界にどのような破壊と創造をもたらすのか。……楽しみにしているよ」
つかの間の平穏の裏で、真の敵は二人を導くための次なる一手を用意していた。
俺たちのいる世界はまだ、ざわついている。
第十三章・完
俺たちの屋敷の前に、国王レオンハルトの玉璽が押された書状を携え、王家の使者が現れたのだ。
彼は未だに諦めきれずに詰めかけていた各国の求婚者たちと、その使者たちを前に、一枚の羊皮紙を広げ、高らかに宣言した。
「国王陛下の名において布告する! この国の、そして世界の危機を救いし英雄たちの、誉れ高き縁組を、ここに祝福するものである!」
使者のよく通る声が、広場に朗々と響き渡る。
「双冠の英雄・賢者カインは、同じくパーティの一員である、エルフの魔術師エルンストを。そして、神授の媒介者・理術師カズエルは、百閃の剣士セリスを、それぞれ公式な伴侶として迎えることが、ここに決定された! この強き結びつきは、王国、ひいては世界の平和と安定に資するものであり、これ以上の縁談の申し入れは、もはや不要である!」
その、あまりにも突然で、そして決定的な宣言に、求婚者たちの間に絶望的な沈黙が落ちた。
貴族の令嬢たちは、信じられないというようにハンカチで口元を覆い、各国の使者たちは、先を越されたかと苦虫を噛み潰したような顔で、互いに顔を見合わせている。
だが、相手が同じ英雄であり、王家が認めた仲となれば、もはや割り込む隙はない。
やがて、その沈黙は諦めの溜息へと変わり、あれほど騒がしかった群衆は、潮が引くように静かに、そして速やかに屋敷の前から去っていった。
俺たちの、ほろ苦い欺瞞作戦は成功したのだ。
扉の隙間からその光景を見届けていた俺たちは、ようやく安堵の息をついた。
「……静かになっちゃったね」
ルナが、ぽつりとつぶやいた。
「ええ。……まるで嵐が過ぎ去った後のようです」
セリスの声はどこか夢見心地だった。彼女は隣に立つカズエルの横顔をちらりと見つめる。
カズエルは、そんな彼女の熱っぽい視線に気づきながらも、照れ隠しのように腕を組み、眉間に皺を寄せて窓の外を眺めていた。
俺の隣では、エルンが自分の指先を、ただ、じっと見つめている。彼女の頬は、ほんのりと赤く染まっていた。
この作戦が、俺たちの関係に、どのような変化をもたらしたのか。その答えを俺たちは、まだ誰も明確な言葉にできずにいた。
「……やれやれ。敵の罠は回避したが、とんだ置き土産を食らったもんだ」
カズエルが頭をガシガシと掻きながら言った。
「どういう意味だ?」
「これで俺たちは、単なる一介の冒険者パーティではなくなった、ということだ。エルフの賢者と魔術師、人間の理術師とエルフの剣士。この二組の結びつきは、どの国にとっても無視できない、独立した政治的勢力として認識されることになる。……俺たちは、さらに大きな世界のパワーバランスという舞台に、無理やり立たされてしまったわけだ」
彼の言う通りだった。俺たちが手に入れたのは平穏ではない。
それは、より大きな注目と、より重い責任。新たなざわめきの始まりに過ぎなかった。
その日の夜。
俺は一人、屋敷のバルコニーに立ち、静けさを取り戻した王都の夜景を見下ろしていた。
(これで、よかったんだろうか……)
自問自答を繰り返す。
リナとセリシアを傷つけ、遠ざけたこと。そして、エルンたちを共犯者にしたこと。
混沌の使徒が仕掛けた、悪意に満ちた喧騒。だが、その結果として、俺たちは互いの絆をより強く、確かなものにした。
(……これが、セイオンの考える破壊と創造なのか?)
だとしたら、奴らの言う混沌とは、本当に、ただの悪なのだろうか……。
俺の心に、これまでなかった新たな問いが、静かに、深く、刻まれた。
***
その頃――。
遠く離れた学術都市。筆頭神官セイオンの私室。
彼はチェス盤の前に一人座り、水晶に映し出された王都の様子を静かに眺めていた。
「……見事だ。実に、見事な進化だ」
セイオンは満足げに、口の端を吊り上げた。
「求婚という名の闘争が、婚約という新たな調和を生み、君たちの絆を、より高次のものへと昇華させた。破壊の先にこそ、創造はある。これこそが、私が追い求める混沌の真理だ」
彼は盤上の駒を一つ、指で弾いた。黒いポーンが倒れ、その奥にあった白いキングが露わになる。
「精神を直接弄るような、無粋な理式はもう不要だ。君たち自身が、すでに混沌を体現する、最も優秀な触媒なのだから」
セイオンの瞳には、狂信的なまでの探求の光が宿っていた。
「さあ、賢者カイン、そして理術師カズエルよ。その身をもって、混沌の素晴らしさを知るがいい。君たちが、これから世界にどのような破壊と創造をもたらすのか。……楽しみにしているよ」
つかの間の平穏の裏で、真の敵は二人を導くための次なる一手を用意していた。
俺たちのいる世界はまだ、ざわついている。
第十三章・完
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